2016年12月1日木曜日

2015年4月、安倍首相は「来年の2月までに物価目標2%を達成できないのであれば、アベノミクスは失敗であったと言わざるを得ない」と発言しました。約束した期日はとうに過ぎているのですから、その一点だけを考えても、アベノミクスはうまくいっていないと言わざるを得ません。(2)


 

『エコノミスト   2016.4.19』 

 

 

 

<識者7人が採点 黒田日銀3年の評価>

70点 失業率低下が政策の正しさを証明 2%未達は消費税増税が原因  (高橋洋一)>

 

・この3年の日銀を評価する基準は2つある。失業率とインフレ率だ。

 まず完全失業率は3.3%(2月時点)まで下がっている。金融政策は失業率に効く。失業率が改善しているから、期待への働きかけや波及経路は機能しており、量的・質的金融緩和(QQE)が正しかったことを示している。

 

・原油安によってインフレ2%を達成できなかったという日銀の説明は、短期的には確かにそうだが、34年で見ると影響はなくなる。消費増税の影響を見通せなかったので、結局、原油安を方便として使っている。

 

・日銀当座預金への0.1%のマイナス金利の導入は金融緩和として評価できる。

 

・金利を下げて、民間金融機関の貸し出しを後押しすれば、借りたい企業や人は出てくる。ビジネスをしたい人にとってはチャンス到来だ。

 

・国債などの政府債務残高は現在、約1000兆円。日本政府の資産を考えると、ネット(差し引き)で500兆円になる。そこに日銀を政府との連結で考えると、日銀が300兆円分の国債を持っているから、政府債務は連結すると200兆円ということになる。GDP比で考えると欧米より少ない。

 

 そして、日銀が出口戦略に入る時も国債を吐き出す(売る)ことをせずに、GDPが上がるのを待てば、日本政府の財政再建が実はもう少しで終わる。財政ファイナンスで最悪なのは、ハイパーインフレになることだが、今の日本はインフレ目標もあり、その懸念はない。国債も暴落しなくていい。何も悪いことない。

 

 

 

『最強国家ニッポンの設計図』  ザ・ブレイン・ジャパン建白

大前研一   小学館   2009/6/1

 

 

 

<核、空母、憲法改正、そして国民皆兵制もタブー視しない真の国防論>

<北朝鮮を数日で制圧するだけの「攻撃力」を持て>

・外交は時に戦いである。いや、むしろ国家と国家の利害が対立する場面ほど外交力が必要になる。そして時に「戦争」というオプションも視野に入れておかなければ、独立国家としての対等の外交は展開できない。

 

・本当に必要かつ十分な軍備とは何かを考えておく必要がある。

 

・自力で国を守るのは至極当然のことだ。大前提として戦争を抑止するには「専守防衛」などと言っていては駄目だ。

 

・具体的には、射程距離1000km以上のミサイル、航空母艦、航続距離の長い戦略爆撃機、多数の上陸用舟艇などを中国地方や九州地方に配備するべきだ。

 

<突然豹変して威圧的になるのが、中国の常套手段>

・ただし私は、中国との戦いは実際には起きないだろうとみている。中国が周辺国を挑発しているのは、侵略の意図があるからというより、実は国内の不満を抑えることが最大の目的だと思われるからだ。いま中国政府が最も恐れているのはチベット問題や新疆ウイグル問題、あるいは法輪功、失業者、農民等の不満による内乱がある。それを避けるためにはあえて国境の緊張を高めて国民の目を外に向けようとしているのだと思う。

 

<国民皆兵で男女を問わず厳しい軍事訓練を経験させるべきだ>

・ただし実際に「核兵器」を保有する必要はない。それは敵を増やすだけだし、維持するのも大変なので、むしろマイナス面が大きいだろう。国家存亡の脅威に直面したら90日以内に核兵器を持つという方針と能力を示し続け、ロケットや人工衛星の技術を高めるなど、ニュークリア・レディの技術者を常に磨いておくことが重要だと思う。また欧米の同盟国に日本のこうした考え方を説明し納得してもらっておく必要がある。

 

・ソフトウェアの第一歩とは、すなわち「憲法改正」である。現行憲法は再軍備をしないという条文しかないので、開戦と終戦の手順はもとよりそれを国会がきめるのか首相が決めるのか、といったことすら想定していない。自衛隊についてもシビリアン・コントロールについても定義は明確ではない。つまり今の日本には“戦う仕掛け”がない。

 

<中国の人権問題を「ハードランディング」させると7億人の農民が世界を大混乱に陥れる>

<中国政府が気づかない「2つのズレ」>

・いま中国政府が理解すべきは自分たちが考える常識と世界が考える常識がズレている、ということだ。ズレは2つある。

 

・一方、中国は今もチベットや新疆ウイグルなどを征服したという認識は全くない。

 

・もう一つのズレは、中国が宗教の自由を認めないことである。

 

<台湾もチベットも独立させて中華「連邦」を目指せ>

<私の提案に賛同する中国指導者たちは、起て!>

・現在の中国で国民に自治と自由を与えたら、不満を募らせている7億人の農村戸籍の人々が都市に流入して大混乱が起きる。力と恐怖による支配を放棄すれば、暴徒化した農民たちが中国人資本家や外国人資本家を襲撃して富を略奪するかもしれないし、第2の毛沢東が現れて、より強力な共産国家を作ってしまうかもしれない。

 

・なぜ、国民に移動の自由さえ与えていないのかを真剣に考えたことのない欧米諸国が、自分たちの基準を中国に当てはめて、人権だと民主主義だのとなじることも間違いなのだ。

 

<「世界に挑戦する日本人」第4の黄金期を築け>

<世界に飛び出せない“偽エリート”の若者たち>

・どうも最近の日本人はだらしない。基本的な能力が低下しているうえ、気合や根性もなくなっている。

 私は、アメリカのスタンフォード大学ビジネススクールやUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で教えていたが、クラスにいた日本人留学生は実に情けなかった。

 

・英語こそ、そこそこのレベルではあったが、中国、韓国、ヨーロッパ、中南米などの他の国々から来たクラスメートの活発な議論に加わることができず、覇気がなくてクラスへの貢献もあまりできていなかった。

 

・私は、若い頃、アメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)大学院に留学した。1960年代の後半である。あの時代は、日本を離れる時に家族と水杯を交わし、博士号が取れなかったら日本に帰れないという悲壮な覚悟で太平洋を渡った。実際、博士号が取れずにボストンのチャールズ川に投身自殺したクラスメートもいた。留学中の3年間、私は(お金がないせいだが)一度も帰国しないどころか自宅に電話さえかけなかった。

 ところが今の日本人留学生は日常的に携帯電話で自宅と連絡を取り、嫌になったら簡単に逃げ帰る。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

 

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)より

<高橋洋一>

 

 

主張

増税する前に、まず政府の無駄な出費を減らすことを主張する、上げ潮派の論客。1998年から在籍したプリンストン大学ではベン・バーナンキの薫陶を受けた。いわゆるリフレ派であると目される。

 

埋蔵金

2008年(平成20年)には、いわゆる「霞が関埋蔵金」が存在すると主張し、翌年に発生した世界金融危機に際しては、政府紙幣の大量発行によって景気回復を試みるよう提言した。

 

日本の財政について

財務省時代に国のバランスシートを作成(2012年現在は財務書類という名称で公表)し、国の借金は900兆、資産は500兆、差し引き400兆の負債であり、これを踏まえて財政を論議しなければならないと、増税を主張する財務省やマスコミを批判している。

 

日本の財政再建のためには、大胆な金融緩和によるリフレーション政策で経済を成長させ、税収の自然増を図るべきであると主張している。また2013年の時点で「日本は世界1位の政府資産大国」であり、国民1人あたり500万円の政府資産があり、売却すれば金融資産だけで300兆円になると主張している。

 

日本銀行批判

大蔵省在籍中から、日本銀行による金融政策への批判を繰り返してきた。構造改革論が盛んに論じられた2002年には、構造改革の模範と目されたニュージーランドがかつて、金融政策によってデフレーションに陥る危機を脱したことを指摘、インフレーション目標を採用しない日本銀行を批判した。

 

日本銀行はハイパーインフレーションを恐れ、紙幣の大量発行を拒否しているが、40兆円の需給ギャップがあるのでそうはならないとも主張している。その後、銀行の持つ国債を日銀がデフレ(需給、GDP)ギャップ分の30兆(20124-6月は10兆(朝日新聞))円分引き取り、紙幣を供給する政策も主張している。

 

2012年現在の金融政策について、「日銀が100兆円ほどの量的緩和をすれば株価も5000円程上昇、そうしないと日本の景気回復(デフレ脱却)とはならない。今の日銀の5-10兆円での量的緩和では、海外からは見劣りし周回遅れである」と批判している。

アベノミクスの三本の矢で最も重要なのは『金融緩和である』としている。

 

 

 

『タックス・イーター』  ――消えていく税金

志賀櫻    岩波新書   2014/12/20

 

 

 

<タックス・イーターとは何者か>

<族議員>

・タックス・イーターは、のちに述べるように「政官業の鉄のトライアングル」を結成している。このトライアングルの中枢は「政」、言い換えれば「族議員」である。

 

・結局「全部で5つある」という意味ではなく、「数ある族の中でも容易ならざる権勢を誇るものが5つある」という意味であろうということで決着がついた。農林族、建設族(道路族)、厚生族、文教族、郵政族、地方族、商工族、その他のうちの5つが「五族」だというわけである。

 

<農林族(農水族)>

・いまではその凋落ぶりに往時のパワーはさすがに見られないが、かつて族議員といえば「農林族(農水族)」は間違いなくその筆頭であった。政治力にまかせて確保した既得権益と農林予算は、まるで分厚い根雪のようであった。いくら削っても底が見えないカネの山に、その権勢には絶大なるものがあった。

 

<建設族(道路族)>

・農林族と勝るとも劣らない典型的な族議員が建設族/道路族であった。往時は、自民党の道路調査会には1年生議員は入れてもらえなかった。道路予算とはそれほど利権と癒着の機会を提供する甘いアメだったのである。農水省が作った高速道路仕様の農業道路と、建設省が作った高速道路が並行して走っていたことは、予算の無駄遣いの典型として何度も新聞紙上に取り上げられた有名な逸話である。田中角栄総理の地元に行くと、県内には実に立派な道路が縦横に走っているのに、県境を越えるやそれが突然途切れてしまう。国道とは言いながら実は「県道」であり、便利であろうとなかろうと、公共事業によって選挙区の土木業者にカネが落ちればそれでよかったのである。

 

<厚生族>

・厚生族、社労族(2001年の省庁再編以後は厚労族)も腕力があった。3K赤字(コメ、国鉄、建保)の一つが建保であった頃のことである。元総理の甥である会長に率いられた日本医師会が絶大な組織力を誇り、厚生予算の政治家対策はじつに厄介であった。いまでも医療費をめぐる厚労族との折衝は容易なものではない。しかも、その族議員と結託した厚労省の官僚が平気で噓をつくことはすでに見た。

 

・岩盤規制は国民生活の多岐にわたる。そのような規制が「岩盤」と呼ばれるほど固いのは、その規制がなくなれば食べていけなくなる人間が多数いるからである。安倍総理のパフォーマンスもあって一時は官僚主導に見えた政治手法も、復活した族議員によってじわじわと足場を切り崩されているところである。

 

<文教族・郵政族>

・文部省(現・文部科学省)を根城とする文教族も強力なことで有名であった。これは元はといえば日教組対策のために形成された議員集団であった。それがいつしか、文部省関係の予算に強い発言権を持つようになっていった。

 

・郵政族が強力であったのは、全国にくまなく張りめぐらされた特定郵便局のネットワークが強力な集票機構となっていたからである。

 

・しかし、IT社会の進展についていけなくなったあたりから郵政省の存在感は徐々に薄れていき、小泉内閣の郵政民営化によって決定的打撃を受け、ついには総務省に統合されて郵政族も根こそぎ駆逐された。

 

<政と官との間合いの難しさ>

・税制があまりにも複雑になり過ぎている面もあるが、つねに勉強を怠らないことが必要である。

 ただし、毎年の税制改正は不要であろう。知恵者の租税回避スキームをつぶす必要があるのでやむをえない面はあるかもしれないが、せいぜい2年に一度でよい。現在のように毎年膨大な量の改正を行っていると、専門家である税理士でさえ勉強が間に合わない。「特別措置、覚えた頃には廃止され」という川柳もあるくらいである。

 

<官僚>

・経済重視の吉田ドクトリンの結果、戦後の希少な資金を配分する権限が大蔵省に集中し、また内務省が解体されたために、大蔵省が霞が関で突出した官庁となる形になった。

 

<事業官庁>

・後知恵だが、社会保障制度の破綻の大きな要因は、高度成長期の税の自然増収が永遠に続くかのような錯覚をもって社会保障予算のデザインをおこなったことである。その結果、主要経費のうち「社会保障関係費」は巨額に上り、いまやトップである。ただし、これは一般会計だけの話である。一般会計に現れる社会保障関係費30兆円の支出は、医療や介護を含めた社会保障全体の3割程度にすぎない。

 社会保障予算に関連してとりわけ問題なのは、第2章で述べたように国民年金の破綻であるが、「消えた年金」もこれに劣らず重大な問題であろう。志の高さのかけらもない厚生官僚の杜撰さによって、誰がどれほどの年金保険料を支払ったのかが分からなくなってしまった。しかしながら、隠れて厚生省の役人が国民の積み立てた保険料を無駄な事業(グリーン・ピアなど)に使っていたことを忘れるべきではない。保険金の支払いが遠い将来であるのをよいことに、社会保険庁は無駄な施設の建設やその他の無用な事業に資金を注ぎ込み、みずからの天下り先を作りつづけていった。年金福祉事業団がその筆頭である。厚生官僚は国を衰亡の危機に追い込む大罪を犯した、きわめて悪質なタックス・イーターであった。

 

<財投対象機関等>

・さて、ひとしきり公企業について説明してきたわけだが、行政改革の困難のひとつの現れであろうが、よくぞこれほどまでに膨大な数の法人が公的性格をもつと認められ、国費(税金)が投じられてきたものである。問題の所在は明らかだが、一般会計、特会、税制、財投、国債、地方公共団体、公共目的の各種法人は、非常に入り組んだ複合体を構成しており、資金も複雑に流通しているため、これを解きほぐして実像を明らかにすることは容易ではない。

 

<鉄のトライアングル>

<それぞれのメリット>

・国会議員が当選回数を重ねて、選挙区での得票も安定してくると、勉強する時間ができるようになる。そして、所属の委員会や派閥の都合、支援団体の関係から、何らかの専門分野といえるものを持つようになる。そうして知見が増し、専門家となり、政策能力も高くなっていくと、担当官庁との密接な関係づくりに勤しむようになる。このようにして形成されたのが政官業の「鉄のトライアングル」である。おそらくこれは自然発生的に徐々に形成されていったもので、究極の形に完成したのは田中内閣の頃であった。

 鉄のトライアングルは、三角形の頂点にそれぞれメリット(旨み)がある。

 族議員にとって、業界団体は集票機構となり、かつ集金機構となる。1994年の政治改革4法のうちの政治資金規正法以前は、裏ガネで政治資金を集めるのに便利な仕組みであった。集票機構としての価値はいまだに残っている。

 

・官僚にとって、族議員は法律の国会通過、予算の獲得などについて援助が得られるうえに、関連業界は退官後の天下り先の確保に極めて重宝する。天下りは重要な人生設計の一部である。それだけに、特殊法人改革の際の官僚の抵抗は凄まじかった。

 

 関連業界にとって、予算では補助金、税制では租税優遇措置を獲得するチャンネルであった。また、自らに有利な法規制を導引させる重要なパイプとなった。とくに「参入規制」が重要で、これによって超過利潤を生み出し、利益誘導のメカニズムを維持できる。

 

・ここには国民の利益を図るという考えは微塵もなく、族議員にとっては自らの権勢と私利私欲、そして支持者への利益誘導が、各省の官僚にとっては国益よりも省益、さらに言えば局益と自らのキャリアパスが、関連業界にとっては収益が優先していたのである。

 

<アンシャンレジーム>

・「鉄のトライアングル」の形成によって、霞が関の官僚群でも頭一つ抜け出していたはずの大蔵省は財政をコントロールする力を失っていった。トライアングルの中核は族議員であるが、族議員を動かしていたのは、結局のところ、各省の官僚であった。各省の官僚は予算獲得が最大の眼目であるから、大蔵省を抑え込むのに族議員を使ったのである。その見返りに自省の天下り先にも必ず一人は大蔵官僚を受け入れるようにしていた。財投機関は財政・税・財投・民間資金のすべてを大蔵省に依存していたから、この受け入れにはメリットがあった。「鉄のトライアングル」はカネの流れにパラレルの構図で展開され、結局、すべての要素が大蔵省から財政コントロール権を奪うことに注力されていたのである。

 

<政治とカネ>

族議員を中心とする鉄のトライアングルの問題は、究極的には「政治とカネ」の問題に行き着く。

 

国会議員の政治活動費の問題は地方議員の政務活動費の問題とともに、日本の政治全体にかかわる重大問題でありつづけている。その根底には、日本の多くの政治家にとっての主要な関心事が、政策の立案や実施ではなく、支持者への利益誘導であり、地位保全のための選挙であることが挙げられる。政治にカネがかかりすぎ、カネをかけすぎなのである。

 

・そもそも日本に小選挙区制が導入されたのは、英国において政治とカネが断ち切られている状況にならい、従来の金権政治の悪弊を正すためであった。筆者が英国に勤務していた頃、かの地の政治状況をつぶさに観察する機会を得た。英国は日本と同じく議院内閣制であり、官僚機構はキャリア・システムである。したがって、英国と日本とは類似性が高い。ただし、英国が日本と違うのは、党と政府が二分されていないことである。与党議員のうち政策能力が高く、党内での発言力も強い人材はすべて政府に引き上げられる。党内に残った議員は員数あわせのバック・ベンチャーでしかない(英国の本会議場では議員の座るベンチは階段状になっており、陣笠議員は後方のベンチに座らせる習いである)。

 

・英国の下院はすべて小選挙区制で600あまりの選挙区がある。そのうちの特定の選挙区は、二大政党のどちらか一方が勝利することが絶対的に保障されている。若手議員でとくに能力の高さを認められた者はそういう選挙区を与えられ、早くから特別扱いを受ける。そうして選挙活動に血道を上げる必要がなくなり、将来の閣僚候補として研鑽を積むことができるのである。このようなことであるから、政治家は官僚機構をうまく使いこなせるようになる。官僚の方でも心得ていて、与党と野党が入れ替わることがあっても、そのときどきの政府の政策方針に素直に従う。政権交代がスムーズに進むのはこのためである。

 

・当然ながら、こうした制度を導入したからといって悪弊が一掃されるわけではない。英国の政治も100年以上前には「腐敗政治」と言われた暗黒の時代があった。それを脱して今日があるのは、有権者の政治的叡智のゆえである。したがって、我々自身の叡智を磨かないかぎり、鉄のトライアングルはいつでも存在しつづけるのである。

 

<時代の変わり目に>

・日本経団連に代表される「財界」はいま、オールド・エコノミーの集まりといわれる。かつて日本の高度成長を支えた重厚長大型の企業群である。こうしたオールド・エコノミーは着実に地盤沈下が進行している。円高恐怖症にとらわれ、政府の財政出動が頼みの対症療法に終始し、潜在成長力の伸びを自ら押さえ込んでしまった結果である。かつて政府の保護行政によって農業で起きたことが、いまは製造業で起こっている。しかも近時は、会員企業や団体に「日本再興に向けた政策を進める政党への政治寄付」を呼びかけるなど、およそ時代と逆行するような動きさえ示している。

 

 

 

『政治家は楽な商売じゃない』

平沢勝栄  集英社    2009/10/10

 

 

 

・「政治家は楽でいいな。政治資金の使い方もいい加減でいいんだから」「結構、儲かるんだろうな」などと思っている人もいるのではないだろうか。

 

・しかし、政治家という仕事は決して楽なものではない。11年前、地盤、看板、カバンもないまま衆院選に挑戦し、幸いにも当選させていただいて以来、私は、公務や選挙区での活動に全力で取り組んできた。1年365日、1日も休みなしの状況で今日まできた。

 

また政治家は決して楽な仕事ではない、もちろん人によって違うだろうが、徒手空拳で政治家の路を選んだ私だからこそ、よくわかることだ。

 

<勝栄流、ドブ板選挙>

・私の場合、365日、それも毎日24時間を選挙活動に充てていると、いっても過言ではない。これは決してオーバーではない、家族サービスなど全くできないと言っていい。

 

・毎日の活動は漕ぐのを止めたら倒れてしまう自転車に似ている。体力勝負である。政治家と言う仕事はもちろん個人差はあるだろうが、決して楽な商売ではないのだ。 

 

日々是選挙なり

・政治家にとっては「日々是選挙」だ。したがって、慢心はもちろん、一瞬の油断でさえ政治家には命取になる。

 

・「選挙に勝つための条件は三つある。一つは36歳以下であること、それから、5年から7年、地域を必死で回ること。最後に地元の2流、3流の高校の出身であること」。最後の条件は、一流高校と違いそうした高校の出身者は卒業後の結びつきが極めて強いから、選挙に有利と言う意味らしい。私は、どの条件にもあてはまらない。

 

<ドブ板選挙は体力が勝負>

・選挙区では1年中、なんらかの会合や催し物が開かれている。1月から3月までの新年会だ。私は毎年計5百か所ぐらい出席する。それが終わると卒業式に入学式のシーズンを迎える。

 

・政治家でも二世や三世なら祖父や父親からの地盤があるから私などと違って楽かもしれない。

 

・政治家は勉強も欠かせない。しかし、1日中、走り回っていると勉強する時間がない。

 

・私が基本にしていることは、徹底して「人に会う」ということだ。それが選挙の第一歩だと考えている。地元にいる限り、私の一日は「人と会う」ことから始まる。

 

<国会議員の本分>

・まずは国会議員の本分としての仕事がある。それを最優先でこなし、余った時間で選挙活動にも励んでいるのだ。

 

<個人の後援会>

・政治家にとって後援会と言うのは、膨大な時間と労力をかけて作り上げるもので、いわば政治家の命綱だ。二世、三世議員は祖父や父親の後援会をそのまま譲り受けることからきわめて楽な選挙となるが、私にはその基盤となる後援会が全くなかった。

 

・現在私の後援会員は約6万人を数える。この後援会が今日の私のドブ板選挙を支える基礎となっている。

 

<政治家とカネ>

・国会議員は普通に活動するとどうしてもカネがかかる。仕事をやればやるほどカネがかかるともいえる。

 

・普通に議員活動をしておれば、月にどうしても56百万円はかかる。先に述べた議員年収などでは、とてもまともな活動はできないのが現状だ。歳費と期末手当だけではとても政治活動費は賄えないし、政党からの助成金でもまったく足りない。支援者からの支援がなければ、政治家として十分な活動ができない現実がある。だから、パーティーは多くの議員にとって不可欠とも言える。

 

・夏はもちろん、盆踊りや花火大会などのシーズンである。このうち盆踊りや夏祭りは町会、自治会単位で開催され、約3百ヶ所に顔を出す。

 

・もちろん、こうした行事のほかにも冠婚葬祭や祝賀会、記念式典などが一年中、目白押しだ。

 

<拉致は防げた>

・拉致は防ぐことができた。私は、今でもそう思っているし、警察にいた者の一人として、この点については返す返すも残念でならない。実は私が警察に在職していたときから、北朝鮮による拉致事件が起こっているのではないか、と関係者は疑いを抱いていた。

 

・実際に実力行使で不審船をストップさせたのは200112月の奄美大島沖事件が初めてであった。

 

<拉致問題は時間との戦い>

・私の師でもある後藤田正晴さんは生前、政府の対北朝鮮外交の進め方に介入する関係者の言動に強い不快感を示しておられた。私は、リスクを覚悟しながら行動する政治家は、リスクを取らずして非難だけする人など何も恐れる必要はないと考えている。この言葉を後藤田さんが存命中に常に言っておられたことである。

 

10人帰って来ると、あと10人はいるのではないか。その10人が帰国すれば、あと30人はいるのではないかとなるのは当然であり、自明の理だ。

 

・日本の警察に届けられている行方不明者や家出人の数は8万人から9万人に達する。この中に「もしかすれば、うちの子供も拉致されたのでは」と思う人が大勢出て来るだろうし、相手がいままで平気で嘘をついてきた北朝鮮だけに、先方の説明をそのまま信じることはできない。要するにこの話は今の金正日体制の下ではエンドレスに続く可能性がある。

 

・すると北朝鮮側は、「拉致事件は、日本と北朝鮮が戦争状態の時に起きたことだ。戦争時に末端の兵士が行った行為を罰するわけにはいかない」と答えた。だとすると拉致事件の最高責任者は誰かと言えば、間違いなく金正日だ。北朝鮮は、ならず者であれ何であれ、曲がりなりにも国家である。そのトップを引き渡すということは、武力行使か金体制の崩壊しかあり得ないのではないか。

 

<日朝交渉の行詰まり>

・小泉さんが訪朝時、食事どころか水にも手を付けなかったからだそうだ。アメリカのオルブライト国務長官は2000年の訪朝時に、北朝鮮の水などを口にしたそうだが、小泉さんは二度の訪朝のいずれもでも水さえ口にしなかった。

 

・私は、小泉さんは立派だと思う。北朝鮮の水に何が入っているかわからないし、そもそも水といえども飲む気にはなれなかったのだろう。しかし、北朝鮮にいわせると「自分の国に来て水一滴も飲まないで帰るとは失礼だ」ということになるようだ。だから私は、小泉さんの三度目の訪朝はないと思う。

 

 

 

『拉致問題』   対北朝鮮外交のあり方を問う

平沢 勝栄  PHP   2004/10/6

 

 

 

拉致問題は防ぐことができた

・日本と言う国がまともな普通の国家であれば、拉致問題は間違いなく防ぐことができた。被害者を救出することもできた。

 

・衆院の予算委員会で「北朝鮮による拉致の疑いが濃厚」と、当時の梶山静六国家公安委員長が答弁したのが、1988年だ。しかし、その後も救出のために何ら動くこともなく、今日まで被害者を苦しめてきた。そして今もなお苦しめている。

 

・繰り返すが、拉致は防ぐことができた。救出することもできた。にもかかわらず、日本は国家として何もしていなかったのである。

 

・そして、北朝鮮の工作船を日本は見つけている。北朝鮮の不審な船が日本海を徘徊しているのを日本の当局は、何回となく見つけているのだ。一番初めに北朝鮮の不審船を見つけたのは海上保安庁の記録では1963年となっている。

 

・それまで海上保安庁が発表しているだけでも、1963年からあの銃撃戦までの間、日本海で21回も北朝鮮の不審船を見つけている。そして、2001年の銃撃戦まではいずれも「追跡するも逃走」とある。拉致の中で日本国内で拉致された事件は1972年から1983年の間に集中している。横田めぐみさんが拉致されたのも1977年である。つまり、横田めぐみさんが拉致されるはるか前の1963年に日本海で北朝鮮の不審船を見つけ、以来何度となく、追跡しているのだ。

 

・逃げる相手を拱手傍観して取り逃がすバカな国が世界のどこにあるのか。これを日本は戦後ずっと続けてきたのである。21件と言うのは、あくまで海上保安庁が確認した数字であって実際にはこの数倍、出没していたことは間違いない。

 

・もし日本が2001年の12月の銃撃戦までの40年近くの間、ただ手をこまねいているだけでなく、厳しい実力行使の対応をとっていれば、拉致事件と言うのは起こらなかったのかもしれない。

 

・北朝鮮の工作員からすれば、日本は出入り自由でどんなにドジな工作員でも捕まることはないが、逆に韓国に出入りするのは命懸けだということだろう。

 

・日本はそこまで見くびられていたのだ。日本は戦後、本当の意味で国家と言えたのだろうか。

 

・中東にレバノンという人口3百万人の国がある。あの国も北朝鮮に自国民4人を拉致された。

 

・レバノンで若い女性4人が北朝鮮工作員によって拉致されたのは1978年8月、横田めぐみさんが拉致された翌年のことだ。

 

・レバノンは、ただちに関係者に救出を働きかけた結果、PFLP(パレスチナ解放人民戦線)の副議長が金日成に直談判した。

 

197911月に残りの2人の救出に成功した。

 

・こうしてみると中東の人口3百万人のレバノンの方が、国家としては日本よりもよっぽどまともと言えるのではないかと思う。

 

・日本の政治家やマスコミ人、そして、日教組などのなかに北朝鮮を礼賛している人たちがたくさんいたし、日本社会の中で北朝鮮批判はタブーになっていたんです。そして、北朝鮮を盲目的に礼賛していた政治家の責任は大きいですね。

 

 

 

『日本よい国構想』 豊かで、楽しく、力強い日本を!

山田宏  WAC   2010/4/28

 

 

 

<「公正な市場」こそが自由の礎>

・「自由な社会」であるためには「選べる自由(競争)」も重要です。複雑化した現代社会では、社会の善し悪しの判断は公正な市場が行うしかありません。「選べる自由」があるからこそ、それに応えるべく「よいものをつくろう」という競争が生まれ、その結果、商品やサービスの質が上がり、社会全体が豊かになり、イノベーションも活発になり、それぞれに私有財産が蓄積されていきます。

 

・お客が「選べる」こと、まずそのことが大切なのです。料理の味の善し悪しを決めるのは「客」であって、「シェフ」や「賞」ではありません。

 

・この逆のあり方は、計画経済だった、かっての社会主義国でしょう。簡単に言えば、物やサービスの善し悪しを「役人」が決める社会です。

 

・物やサービスの善し悪しを「役人」が決めるのは、社会主義国だけの話ではありません。私たちの社会でも「市場原理主義が格差社会を生む」などという論理で、「役人」による規制が強められることは、往々にして見られることです。これは十分に注意が必要です。

 

・「市場原理主義」などのレッテル貼りで「市場」のもつ重要な価値を全否定してはなりません。

 

・批判の矛先は「儲ければ全て善」だとうそぶいて社会への尊敬と感謝を忘れた拝金主義者たちに対して厳しく向けられるべきであって、「市場」そのものを否定するのは間違いです。

 

・「公正な市場」こそが、お金持ちも貧しい人も、全ての人々を平等に扱う唯一の仕組みであり、なおかつ社会の腐敗を抑止する浄化装置でもあることを忘れてはなりません。私たちの知恵と努力は「いかに規制するか」ではなく、「いかに『公正な市場』をつくりだすか」「そして、それを私たち自身の力で密かに維持していくとか」ということに向けられるべきです。

 

・さらにいうならば、国が高い税金を課して国民の知恵と汗で得た財産を集めることも、決して是としてはいけません。なぜなら、「自分のお金は大事にして使い、人のお金は無駄に使われる」のが、残念ながら人の世の常であり、そして、「人のお金」の最もたるものが、税金だからです。

 

・税金をなるべく安くし、財産をなるべく稼いだ人の手元に多く残すようにして、その人の自由は選択によって使われるようにしたほうが、じつは同じお金が社会により有効に使われるのです。減税こそ、社会にとって善であり、減税こそ最大の規制緩和でもあります。

 

<「道州制」で新しい国のかたちをー「創意と責任」住みやすい国に>

・これまで中央政府で決めて実行してきた仕事をできるかぎり地方に委ねることが大切になります。そして、中央政府には国として一体的に進めなければならない仕事、たとえば、外交、防衛、司法、国家としての教育政策、通貨政策などを指し、その他たとえば、農林水産、国土交通、経済産業といった省庁の仕事は、基本的にすべて地方の仕事とするのです。

 

・その受け皿となる地方の単位は、やはりいまの都道府県では狭く、都道府県をブロック単位でまとめて「道州制」にすべきでしょう。このような道州制は、外交権などはありませんが、いわば「一国のように」経営されていく必要があります。最も重要な権限の移譲は、国の徴税権の移譲です。自らの責任で税を定めていけることこそが、道州制の独立経営の最大の基礎です。

 

<ホームページから、ビジョン「山田宏が目指す日本」>

<小さな政府をつくる>

・貧しい時代は少ない富を集めて地方に分配する中央集権的な国家運営が有効な場合が多い。ところが国が豊かになると、中央政府をできるだけ小さくして地方分権を進めた道州制による統治機構が力を発揮する。

 

 

 

『七人の政治家の七つの大罪』  

平沼赳夫  講談社  2009/4/10

 

 

 

<七人の政治家の七つの大罪とは>

第一の大罪 小泉純一郎の「郵政民営化」

第二の大罪 竹中平蔵の「市場原理主義」

第三の大罪 安倍晋三の「お友達内閣」

第四の大罪 福田康夫の「無気力」

第五の大罪 小沢一郎の「変節」

第六の大罪 麻生太郎の「パフォーマンス」

 

第七の大罪 平沼赳夫の「無力」

 

・連続9回の当選は、私の信念と生き方に共鳴していただいた有権者の皆様のおかげとしか言いようがない。

 

1、人間性を重んじ、調和のある人間社会の実現をはかる

1、自由を守り、平和で豊かな社会環境の実現をはかる

1、我が国の伝統文化を守り、自主憲法の制定を期す

1、政治屋でない、真の政治家として邁進します

 

<落選議員の苦しみ>

私が落選した議員の復党を第一に話したのは、彼らの苦しみが手に取るように分かるからだ。というのも私は、初当選までに二度の落選を味わっている。

 

・供託金没収という惨めな敗北である。お金も地盤もなく、生活は苦しかった。家内は岡山市内に借りたアパートの電気料金を気にして、部屋の電気をこまめに消すために部屋を歩きまわるなどして節約に励んでいたものだ。選挙運動にはお金が必要だが、選挙運動をやっていては稼ぐことができない。その悪循環だった。電話が止められたこともある。

 

・今は亡き中川一郎先生にも大いに助けてもらった。

 

・そして筆頭秘書だった鈴木宗男氏を呼び、「今日から平沼君を秘書扱いにする」と言って、私の政治団体の口座に毎月20万円を振り込んでくれることになったのだ。当選するまで一度も欠けることなく、振り込まれたこのお金が当時の私にとっては大事な収入であり、正直なことを言えば、毎月20日の振り込み日が待ち遠しかった。それほど、生活が困窮していたのだ。

 

・そういった経験があるから、復党問題に際して私が第一に考えたのが、落選議員たちの扱いだった。

 

<食料自給率アップで雇用問題解決>

・平成ニューディール政策では、二つの形で農業を推進させていく。一つは、品質の高い、ワン&オンリーの農産品を作ることである。

 

・もう一つの農業推進策は減反政策や農家の高齢化で使われなくなった田畑で大規模かつ生産効率のいい農業を行うことである。いうまでもなく、日本は技術の国だ。今や「野菜工場」が現実のものとなり、ビルの中で2毛作どころか「24毛作」まで可能になっているという。

 

・ワン&オンリーの高級農産物と生産効率のいい大規模農業、この2本立てで日本の食料自給率は必ず上がる。同時に農業に従事する人が増えれば、雇用の 問題も解決に近づくことになるのだ。

 

<有償ボランティア、パート公務員の拡充>

・日本に夢と希望を抱かせ、低力を引き出すーそれが政治家の最大の使命だ。

 

 

 

『ある凡人の告白』   軌跡と証言

塩川正十郎   藤原書店  2009/6/30

 

 

 

21世紀に移行して政治家は、20世紀の力の政治、物質支配の政治から目覚めて、人類の共通の目標は何かを確認し自責を負担すべきときにきた>

・私は、1967年衆議院に初当選した。当時の衆議院選挙は中選挙区制で、日本人の政治訓練によくマッチした制度であったので、いわゆる政治家が多かった。したがって、議員は政治の実績を積み上げることで自己のプレゼンスとし、政治実績に満足する人が多かった。

 

最近、小選挙区制に変更されてからは、政治家は、極端にポピュリズム(大衆迎合主義)化し、国家民族の公共性を中心した政治活動よりも当選を先行するサラリーマン化し政治屋になってきた。能臣も姦雄も存在しなくなった。

 

<福田派に入り政治家修業>

・寛大な雰囲気があった岸先生とはだいぶ違う。でも福田先生は、非常に面倒見のよい人でしたね。こんなことがありました。「君はカネどなんしよるんだ。そういう政治家もおるからね」と、後で思うと田中角栄のこと言っているんですよ。それで、「岩清水のように湧きでてくる水を使え。後援会を作ってカネ出してもらって、それを政治資金に使え」と教えてくれたんです。

 

・岸先生、福田先生の尽力もあって、大阪の経済界を中心に政治資金を集める後援会ができあがったおかげで、カネがらみのスキャンダルはなかったし、政治資金パーティーを開いたことがないんです。

 

<野党で知った官僚の本質>

勉強になったこともあったね。官僚の本質が見えたこと。官僚の持つ冷酷さ、秘密主義、省益第一主義とかが分かった。政権復帰後、橋本行革や小泉改革に取り組んだのも野党時代の経験があったからですよ。

 

・何より大きかったのは、みんなが「これは絶対に与党に戻らなきゃダメだ」と思ったことじゃないかな。

 

・実は、家内は政治家になるのに反対だった。30年前の衆院選初出馬を決める際には、離婚騒動にまでなったんです。

 

・僕は重複立候補せず、小選挙区単位で立候補したんです。ところが、皆、「塩川は大丈夫やろう」と手を抜きよった。総務会長の僕は全国遊説で選挙区に帰ってなかった。そこにすき間ができたんですね。まさかの落選です。その当時75歳。もう年とっているし、これで政治やめようかと思ったんです。

 

<民主政治は形だけのものか>

・国民の意識には依然として「官に従順すれば得である」とか、「官に反抗し、あるいは非難をすれば、仕返しが来て損をする。したがって、お役人に任せればよい」と観念しているところがある。いわゆる官尊民卑の政治風土が根付いているんですね。それが実体となって官僚国家が形成され民主主義の先進国と比べて、高度な官僚主義国家になってしまっているのです。

 

<政策も地方行政も中央官僚の絵に誘導される>

・優秀な官僚が行政を処理することは望ましいことであり、私もこれに賛意を表しているのだが、現実には政治の動機が官僚的発想だから法律的、合理的判断が先行する規則国家になってしまっている。

 

・したがって、地方自治体は自治とはいえ完全な中央省庁の下受け機関に過ぎません。独創性を発揮することも不可能だし地方の個性を実現した業務を行うことも困難になっています。

 

<官尊民卑の悪弊で改革しなければならないこと>

・我が国の現況はいわゆる先進民主主義国の中では珍しいほどの官僚主義国家であります。官僚中心の政治では世間の空気が閉塞状態になる。経済や社会から活気が喪失されてしまいます。

 

<国家経営担当官と事務官を分離する>

・民間資金やPFI方式の活用など「民」主導の対策で不況脱却を

 

・労働分配率の見直しを

 

 

 

『民主の敵』 政権交代に大義あり

野田佳彦  新潮社   2009/7/20

 

 

 

<世襲はやはりおかしい>

・国会議員の世襲を禁止するという話が出ると、憲法で保障された職業選択の自由に反するという反論が必ず出ます。確かに建前としてはそうかもしれません。しかし、現実にはアンフェア、圧倒的な機会の不平等をもっているのです。

 

・実際問題、地盤と看板さえあれば、一番作るのが、簡単なのが、カバンです。自分を支えてくれる支援者の強固な組織、選挙区の誰もが、顔と名前がわかるほどの知名度、この二つは一朝一夕には作れません。

 

・現在、衆議院議員480人のうち、世襲は約3割。自民党だけに限れば4割以上です。

 

・しかも、二世どころか、三世、四世の時代になっています。小泉さんの息子さんは四世です。これはもう家業です。歌舞伎役者ではないのです。

 

・ごくまれに父親以上にすごい息子が生まれることはあるでしょうから、二世ぐらいはしかたがないかな、とは思います。しかし、三世、四世ともなると私は、弊害のほうが大きいと思います。

 

・最終的に決めるのは一票を投じる有権者の志向によって決まるわけですが、有為の人材が世襲という壁に阻まれることなく国政に参画できる状態を整えておくことこそ、日本の将来を考える政治家のするべき仕事です。

 

・人材の供給ルートが固定化するというのは、長期的に見たら弊害のほうが大きいはずです。

 

 <新日本創成論>

 <師・幸之助さんの願い>

・私の師である松下幸之助さんは、1976年に「新国土創成論」を唱えました。日本の一番のボトルネック、諸悪の根源は、狭い国土だということで、山を削って、その土砂を海に埋めて、国土を広げていくというものです。環境に配慮しながら、基本計画を25年かけて制定し、そのあと200年くらいかけて、実現するという大構想でした。私は、そのバージョンアップをやりたいと思っています。「新日本創成論」です。

 

・幸之助さんはそういう問題を気にされていました。1976年からずいぶん時間が経ってしまいましたが、私は、新しいフロンティアを探すつもりです。

 

・狭い国土はある程度仕方がないとして、宇宙と海とハブ化で立体的な発展の方向を考えると日本はもっと魅力ある国になるはずです。

 

・繰り返しますが、社会主義的な統制経済が失敗だったことは、20世紀に証明されました。21世紀初頭を席巻したマーケット原理主義も、やはり駄目だということがわかってきました。だからこそ、重要なのはその中間、中庸です。政府はなんでも民間まかせにするのではなく、公が求められる部分はきちんと責任を持ってやらなければなりません、

 

 

 

『なぜいま安倍晋三なのか』

山本一太  リヨン社  2006/8/10

 

 

 

<官僚に評判のいい政治家なんて>

・「新しい政治文化」というのは何も政治とカネの関係に限ったことではありません。これまでの政治と官僚の関係を見直す、すなわち、旧来の政官の文化を変えるという視点も重要です。

 

・その政策判断がもたらした結果については、当然、政治家が最終責任を負います。

 ところが、日本ではこれまで政治家と官僚の間に貫かれているはずの原理原則が、実際には「絵に描いた餅」になっていました。官僚を縦横無尽に駆使するはずの政治家が中央省庁の応援団にされ、逆に官僚に使われるという「主客転倒」の姿になっていったのです。

 

たとえば、私が、力を注いできた外交、安全保障の分野をとってみても、外交政策決定のプロセスは実質的に外務官僚が独占してきました。これは官僚が悪いというより、政治家の罪だと思います。官僚をコントロールするだけの力量が政治家のサイドになかったということに他ならないからです

 

・私は、「官僚に評判のいい政治家」をあまり信用しないようにしています。特に外務省に好かれている政治家は要注意です、それは外務省の世界観や常識の枠にとどまっていることを意味するからです。

 

<いままでの政治政策決定プロセスはぶっ壊せ>

官僚主導の政策決定プロセスは、この国で過去50年間にわたって続いてきました。このシステムを変えるというのは、決して容易な作業ではありません。政治を官僚の手から取り返す試みは、党と政府の内部で同時並行的に進められています。党においては個々の政治家が族議員として特定の省庁の省益のために行動する「持ちつ持たれつの構造」を打破すること。

 

<官僚の「天下り文化」が崩壊しつつある>

・「政治家というものは選挙があるから、短期的なことしか考えられない。長期的なビジョンでものを考えられるのは官僚しかない」

 

・私は、官僚主導の政策決定と言う構図は変えなければならないと感じていますが、「何でもかんでも官僚叩きをすればよい」という最近の風潮には違和感を感じます。官僚組織のモラルを一気に低下させることは、国益上、得策ではないと考えているからです。

 

・日本が議員内閣制をとっている限り、大統領制をとる米国のように「議員立法」が法案の主流になることは考えにくい気がします。英国と同様、政府提案の「閣法」が今後とも法案の中心を為すとすれば、立法の過程における官僚の役割は引き続き重要となります。実際に成立した法律が機能するかどうかは、法律学者には判断できないからだ。

 さらに付け加えるなら、現段階で官僚組織を代替するようなシンクタンクは育っていません。

 

・安倍さんが党改革本部長として号令をかけた自民党のシンクタンク構想は極めて重要である。

 

・私は、マイナーリーグ(参議院)の、大した肩書も持たない「ちび議員」です。が、政治家として自分がやったことに責任を取る覚悟だけは持っています。いつ議員バッジを外してもいいという気持ちで政治活動をやってきました。

 

<新しい政治文化と古い政治文化の衝突>

・政界でのキャリアが長ければ長いほど、「古い政治活動の慣習」に染まってしまうのはある意味当然かもしれません。その証拠に「政治とカネの問題にメスを入れるべきだ」と主張するベテラン議員には、ただの1人も会ったことがありません。

 

・理由はいたって簡単です。現在の法律をそのまま厳格に適用すれば、「私の政治活動にグレーゾーンはない。政治資金や選挙活動に関する全てのルールを100%守っている」などと言える国会議員は、ほとんど存在しないからです。少なくとも私が、知る限り、そういう政治家に会ったことはありません。

 

・私は、父親(故山本富雄参議院議員)の地盤を継いで当選した、いわゆる「世襲議員」です。地盤や看板と言う点では、亡父から貴重な「無形の財産」を受け継ぎました。このことには感謝しています。

 

 しかし、同時に「古い政治文化の尻尾」という負の遺産も引き受けることになったのです。この10年間は、亡父の残した、無形の財産を生かそうと努力しつつ、古い政治文化の尻尾を切り取るための戦いでした。

 

・「おかしい」と思っていることが、なかなか変えられず、「自分には国会議員の資格があるのだろうか」「このまま政治家を続けていいのだろうか」と真剣に悩んだことも、一度や二度ではありません。

 

・他の政治家を比較しても何の意味もありませんが、自民党の国会議員の中では「クリーン度」というジャンルで上位5%に入っていると自負しています。

 

 

 

『僕が猪瀬事務所で見たニッポン大転換』

ニルス・プラネル     草思社   2007/12/20

 

 

 

 <一進一退>

 <命に値する秘密―2002年10月25日>

 <石井紘基 暗殺事件>

・その日、石井紘基は、いつものように注意しながら迎えの車に向かった。そこへ男が一人現われ、石井さんのほうに走ってくるなり、胸に包丁を突き立てた。男はすぐに逃げた。石井さんは窓から見送っていたロシア人の奥さんの目の前で、崩れ落ちた。奥さんは、悲鳴をあげ、警察と救急に通報した。だがもう遅かった。翌日、右翼の伊藤白水と名乗る男が警察に自首した。こうして石井さんは秘密を抱えたまま61歳で逝ってしまった。恐ろしい秘密とともに葬られたのだ。

 

・政治家の暗殺は日本では久しく見られなかったことだ。石井紘基はただの人ではない。民主党の衆議院議員で『利権列島』、『官僚天国・日本破産』などの著書があり、不正追及の急先鋒として知られ、政界・官界・財界の癒着関係について独自の調査をすすめていた。

 

・犯人の伊藤白水というのも実は情報屋の一人だった。つまり石井さんは、建設王国と化し、あきれかえるような公共事業政策で国を破産させようとしている日本の国家体制そのものに正面から挑んでいたのだ。当然のことながら政界にも多くの敵をつくっていた。

 

・事件の少し前から石井さんは大ネタをつかんだと言っていたそうだ。日本の建設業界は暴力団ともつながっている。となればヤクザが、そしてその裏で政治家が何らかの秘密暴露を心配したということも考えられなくはない。少なくとも、その方向で捜査を進めるのが当然だろう。ところが、警察は単独犯行だという伊藤の自白で満足してしまう。その逆を示す細かい事実があったにもかかわらず、それ以上の追及をしなかった。警察は誠意を見せず、そればかりか奇妙なことが起こる。石井さんのカバンが、家族のもとに戻されてきたら、日記や書類がなくなっていたのだ。また国会内の事務所からも一部の書類が消えていた。

 

・一人の議員が殺されたことにたいして、国会は、石井さんが所属していた民主党も含め、一様に困惑の沈黙をもって答えただけだった。

 

・石井さんは何を知っていたのだろう?知りすぎてしまったのだろうか。日本では政治上の秘密は、人の命よりも重いらしい。

だが、少なくとも一人、涙に暮れた作家がいたことをぼくは知っている。

 

 <開国時の見事な外交力はどこへ?>

・この鼎談でも、猪瀬さんは持論にもとづき、外務省も改革が必要だと訴えている。実際、この年から翌年にかけて外交官の贅沢な暮らしぶりや機密費乱用などのスキャンダルが次々と明るみに出て、外務省の威信は地に墜ちていく、スキャンダル自体は日本では日常茶飯事なので、驚くにはあたらないが、これによって外務省が相当な痛手をうけたことは否めない。

 

・鼎談の帰り道、猪瀬さんが日本には対外政策がないという話をしてくれた。そのなかで、1983年に発表した太平洋戦争に関する著書『昭和16年夏の敗戦』の内容もざっとおさらいしてくれた。昭和16年というのは1941年のことで、この年日本の若き逸材が集められ、ある研究チームが発足した。このチームは皇国が総力戦に打って出た場合いったいどうなるかというシュミュレーションを行うことになる。

 

彼らが1941年8月に出した結論は、物量において劣勢な日本に勝機はない、総力戦に打って出るのは、愚の骨頂であるという明確なものだった。

つまり、戦争には勝てないとわかっていたのだ。ところが、この結論が日の目を見ることはなく、東條英樹陸相(この直後首相に就任し、やがて参謀総長ともなる)はこの研究していたメンバーに口外を禁じ、公にはこれを無視し、1941年12月の開戦に踏み切る。そして、国粋的で粗暴で人種偏見に満ちた軍部の思想が日本を支配し、血に飢えた暴走が始まる。

 

・猪瀬さんはこの本の取材を通じて、政府が事実を国民に隠すようになったら、どんな暴挙も可能になると云う事実を改めて思い知り、それを心に刻んだ。だからこそ、情報公開を求めて一歩も引かない戦いを続けている。

 

・この日、猪瀬さんは日本外交が長い間、苦しんできた非力について嘆いた。このままではいられない。日本は新たに強い外交を望んでいるのだ、と。

 

 

 

『日本経済 今度こそオオカミはやってくる』

負けないビジネスモデルを打ちたてよ

竹中平蔵  冨山和彦  PHP研究所  2011/9/13

 

 

 

<批判することではなく、結果を出すこと>

・共通して経験したのは、経済と経営の基本原則に則って正しいことをやろうとすると、必ず既得権を持つグループが執拗に反対運動を展開することです。それを、無知で無責任なメディアがサポートします。その結果、日本の経済と産業は疲弊し、そこに大災害が重なって「今度こそオオカミはやってくる」という状況に至ったのです。

 

<日本とシリコンバレーでは、社会背景も文化土壌もまったく異なる>

・学生の時とビジネスマンになる間のちょうどブリッジの部分を鍛える仕組みが必要です。社会人になった新人を数年かけて鍛え上げ、仕事をこなせるようにもっていくような人材育成のやり方を、社会全体の力で改める必要があるのです。

 

<政策の経験がない民間人には政策立案はできない>

・現在、国家レベルの政策作りができる人材を育てられるのは、霞が関の中央官庁だけです。ところが、官僚が霞が関に長くいると、所属する各省庁の利害関係にがんじがらめになります。

 

・たしかに日本にもシンクタンクがあります。特に金融系のシンクタンクや経済団体がさまざまな提言をだしていますが、それを実現させるにはどうしても無理がある。なぜなら、彼らは政策をつくったことがないからです。経営をやったことがない人が、外から評論するのと同じです。

 

・一度でも政策立案にかかわった人ならわかりますが、政策立案は、非常に細かな法律的手続きの積み重ねによってなされるものです。もっともな題目だけ並べるだけでは、実現可能性はゼロなのです。霞が関の官僚たちは、外部からの政策提言なんて、気にもとめていないと思います。

 

ビジネスパーソンに、「役人や政治家を連れてきて、会社の経営ができると思いますか?」と聞けば、たいていの人は「無理」と答えるはずです。同じように、民間の人を霞が関に連れてきても、いきなり政策をつくれるわけがありません。

 

<役所は民間と違う複雑なゲームを展開している>

官僚の世界は官僚の世界で、経済人とはまったく違うタイプの複雑なゲームをやっているわけです。そもそも種目が違うから、民間の発想をそのまま官僚の世界に取り込むことはできません。

 

<株主総会が年間二百日開かれるのと同じ>

・民間と行政ではルールがまったく違うわけです。

 

・政府にとって、株主総会に当たるものは何かというと、国会です。国会は年間二百日程度開かれています。「株主総会が200回開かれている会社だと思え」と私はよく言っています。簡単に改革ができるわけがないのです。

 

<法律と予算を変えることの大変さ>

・企業なら役員会で決められる話を、すべて株主総会を開いて、そこで議決しているようなものです。それがどれほどたいへんか、わかっていない人が多すぎます。

 

・すると、「そんな面倒くさいことをやっているからダメなんだ。仕組みを変えればいいじゃないか」と反論する人がいるかもしれませんが、日本は民主主義の国だから、そこはそう簡単には変えられない。良くも悪しくも、国民の代表である国会議員による国会での審議を経ずに、重大な意思決定をするわけにはいかない、面倒くさい仕組みなのです。

 

・政府といっても法律事項、予算事項は授権されないので、毎回国会の承認をもらわなければいけません。企業なら役員会で決められる話を、すべて株主総会を開いて、そこで議決しているようなものです。それがどれほど大変か、わかっていない人が多すぎます。

 

・良くも悪しくも、国民の代表である国会議員による国会での審議を経ずに、重大な意思決定をするわけにはいかない、面倒くさい仕組みなのです。

 

<法案作成から成立までの手続きが複雑>

・このように、政策立案は大変だからこそ、そのノウハウをずっと持ち続けてきた官僚が結局強いわけです。民間が何を言おうと、官僚組織に歯が立たない。こういう状況を打ち破るために何が必要かというと、人が交流することです。それがいちばん早い。

 

<独自の隠語を駆使して政策プロセスを牛耳る>

・霞が関の官僚が外部の人間を簡単に寄せつけないのは、政策プロセスの複雑さもさることながら、彼らにしかわからないジャーゴン、専門用語を多用することにも原因があります。

 

・ジャーゴンがあるということは、日本の政策プロセスはごく一部の人間に牛耳られているということです。政治家と官僚だけ。民間人は入っていく余地が少ないということです。

 

<私益、公益、組織益の三つの円の重なりを大きくする>

・役人たちは、天下りまで含めた終身雇用制度の中に完全に組み込まれています。今の時代、彼らが、国民の利益の最大化ではなく、組織の利害の最大化という潜在的な欲求を持ってしまうのは、そのせいでもあります。

 

<天下り制限撤廃とキャリア制度廃止で人材を流動化>

・むしろ、天下りというか、民間企業に行くことに対する制限を撤廃すべきです。いつでもやめられるという状況になれば、いつでも入っていける。官から民へ、民から官へ。人の移動が活発になれば、政治家と役人だけが政策プロセスを牛耳ることができなくなります。

 

・さらに、論功行賞にして、キャリア制度を廃止しなければいけません。

 

<日本のベスト&ブライテストを集結する>

・政策立案というのは知的な仕事であることは間違いありません。もっと自由にひとが出入りするようなオープンなコミュニティを築き、そこに日本のベスト&ブライテストを集めて、その人たちが政策立案する状況をつくらなければならないのです。

 

・民間には民間の厳しさ、難しさがあります。政府には政府の難しさがある。その両方を真剣勝負で経験し、二つの世界の違いと共通点、それぞれの長所、短所を体感的に理解している人材を、急がば回れでつくっていく努力をすべきなのです。

 

<それを実現するには憲法改正が必要です>

・政策立案を専門的に行っているのは官僚ですが、先に述べたように彼らはけっして高学歴集団ではありません。一方、民間のシンクタンクにいる「政策評論家」は、実際に政策をつくったことがない人が大半です。国会審議のことも何もわかっていない人の話をいくら聞いても無駄なのです。

 

<政治の混乱は国民の混乱の反映にすぎない>

・日本は民主主義国家です。主権は国民にあります。政治家の悪口をいろいろ言うけれども、選んだ自分たちの責任でもあるのです。要するに、自分たちの悪口を言っていることにもなるわけです。

 

・現在の混乱を生み出したのも、厳しい見方をすれば、自分たち国民がそういう選び方をしたからです。政治が混乱しているとすれば、それはわれわれ自身が混乱していることの反映にすぎません。選ぶ側にキズがあれば、選ばれた政治家にはもっとはっきりとしたキズが表れます。

 

 

 

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