2016年12月1日木曜日

2015年4月、安倍首相は「来年の2月までに物価目標2%を達成できないのであれば、アベノミクスは失敗であったと言わざるを得ない」と発言しました。約束した期日はとうに過ぎているのですから、その一点だけを考えても、アベノミクスはうまくいっていないと言わざるを得ません。(1)


 

『自民党ひとり良識派』

村上誠一郎   講談社   2016/6/15

誰よりも自民党を愛するからこそ覚悟の正論!

 

 

<日本をおかしくした5つの法律>

・私は最近の自由民主党の方向性を非常に心配しています。

 昔と違ってなぜ自由闊達な議論のできない「不自由民主党」になってしまったのか。

 

・私の自民党衆議院議員生活30年間、自民党が国会に提出した法案で、私が猛然と反対を表明した6つの法案があります(うち一つは廃案)。

1987 スパイ防止法(廃案)

1993 小選挙区比例代表並立制

2005 郵政改革法案

2013 特定秘密保護法

2014 公務員法改正案

2015 集団的自衛権の行使容認

 

 これらの6つの法案によって自民党は徐々に変容し、現政権による集団的自衛権の行使容認」という、解釈改憲、立憲主義の否定に至るのです。

 

<小選挙区制導入で劣化した議員の質>

・国民の支持率が高いあいだは官軍ですから、政権の言いなりになって、ウケのいい政策だけを言っている方が楽ではないでしょうか。自らあれこれと政策を考える必要がない。ただ、党の言うことに、従っていればいい。

 逆に従っていないと、次の選挙では公認はもらえないし、比例代表では、よい名簿順位をもらえなくなります。

 小選挙区比例代表並立制とはそのように政治家が選挙とポストだけを考えてしまうようになる制度なのです。その結果、選挙とポストのすべてが官邸や党幹部次第ということになるのですから、時の権力者の言いなりになってしまう危険性をはらんだ選挙制度だと私は思います。

 

<言うことを聞けないのなら自民党を辞めろ!>

・「自民党をぶっ壊す」

 というのが、その時のセリフですが、実は特定郵便局というのは、自民党田中派以来の経世会の有力な支持母体です。「自民党の経世会支配をぶっ壊す」というのを感じました。

 ともかく、小泉政権の郵政選挙で「郵政民営化」に反対した自民党の政治家はすべて公認を取り消され、その上に刺客まで送り込まれました。

 郵政民営化反対を言ったら政治家が政治生命を奪われたのです。「俺の言うことを聞けないのなら自民党議員を辞めろ!」と。

 

<小選挙区比例代表並立制は即刻廃止せよ!>

・小選挙区制はできるだけ早く見直すべきだと思います。

 小選挙区制が政権交代で民主党中心の連立政権をもたらして失敗、さらに解釈改憲を許す遠因となったわけですから。

 衆議院選挙制度の抜本改革を目指す議員連盟は2011年に発足しています。中選挙区制の復活を議論する議連で、選挙制度に欠陥があるというのは、今や自民党、民進党はもちろん、社民党や共産党など各政党すべての共通認識なのです。

 

・そもそも、私が最初から反対していたように、斡旋利得罪と連座制の強化を行っていれば、選挙制度を中選挙区制から小選挙区制にしなくても、金のかからない選挙ができたのです。

 ちなみに、私が考える選挙制度改革は、150選挙区定数3人は良いとしまして、実現は難しいでしょうが、一人2票制にするのはどうかと考えています。

 義理やしがらみで1票を投じる有権者も多いでしょうが、残った1票は、政党なり政治家の政策に対して投じてもらいたいのです。もちろん、2票とも、継続的に支持している議員に投票しても構いません。

 これによって、個々の政治家の政策の継続性がある程度、担保されますし、人の顔色、雰囲気、風頼みといった、およそ政策とは無関係な事柄が政治活動に悪影響を及ぼすことを排除できるのではないでしょうか。

 

<派閥崩壊がもたらしたもの>

・中曽根首相から、2回連続の当選の重要性を指導していただいたというわけです。

 さらに、中曽根首相自身が、初当選後からずっと、日本の今なすべき政策は何かを考え続け、これと思う政策や提言には真摯に耳を傾け、重要だと思う政策等はすべて大学ノートに書き留めてきたという話がありました。

 私は中曽根元総理の精神を取り入れ、今も政治活動のため収集した資料や、制作をパワーポイント化して、国政報告、講演の場ではすべてパワーポイントを使って説明することにしています。

 

<河本派に所属した理由>

・このような環境の中で育った私は、東大に進学したあと、司法試験を目指していました。ある日、農林大臣、郵政大臣、三木内閣の官房長官を歴任した、当時、三木派の重鎮だった井出一太郎先生が私に会いたいと言ってきました。

 井出先生は、私の顔を覗き込むようにしてこう言いました

「君は票が取れそうな顔をしているな」

 

・「政治家には休みはありません」

 そのときに河本先生からは、座右の銘が“政治家は一本の蝋燭たれ”だということなどを伺いました。蝋燭は、わが身を焦し周囲を明るくするのだ、と話されました。

私は、この先生についていこうという決心をしたのです。

 

<議論するより携帯で撮影>

・初当選の頃、ある先輩が、

自民党は1回生でも10回生でも発言は自由であり、皆、黙って聞いている。しかしアナタが発言している間、頭のてっぺんからつま先まで人物鑑定しているんだよ。発言する場合はよく勉強して理論武装を完璧にしておけよ

 と、忠告してくれたことがありました。

 徐々に、その助言が、先行きの政治活動に大きな影響を及ぼすことになることがわかってきたのです。政策をめぐって意見をするのは自由ですが、しっかりと勉強をしておかなければいけません。逆に何か問われてもきちんと反論や返答ができるようにしておかなければいけないのです。

 しっかりした議論ができて初めて、派閥や党の幹部に認められて大事な仕事を任されるようになっていくのですから、我々が若い頃は、部会や党の税制調査会等が言わば登竜門、大切な真剣勝負の場のひとつでした。

 

・若手の皆さんが自分のツイッターやブログなどの更新に熱心なようなのです。もちろん政策の議論がないとまでは言いませんが、どちらかというと勉強会や部会に参加したことを、有権者に情報発信することに重きを置いているような気がします。

 せっかくの真剣勝負の場、政治家としての質を高める場が十分に生かされていないのではないでしょうか。

 

部会や勉強会の形骸化が、政治の劣化、政治家の劣化につながっているような気がします

それもこれも、次の選挙が不安だからだと思います。政治家として、確立した選挙基盤と支持者との信頼関係が構築されていないことに原因があるのではないでしょうか。

 

・小選挙区制が導入されて、小泉政権以降、派閥が力を失った結果、自民党も野党も政治家の質が落ち、知性や専門性を持つ人物は、だんだん少なくなっているのです。

 

<自民党が健全だったころ>

小泉政権以降、現在の安倍政権まで、天下の自民党がこのようなことをしてはならない、総裁辞めなさい、などと言える雰囲気が自民党に残っているでしょうか。

 今は何も言わず、選挙の公認をはずされるような問答無用の状況に追い込まれるのですから。

 若手から、政権幹部まで今はあまり見識が感じられないのです。

 

意見が言えない優秀な官僚たち

・国民の皆さんは誰が政治をやっても変わらないとよく言われますが実は違います。政治や行政が失敗したら取り返しのつかないことが起こるのです。小選挙区制の導入が政治家に人材が集まらなくなった要因ですが、公務員法の改正で官僚にも人材が集まらない危険性を持っているのではないか。非常に憂慮しています。

 

・公務員法を改正してしまった結果、官僚たちが本音と正論を言いにくくしてしまったのです。公務員法改正は、国民の皆さまには関心が薄いか、あるいは日本の意思決定を遅らせたり、無責任な行政が続くのは官僚制に原因があるから、良いことなのではないかとみる向きも多いでしょう。けれども、実はこの法律によって有能な官僚が意見を言えなくなってしまったのです。

 

<政権に迎合する官僚ばかりになる>

<遠ざけられた財務省>

・財務省の影響が落ちたのは1998年に発覚した大蔵省接待汚職事件からで、官僚は小狡い輩と国民からみられるようになりました。

 

<官僚を活用できない>

・公務員法改正は能力本位にするためだと言いますが、政権に異を唱えるような言動をすれば、人事権をいつでも発動できるという脅しが効いています。

 

<名こそ惜しけれ>

・「名こそ惜しけれ」とは、名を汚すような恥ずかしいことをするなという日本人独自の道徳観だというのです。

 ところが、司馬遼太郎が想像もしなかったような政治家の不祥事が、大臣の収賄報道から若手議員の女性スキャンダルまで、2016年に入って続出しているのが、今の自民党なのです。言語道断です。

 いくら官僚たちが、「清潔」だったとしても、公務員法改正で、彼らに「ニラミ」を利かせやすくなった政治家たちに問題があったとしたら、「この国の将来のかたち」は、いったいどうなってしまうのでしょうか。

 

<最優先事項は財政再建>

金融緩和、自国通貨安で繁栄した国はない

・つまり、アベノミクスはこの3年半の間、ずっと金融緩和と当初の機動的財政出動によって経済を刺激し続けているだけなのです。実体経済は、すなわち賃金上昇と個人消費は、デフレ下の経済状況からなんら変わりがありません。新たな提案もしくは産業による雇用の創出が求められてきましたが、骨太の成長戦略が打ち出されないままですから、アベノミクスは金融緩和に頼っただけの経済政策であったという結論になります。

 

20154月、安倍首相は「来年の2月までに物価目標2%を達成できないのであれば、アベノミクスは失敗であったと言わざるを得ない」と発言しました。約束した期日はとうに過ぎているのですから、その一点だけを考えても、アベノミクスはうまくいっていないと言わざるを得ません。

 実態経済が伴わず、自国通貨を安くする経済政策で繁栄を築いた国はどこにもないのです。

 

<子や孫にツケを回してはならない>

・このまま、量的緩和でお金をばら撒いていけば国債の金利の上昇を招き、国債の価値は暴落するかもしれません。国債を保有している個人、銀行、生命保険会社や日銀が大きな損を被り金融資産を失うとともに、悪性のインフレになりかねません。

 そこまでいかなくても、成長戦略の成果がないままお金をばら撒いているので、賃金が上がらないのに物価が上がる傾向が出てきます。

 

<国民一人当たりの借金額は830万円!?

<消費税は予定通り10%に>

・では、この経済状況をどのように乗り切ればいいのかと言えば、やはり、財政再建を行うことが日本の経済危機の最善の処方箋なのです。国が安定すれば、経済活動も活発化し、国民は安心して暮らすことができるのです。

 そのためには、予定通り消費税を10%に引き上げ、財政再建路線を明確に打ち出すことで、国民も国際社会も日本に対する信用を取り戻すことができるのです。

 

<社会保障改革へ>

・私は、消費増税を予定通り10%に引き上げるという主張をしました。私自身の選挙を考えればマイナス材料となるばかりですが、日本のため、国民のため、次の世代のためを思えば、反発されることを承知で消費増税を有権者に説得し続ける覚悟です。選挙のための間違った財政政策、経済政策はやるべきではありません。

 

<中福祉・中負担>

・社会保障制度についても、現在は高福祉・低負担でありますが、将来、中福祉・中負担への改革を提案したいと思っています。

 自分の受けたサービスに見合う費用は受益者負担として応分に負担しなければならないと思うのです。方策としては、電子レセプト、電子カルテルの活用、末期医療の改革、オーバートリートメント(過剰診療)の解消、初診システムの見直しなどが挙げられます。

 

<人口問題と移民政策>

要は、国民はすでに、アベノミクスでは経済再生は一朝一夕には立ち直ることがないとわかってしまったのです。政治に対して国民はまったく期待感が持てないということが、徐々にわかってきているのではないでしょうか。

 

・これまでの経済統計から、日本の潜在成長率は1%程度しかないことがはっきりしていますので、税収を50兆円とすれば、翌年には5000億円の税収増しか見込めません。これ以外のほとんどは赤字国債に頼っているのが日本の財政実態なのです。1300兆円の借金を返すには直ちに消費税を30%近い高水準にしなければならないという試算を財務省が公表していますが、これほど、財政状況は危険水域に達しているのです。

 

・一方で、人口は減り続け、生産年齢人口は2010年時点で8000万人と推計されています。2030年には17%前後減り、6700万人と予想されています。人口減少によって十数年後には50兆円の税収も見込めないことになるのです。一刻も早く、財政再建をしなければならないということがご理解いただけると思います。

 そこで、私は、自民党内で移民問題検討会議のメンバーとなり、移民受け入れのルール、有り様を模索しています。

 

20年前からヨーロッパ並みの消費税率にしていれば、私たち世代が作った膨大なツケを子や孫に回すことにはならなかったのではないでしょうか。私たち政治家がこうした将来設計を怠り、国民への説明を避けてきたというそしりは甘受しなければならないのです。

 

 

 

『リフレはヤバい』

小幡績   ディスカバー携書   2013/1/31

アベノミクス 円安、インフレで国債暴落から銀行危機、そして日本経済危機へ

 

 

 

<リフレとは、インフレをわざと起こすことである>

・この金融政策を支えているのが、リフレ派と呼ばれるエコノミストや

経済学者であり、その政策をリフレ政策という。

 メディアは、このリフレ政策を中心とする安倍首相の経済政策に関する主張をアベノミクスと呼んではやし立てた。

 

・なぜ、インフレを意図的に起こすことである「リフレ政策」が悪いのか。日本経済が崩壊する可能性があるからだ。

 確かに日本経済は停滞している。構造的変化も必要だ。しかし、それはリフレでは実現できないし、それどころか、日本経済が破滅してしまう恐れすらある。

 

・それは、リフレが国債を暴落させるからである。国債が暴落するのは、円安と名目金利上昇となるからだ。国債が暴落すれば、国債を大量に保有している銀行は、経営破綻に追い込まれる。銀行が破綻あるいは、その危機に陥れば、すなわち、銀行危機となる。貸し渋り、貸しはがしとなり、中小企業はひとたまりもない。

 このときに、国債が暴落しているから、政府が銀行に資本注入して救済しようとしても、その資金を調達するために発行する国債を買ってくれる人がいない。それを日銀に引き受けさせようとすれば、それはさらなる国債暴落を招き、銀行の破綻は加速する。

 これこそ、スパイラル的金融危機だ。

 

・リフレ政策は、インフレをいったん起こしてしまうと、そのインフレが制御不能になってしまうことが問題なのではない。インフレを起こせないのに、インフレを起こそうとすることが問題なのだ。

 インフレが起きないのに、インフレを起こそうとすれば、歪みだけが蓄積する。その歪みが副作用という言葉を超えて、日本経済を危機に追い込むことになる。

 

<円安戦略はもう古い>

<通貨価値上昇=国富増大>

・経済学的には、通貨は高いほうが基本的にその経済にはプラスなのです。自国の資産はほとんどが自国通貨に連動していますから、国富の増大とは、通貨価値の上昇にほかならないのです。

 

・このように、自国の国富、とりわけ、土地や企業などのいわば国の経済を動かす「資産」を守るためには、自国の通貨が値下がりすることは、最も避けなければいけないことなのです。

 

<フローからストックの時代へ>

・しかし、オイルショックを経て、1980年代から世界経済の構造は変わったのです。右上がり成長の時代は終わり、低成長時代に入りました。

 この時代、内需成長の限界から、各国が輸出競争に走ったのかというと、そうではありません。かつて日本は1980年代、米国との貿易摩擦が激しく、また、1985年のプラザ合意以後は急激な円高が進みました。このため、通貨安競争、輸出競争こそが、21世紀の今の日本の戦うツールと戦場だと思っている人が多いのですが、それは現実とはまったく異なります。

 世界の先進国は低成長時代を迎え、低成長、つまり年々の所得の伸びに限度があるのであれば、これまでに蓄積した国富を有効活用しよう、膨らませよう、という時代に入りました。

 つまり、フローからストックの時代に入ったのです。フローとは毎年の所得。フローの積み重ねがストックで、年々のGDPの積み重ねが国富、国の資産になるわけです。

 

80年後半の日本の国際的な存在感も、円高、株高、不動産高による急激な資産拡大がもたらしたものであり、貿易黒字というフローではなかったのです。

 

・したがって、1980年代以降はストックの時代。そのストックの時代には、通貨は高いほうがいい。ストックが、つまり、資産が高く評価されるということですから。

 

・時代は変わったのです。通貨は安いほうがいいというのは、1970年代までの古い常識なのです。

 

円安戦略では、日本は勝てない

時代そのものが変わったので、通貨は強いほうがよくなったのですが、日本が変わったことも、日本にとって円が強いほうが国益になる第2の理由です。

 

・日本はもはや超成熟経済国家です。高齢化ばかりに話題がふられていますが、実は、これまでのノウハウなど蓄積がものすごい。経済にとって大きな財産が蓄積されています。

 同時に、日本文化やライフスタイルが、世界的に貴重で価値あるものだと思われています。

 今や、日本そのものの価値、社会の価値はものすごいものなのです。

 

・そして、これらの貴重な資産は、経済的には、円またはドルで金銭的に評価されます。ですから、この評価をグローバルには下げることになる通貨安というのは、問題外なのです。

 通貨を安くして韓国と競争するという発想自体が時代遅れであり、おかしいのです。

 

・そして、韓国のような国は世界中にたくさんあります。それらのすべての国と戦うのは、美学としてはいいかもしれませんが、無理です。本来日本が有利な土俵ではありません。日本のよさが最大限発揮できる、きちんとした利益が出る土俵で戦うべきなのです。

 日本の土俵とは、今から大規模投資をして、コスト競争、品質競争をするような分野、スタイルではなく、ソフトの戦いとなる土俵。つまり、人間のアイデアや文化、ライフスタイルの厚み、歴史、独自性が発揮されるような分野です。そういう分野に力を入れて稼ぐべきなのです。

 

<大事なことは、通貨安競争をすれば日本は負ける、ということです。>

・日本の場合は違います。下手に通貨を安くしたら、上場企業がドル建てで見たら割安になってしまう。あとから追いかけてくる国、自分たちではとうてい日本が築き上げたノウハウを生み出せない国が、カネでノウハウの詰まった企業を買ったり、優秀な技術者を高い年俸雇ってしまったりするのです。

 

・ですから、日本は通貨安競争などするべきではない。日本以外の成熟国で通貨安競争をしている国はありません。

 ドイツがユーロ安のおかげで輸出が好調で景気がいい、というのはユーロ圏のなかの一領域の話なので、例外です。日本で言えば、東京だけが好調だというのと同じことです。ユーロ全体では、ユーロの価値を維持することに必死なのです。

 

<ドル思考で広がるグローバル戦略>

・第3にビジネスモデルが古い、円安志向の理由として、時代認識、日本の世界経済における位置づけの認識、これらが共に古いということを述べてきたのですが、さらに、世界経済で戦う個々の企業レベルでも、ビジネスモデルが古いのです。だから、超大企業のトヨタですら円安を喜んでいるのです。

 

<グローバル企業とは、ドルで経営戦略を考える企業。そういう企業のことです。>

・米国だけが、世界ではありません。しかし、通貨においては、ユーロの登場により相対化が進んだといってもやはり基軸通貨はドルなのです。とりわけ金融市場においては、すべてはドルです。そうであれば、ドルをどれだけ増やすか。それを軸に据えた企業。それがグローバル企業なのです。

 

・その場合、円高になると、日本本社のドル価値が上がります。円建ての自社の株式の時価総額が上昇します。これをどう利用するか?

 コストが安いという理由だけで、生産拠点を移すのは、実はよくありません。なぜなら、為替レートは変動するので、一時的なレートの安さでそこを選んでも、高くなってしまう可能性があるからです。

 

・為替がずっと円高なら、いつでもいい企業を見つけた瞬間に買えます。毎日がバーゲンセール。それも、円という世界に住んでいる自分たちだけへのバーゲンセールなのです。このチャンスを逃してはいけません。

 

<日本企業の価値の源泉>

・こういう状況においては、逆説的ですが素晴らしいモデルをひとつつくり上げて、それを世界に売り込むというのが、ひとつの道です。

 

・日本企業が日本企業であり続けるためには、日本という「場」、東京という「場」、あるいは京都という「場」、日本の本社や研究所が立地するその「場」が、何かそこでしか生み得ないものを生み出す「場」でないといけません。

 

・ドルで戦略を考え、生産拠点、市場をグローバルなポートフォリオと考え、同時に、企業の根源的な価値を生み出す「場」を日本に据え、世界のどの企業とも違う企業であり、世界唯一の製品を生み出し、それを世界市場に打ち出していく。

 

<クルーグマンは間違っている>

・クルーグマンの理論には、同時にもうひとつ大きな前提があります。それは、消費者は十二分な資産や所得があるということです。

 

・一般的なインフレーションでは、多くのモノの値段が上がるわけですから、生涯の所得が減るのであれば、今から少しずつ倹約しなければなりません。日本経済の将来は依然として不安で、公的年金の将来の支給額の減少や将来の消費税の増税などを考えると、さらに不安になってきます。

 ですから、現在、デフレに対応して広まっている節約生活が、一時的な負景気対策ではなく、生涯にわたるものになります。日本の消費者の大多数は、倹約家になり、インフレの下で景気はさらに悪化することになるのです。

 

・駆け込み需要を促すような役割をマイルドなインフレが果たすためには、給料、所得も、インフレに連動して同じ額だけ上がらないといけません。

 

 同時に、消費者は、十分に所得または資産があって、お金が余っている人でないと、モノの値段が上がってしまう前にあらかじめ買っておこうとは思いませんから、駆け込み需要があるとしても、それは、相当なお金持ちだけの話なのです。

 

<デフレスパイラルは存在しない>

・一方、デフレスパイラルも話も誤りで、価格だけが勝手に動くと考えているところがおかしいのです。

 もう一度整理すると、デフレスパイラルとは、物価が下がり続け、それにより、企業の売り上げが減り、それに応じて給料が下がり、その結果、人々が消費を減らし、その結果、モノの値段はますます下がり、この悪循環が継続し、経済は縮小し続ける、ということでした。

 

・物価が下落するには理由が必要です。そして、それは需要不足です。マクロレベルでも、ミクロレベルでもそれは同じです。企業は売れないから、価格を下げる。経済全体で需要が弱いから売れないので、すべての企業は価格を下げる。だから、全体的な価格が下落し始める。

 つまり、物価が下落する結果、景気が悪くなるのではなく、景気が悪いので、需要が弱く、その結果が物価の下落となるのです。

 ですから、デフレスパイラルというのは存在しないのです。

 

<リフレではなく何をするか?>

・日本経済にとって必要なのは、雇用です。それ以外はありません。なぜなら、人間こそが、経済を動かす力であり、社会を豊かにするものだからです。

 人間は必要とされていないと活力を失います。必要とされることのひとつがお金を得るために働くということです。

 

・人的資本の蓄積をもたらす雇用。そういう雇用を増やす。これが唯一の日本経済の改善策です。

 

・人的資本の蓄積をもたらす雇用とは、働くことによって学ぶ機会があり、やりがいを持って働くことができる仕事です。

 

 その学びとは、仕事上の蓄積もあれば、人間としての成長ということもあります。個人は成長し、充実感を得ることによって幸福を感じ、そして何より、働き手として、価値のある労働力になっていくのです。これで日本経済は成長します。

 

<人的資本の蓄積は、とりわけ若年層にとって重要です>

・ですから、政策としては若年雇用の確保、そして、その質の向上。これに全力を挙げるべきです。

 この具体策は、また改めて別の機会にしたいと思いますが、ひとつの提案は、学校をつくることです。日本には素晴らしい学校もあり、一方、役に立たないと言われている大学もあります。

 素晴らしい学校のひとつである、高等専門学校、いわゆる高専を拡大、充実させます。

 

・この高専を、工業以外の分野にも広げ、充実させるのです。

 農業、漁業。これは、2011年の大震災の被災地に建設するのがいいと思います。被災地に必要なのは、人なのです。そして、質の高い仕事、雇用なのです。

 

・これからは、工業はもちろん、農業、漁業でも、グローバルに活動していく必要があります。そのチャンスがあります。そのために、これまでの高専に加え、大学院を併設します。大学はいりません。

 

・若年だけではありません。高齢者も人的資本が蓄積できるように、学校をつくります。定年退職後、働く意欲も能力もある人がたくさんいます。しかし、その場面がない人もいます。そこで、もう一度、教育を受けて、これまでの経験に加えて、その時代のニーズに合わせた知識や技術を身につけて新しい仕事をするのです。これまでの経験とシナジー(相乗効果)が生まれるかもしれません。

 

・中年層も同じです。これからは、海外の工場と低賃金争いをして、従来と同じように比較的単純な作業の雇用まで守ろうとしても無理です。日本人技術者は、プレイヤーではなく、これからはコーチになるのです。プレイングマネージャーでもいいかもしれません。一線で働きつつ、新興国へ赴任、出張して、現地の労働者、スタッフのコーチになるのです。

 

 そのためには、技術そのもののレベルが高いだけでは駄目で、異文化の労働者、技術者、スタッフをリードするコーチとしての能力と経験が必要になってきます。そういう学校、教育も必要です。

 

・日本経済は、新しい現在の世界経済構造のなかで、新しい役割を担うのです。その場合もすべては「人」です。その「人」に、新しい構造のなかで、新しい役割を持たせ、新しい働き方をつくる。そのために、政府の政策は動員されるべきなのです。

 

 

 

『円高・デフレが日本を救う』

小幡績  ディスカヴァー携書  2015/1/31

 

 

 

21世紀最大の失策>

・しかし、やったことは間違っている。現実経済の理解も間違っている。戦術的に見事である以外は、最悪の緩和だった。

 結果も間違い。現実認識も間違い。最悪だ。

中央銀行としては、21世紀最大の失策の一つとも言える。なぜか?

 

・まず、原油下落という最大の日本経済へのボーナスの効果を減殺してしまうからだ。

日本経済の最大の問題は、円安などによる交易条件の悪化だ。原油高、資源高で、資源輸入大国の日本は、輸入に所得の多くを使ってしまい、他のものへの支出を減らさなければならなくなった。これが今世紀の日本経済の最大の問題だった。交易条件の悪化による経済厚生の低下として経済学の教科書に載っている話そのものだ。

 

・その結果、他の支出へ回すカネが大幅に減少した。雇用が増え、勤労所得が増えても、資源以外は買えるものが減り、より貧しくなったという生活実感だった。

 この実感は、数字的にも正しく、輸入資源以外への可処分所得が減少したのである。これが実感なき景気回復である。

 

・影響は原油だけではない。円安が急激に進むことによって、多くの生活必需品、原材料が高騰した。パソコンや電子機器の部品を含めて輸入品はすべてコスト高となった。我々は貧しくなった。

 

・そして、さらに根本的な誤りがある。テクニカルだが、将来の危険性という意味では最も危険で致命的な誤りがある。

それは、誤った目的変数に向かって戦っていることである。

誤った目的変数とは、期待インフレ率である。期待インフレ率とはコントロールできない。

それをコントロールしようとしている。不可能なことを必死で達成しようとしている。

この結果、政策目的の優先順位まで混乱してしまった。期待インフレ率のために、あえて日本経済を悪くしてしまっている。

 

・異次元緩和という、長期にはコストとリスクを高める政策をわざわざ拡大して、わざわざ日本の交易条件の悪化を目指している。長期のコストとリスクを拡大することにより、短期的に日本経済を悪くしている。しかも、それをあえて目指している。

 21世紀中央銀行史上最大の誤りだ。

 

<量的緩和による中央銀行の終焉>

・ここで、量的緩和のリスクについて触れておこう。

 量的緩和とは、現在では、実質的には国債を大量に買い続けることである。これはリスクを伴う。国債市場がバブルになり、金融市場における長期金利、金融市場のすべての価格の基盤となっている価格がバブルとなるのであるから、金融市場が機能不全になる。

 それを承知で、すなわち、バブル崩壊後の金融市場の崩壊のリスクは覚悟のうえで、国債を買い続けている。中央銀行が買い続けている限りバブルは崩壊しないで、そのバブルが維持されている間になんとかしよう、という政策である。

 

・この最大のリスクは、財政ファイナンスだと見なされることである。それによって、中央銀行に対する信頼性、貨幣に対する信任が失われることである。

 

 財政ファイナンスとは、政府の赤字を中央銀行が引き受けるということである。実質これが始まっている、という見方もあり、アベノミクスとは異次元の金融緩和に支えられた財政バラマキであるという議論も多い。 

 

・財政ファイナンスに限らない。貨幣およびその発行体である中央銀行に対する信任が失われるのであれば、その原因は、きっかけは何であれ、中央銀行は危機を迎える。危機と言うよりも終わり、中央銀行の終焉である。

 量的緩和は、あえて、自己の信用を失わせるような手段をとりつつ、信用を維持することを目指すという綱渡りのような、非常に危うい政策なのである。

 

<米国FEDと日銀の根本的違い>

・実は、国債などを大量に買い入れるという、この「量的緩和」は米国も行ってきた。

しかし、「量的緩和」は前述のようなリスクを伴う危うい政策である。このような危うい政策は、どこかで脱出しないといけない、できれば、勝ち逃げして逃げ切りたい、つまり、景気刺激といういいとこどりをして逃げ切りたい……。

 

・米国中央銀行FEDは脱出に成功しつつある。出口に向かい始めたのだ。しかし、日本は脱出に失敗するだろう。なぜなら、米国FEDとは根本的に考え方が違うからだ。日銀は、達成できない目標を掲げ、その達成に向けて全力を挙げているからだ。

 

・なぜ、米国が成功し、日本が失敗するのか?

 米国は、インフレターゲットは手段であり目的ではない、ということをわかっているからだ。

 彼らは、2%のインフレターゲットを掲げながら、インフレ率が2%に達していなくても、出口に向かい始めた。なぜなら、目的は米国経済だからだ。失業率が十分に下がれば、インフレ率がターゲットに達していなくとも、異常事態の金融緩和を解消し、正常化に向かい始めるべきだ、と判断したのだ。米国は手段と目的を取り違えていないのである。

 

<期待インフレ率を目的とする致命的誤り>

・なぜ「期待インフレ率」を目標とすることが、そこまで致命的に誤っているのか?もう少し詳しく述べておこう。

 第一に致命的なのは、目標を達成する手段を持っていないことである。

 期待インフレ率という目標を達成する手段を中央銀行は持っていない。手段のない目標は達成できるはずがない。だから、これは永遠に達成できない目標であり、たまたま運良く経済インフレ率が2%に来て、そこにたまたまとどまってくれることを祈るしかない。これは祈祷である。祈祷だから、異次元であることは間違いがない。

 

 

 

『「新富裕層」が日本を滅ぼす』

金持が普通に納税すれば、消費税はいらない!

武田知弘 著  森永卓郎 監修  中央公論新社 2014/2/7

 

 

 

<必要なのは経済成長や消費増税ではなく、経済循環を正しくすることなのだ>

・世界の10%以上の資産を持っているのに、たった1億数千万人を満足に生活させられない国・日本、必要なのは経済成長や消費増税ではなく、経済循環を正しくすることなのだ。「富裕層」と「大企業」がため込んで、滞留させている富を引っ張り出し、真に社会に役立てる方策を考える。

 

<バブル崩壊以降に出現した“新富裕層”とは?>

・今の日本人の多くは、現在の日本経済について大きな誤解をしていると思われる。たとえば、あなたは今の日本経済について、こういうふうに思っていないだろうか?

 

・バブル崩壊以降、日本経済は低迷し国民はみんなそれぞれに苦しい。

 

・金持ちや大企業は世界的に見ても高い税負担をしている。日本では、働いて多く稼いでも税金でがっぽり持っていかれる

 

・その一方で、働かずにのうのうと生活保護を受給している人が増加し、社会保障費が増大し財政を圧迫している

 

・日本は巨額の財政赤字を抱え、少子高齢化で社会保障費が激増しているので消費税の増税もやむを得ない

 

・これらのことは、きちんとしたデータに基づいて言われることではなく、経済データをきちんと分析すれば、これとはまったく反対の結果が出てくるのだ。

 

<消費税ではなく無税国債を>

<日本経済の最大の問題は「金回りの悪さ」>

・「失われた20年」と言われるように、日本の経済社会は、長い間、重い閉塞感に包まれて来た。アベノミクスで若干、景気は上向いたものの、消費税の増税もあり、今後、我々の生活が良くなっていく気配は見えない。

 なぜこれほど日本経済は苦しんでいるのか?

現在の日本経済の最大の問題は「金回りの悪さ」だと言える。

 

・政府は、財政再建のために消費税の増税にゴーサインを出した。しかし、消費税は「金回り」を悪くする税金なのである。消費税を導入すれば、もともと大きくない内需がさらに冷え込むことになる。また消費税というのは、国全体から広く浅く徴収する税金なのである。

 

・筆者は、お金の循環を良くして財政を再建するために、ある方法を提案したい。それは、「無税国債」という方法である。

 

<「無税国債」とは何か?>

・無税国債の狙いは、国民の金融資産1500兆円の中に眠る“埋蔵金”を掘り起こすことにある。

 

・実は無税国債にはモデルがある。フランス第四共和制下の1952年、時の首相兼蔵相のアントワーヌ・ピネー(18911994年)が発行した相続税非課税国債である。

 フランスは当時、インドシナ戦争で猛烈なインフレが起きて財政が窮乏していたが、時限的に相続税を課税しないピネー国債を出したところ飛ぶように売れ、ただちに財政が健全化して戦費の調達もできた。これをブリタニカ国際大百科事典は「ピネーの奇跡」と書いている。

 

<莫大な個人金融資産を社会に役立てることができる>

・ただ、この個人金融資産を社会に引っ張り出すのは容易なことではない。個人金融資産は、個人の持ち物である。これを勝手に国が使うことはできない。国が使うためには、合法的にこの資産を引っ張ってこなくてはならない。

 もっとも手っ取り早いのは税金で取ることである。しかし、個人金融資産に税金を課すとなると、非常な困難がある。というのも、金持というのは、税金に関して異常にうるさいからだ。国民の多くは気づいていないが、この20年間、富裕層に対して大掛かりな減税が行われてきた。個人金融資産がこれだけ激増したのも金持ちへの減税が要因の一つである。

 

<極端な話、無税国債は返さなくていい借金>

・個人金融資産は1500兆円あるのだから、750兆円を無税国債に置き換えるというのは、夢の話ではない。ちょっと頑張れば可能なことなのである。

 750兆円を税金で徴収しようと思えば、大変である。消費税率を10%に上げたとしても、20兆円程度の増収にしかならない。もし消費税によって財政の健全化をしようとすれば、税率15%にしたとしても40年近くもかかるのである。

 

・またもし税率20%にすれば、日本の国力は相当に疲弊するはずである。消費が激減し、景気も後退するだろう。そうなれば、予定通りの税収は確保できず、さらに税率を上げなくてはならない。日本経済はどうなることか……。

 消費税に頼るよりも、無税国債をつくる方が、どれだけ健全で現実的かということである。

 

<無税国債は富裕層にもメリットが大きい>

・そして無税国債の販売にも、そう問題はないのである。「マイナス金利の国債?そんな国債を買うわけはないだろう」と思う人もいるだろう。確かに、ただマイナス金利というだけならば、買う人はいない。しかし、この国債には、相続税などの無税という恩恵がついているのだ。

 これは富裕層にとって、かなり大きなメリットと言える。

 

<実は日本は社会保障“後進国”>

・あまり知られていないことだが、日本の社会保障というのは、先進国とは言えないくらいお粗末なモノなのである。

 本来、日本は世界有数の金持ち国なのに、社会のセーフティーネットがお粗末なために、国民は安心して生活ができないのである。

 今の日本人の多くは、「日本は社会保障が充実している」「少なくとも先進国並みの水準にはある」と思っている。

 しかし、これは大きな間違いなのである。日本の社会保障費というのは、先進国の中では非常に低い。先進国ではあり得ないくらいのレベルなのだ。

 

・そして、この社会保障のレベルの異常な低さが、日本経済に大きな歪みを生じさせているのだ。日本人が感じている閉塞感の最大の要因はこの社会保障の低さにあると言ってもいいのだ。

 

・日本は、先進国並みの社会保障の構築を全然してきていない。社会保障に関しては圧倒的に“後進国”と言えるのだ。

 

・また昨今、話題になることが多い生活保護に関しても、日本は先進国で最低レベルなのだ。

 

・日本では、生活保護の必要がある人でも、なかなか生活保護を受けることができないのだ。

 

・日本の生活保護では不正受給の問題ばかりが取りあげられるが、生活保護の不正受給件数は全国で25355件である。つまり生活保護には不正受給の数百倍の「もらい漏れ」があるのだ。

 

<なぜ経済大国日本に「ネットカフェ難民」がいるのか?>

・日本では、住宅支援は公営住宅くらいしかなく、その数も全世帯の4%に過ぎない。支出される国の費用は、1500億円前後である。先進諸国の1割程度に過ぎないのだ。しかも、これは昨今、急激に減額されているのである。1500億円というのは、国の歳出の0.2%程度でしかない。

 フランスでは全世帯の23%が国から住宅の補助を受けている。その額は、18000億円である。またイギリスでも全世帯の18%が住宅補助を受けている。その額、26000億円。自己責任の国と言われているアメリカでも、住宅政策に毎年3兆円程度が使われている。

 もし、日本が先進国並みの住宅支援制度をつくっていれば、ホームレスやネットカフェ難民などはいなくなるはずである。

 

・日本は他の先進国よりも失業率は低い。にもかかわらず、ホームレスが多かったり、自殺率が高かったりするのは、社会保障が圧倒的に不備だからなのだ。日本の自殺率は、リストラが加速した90年代以降に激増しており、明らかに経済要因が大きいのである。

 

<税金の特別検査チームを!>

・税金の無駄遣いをなくし、必要な支出をきちんと見極める。

 そのためには、予算をチェックするための強力な第三者機関のようなものをつくるべきだろう。

 今の日本の税金の使い道というのは、複雑に絡み合ってわけがわからなくなっている。これだけ税金の無駄遣いが多発しているのは、税金の使途の全貌を把握している人がほとんどいないからである。

 

<平成の“土光臨調”をつくれ>

・今の行政制度、官僚制度ができて60年以上である。いや、戦前から続いている制度も多いので、100年以上になるかもしれない。

 同じ制度を100年も使っていれば、絶対に矛盾や不合理が生じるはずである。

 

<先進国として恥ずかしくない社会保障制度を>

・財界も参加した第三者機関により、社会保険料の徴収と分配も合理的に考えることができるはずである。これまで財界は社会保険料を取られるだけの立場だった。そのため、なるべく社会保険料を小さくすることを政府に要求し続けてきた。

 

これまで述べてきたように、日本の社会保障制度というのは、先進国とは言えないほどお粗末なものである。

 しかし世界全体から見れば、日本はこれまで十分に稼いできており、社会保障を充実させ、国民全員が不自由なく暮らすくらいの原資は十二分に持っているのである。

 今の日本の問題は、稼いだお金が効果的に使われていないこと、お金が必要なところに行き渡っていないことなのである。

 

<「高度成長をもう一度」というバカげた幻想>

・バブル崩壊以降、国が企業や富裕層ばかり優遇してきた背景には、「高度成長をもう一度」という幻想があると思われる。

 

・そういう絶対に不可能なことを夢見て、やたらに大企業や富裕層を優遇し続けてきたのが、バブル崩壊後の日本なのである。

 

<今の日本に必要なのは「成長」ではなく「循環」>

・極端な話、景気対策などは必要ないのである。

 必要なのは、大企業や富裕層がため込んでいる金を引き出して、金が足りない人のところに分配することだけなのである。

 

・大企業や富裕層がため込んでいる余剰資金のうち、1%程度を差し出してください、と言っているだけなのである。

たったそれだけのことで、日本全体が救われるのである。

 

<国際競争力のために本当にすべきこと>

・バブル崩壊後の日本は、「国際競争力」という“錦の御旗”のもとで、企業の業績を最優先事項と捉え、サラリーマンの給料を下げ続け、非正規雇用を激増させてきた。

 

<無税国債は一つのアイデアに過ぎない>

・何度も言うが、バブル崩壊後、富裕層や大企業は資産を大幅に増やしている。その一方で、サラリーマンの平均収入は10ポイント以上も下がっている。

 国民に広く負担を求める消費税が、いかに不合理なものか。

 

・もう一度言うが大事なことは、一部に偏在しているお金を社会に循環させることなのである。

 

<日本の企業はお金をため込み過ぎている>

・この10年くらいの間に大企業はしこたま貯蓄を増やしてきた。「内部留保金」は、現在300兆円に迫っている。

 

<設備投資には回らない日本企業の内部留保金>

・「バブル崩壊以降の失われた20年」などという言われ方をするが、実は、日本企業はその間しっかり儲けていたのだ。

しかも、それに対して、サラリーマンの給料はこの十数年ずっと下がりっぱなし(一時期若干上がったときもあったが微々たるもの)である。リストラなどで正規雇用は減らし、非正規雇用を漸増させた。

 

<「日本の法人税は世界的に高い」という大嘘>

・しかし、実は「日本の法人税が世界的に高い」というのは大きな誤解なのである。日本の法人税は、確かに名目上は非常に高い。しかし、法人税にもさまざまな抜け穴があり、実際の税負担は、まったく大したことがないのである。法人税の抜け穴の最たるものは、「研究開発費減税」である。

 

<バブル崩壊以降、富裕層には大減税が行われてきた!>

・そもそもなぜ億万長者がこれほど増えたのか?

 その理由は、いくつか考えられるがその最たるものは、次の2点である。「相続税の減税」「高額所得者の減税」

 信じがたいかもしれないが、高額所得者は、ピーク時と比べれば40%も減税されてきたのである。

 

<実は、日本の金持ちは先進国でもっとも税負担率が低い>

<金持ちの税金は抜け穴だらけ>

・前項で紹介した大手オーナー社長のような「配当所得者」に限らず、日本の金持ちの税金は抜け穴だらけなのである。だから、名目上の税率は高いが、実際はアメリカの2分の1しか税金を払っていない、ということになるのだ。

 

<相続税も大幅に減税された>

・バブル崩壊以降、減税されてきたのは所得税だけではない。相続税もこの20年間に大幅に減税されている。

 

 

 

『「借金1000兆円」に騙されるな!』

暴落しない国債、不要な増税

高橋洋一   小学館   2012/4/2

 

 

 

<日銀法を改正すべき>

・中央銀行の独立性は、手段の独立性と、目標の独立性に分けられているが、1998年の日銀法改正で、日銀にはそのどちらもが与えられるという非常に強い権限をもってしまった。人事の面で言えば、一度選ばれた総裁、副総裁、理事は、任期を全うするまで政治の側から罷免することさえできなくなっている。

 

・それまで日銀は大蔵省の尻に敷かれていたのだが、大蔵省としては、自分たちはそれほど唯我独尊ではないというポーズを、日銀法改正という形で日銀の独立性をアピールして示したかったのだ。これは日銀にとっては悲願達成だった。

 しかし、本来は政治が、民主主義によって国民から権限を与えられた政府が、インフレ目標を何%にするかを明確に決めるべきだ。日銀が決めるのはおかしい。

 そのうえで、その目標に至るまでの方法は、金融政策のプロである日銀に任せる。つまり手段は独立させるというのが、あくまで世界的な標準だ。

 

<日銀が目標の独立性を手離したくない理由>

・ところが日銀は、そういう形で政策を表に出すのを嫌がる。なぜかというと、どんな金融政策を取るかは、日銀の独立性という名の「権益」と化しているからだ。

 

<どこまで金融緩和すればいいのか?>

・経済政策にとっては将来の「インフレ予想」が必要だ。それまで政府・日銀には、直接的にインフレ予想を観測する手段がなかった。

 具体的には、物価連動債と普通の国債(非物価連動債)の利回り格差から、市場の平均的なインフレ予想を計算する。これを「ブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)」と呼ぶ。

 これは世界中の中央銀行が導入し、使っている。BEIが高すぎると、引き締めなければいけない。低くなりすぎると、もっとお金を伸ばさなければいけない。

 

・ところが最近、BEIを算出されることを嫌ったのか、財務省は物価連動債を新たに発行しなくなってしまった。厄介な指標を計算されないように、元から断ってしまえ、ということなのだろうか。どこの国でも当たり前に計算している指標を、葬りにかかってきているのだ。

 

<正しい金融政策で経済が拡大すれば格差は「縮小」する>

・実際は格差が広がっていても、それぞれに分配があれば、全体としての社会不安は小さくなる。体感的にも、働く意志と能力があるのなら、何がしかの収入を自力で得られるのがいい社会だと素朴に思う。最下層の人の所得を上げるには、たとえ格差が広がっても、最高層を上げるべきだ。最下層を上げるためには全体のパイを増やすのが簡単だからだ。

 それでも働けない人には、生活保護やそれを進化させたベーシックインカムで助ければいい、それにしても、全体のパイを大きくしてからのほうが、より額も厚くできる。

 

<国債は便利なツールとして使えばいい>

・本書は国債をスコープとして、世界経済、そして日本の経済政策を見てきたが、現在の日本においては、国債はあくまでデフレを脱するためにマネーを増やし、将来増えすぎたときは減らすための重要なツールだということになる。

 

・要するに、現時点において国債が果たすべき役割は、日銀からお金を引き出すための道具として活用されればいい、ということになる。

 もし国債を買い過ぎれば、マネーが出すぎて必要以上のインフレになってしまう。その時は、高橋是清を思い出し、市中に国債を売ればいい。するとお金は日銀に還流して少なくなり、調整できる。国債は調節弁に使う。

 

・別に国債でなくてもいいのだが、国債がもっとも流通量が多いので、使い勝手がいいというだけだ。

 国債が、金融市場の中でコメのような役割を果たしていることはすでに述べた通りだが、それは国債の重要さ、流通量、流動性などが他の金融商品と比べて抜けているからだ。国債は金融市場の潤滑油のようなところがある。

 

・それでも、増税しないと財政破綻する、これ以上国債を刷ると暴落する、さらに格下げされるかもしれないという言葉を聞いてどうしても不安になってしまうのなら、CDS保証料に注目していればいい。マーケットで世界中のプロの投資家が、日本国債には何も問題はないと判断していれば、穏当な価格が付いているはずだ。

 それでも財政再建が気になる人は、債務残高対GDPが大きくならないなら心配ないはずだ。その条件は、だいたいプライマリー・バランス(基礎的財政収支)が赤字にならなければいい。

 

<あと900兆円国債を発行しても破綻しない>

・第1章の終わりで、歴史上イギリスがネットの債務残高が二度もGDP250%前後になったのに、いずれも破綻しなかったことを述べた。

 日本のネットの債務残高のGDP比は70%だから、往年のイギリスと同じ段階まで債務残高をふくらませるとしたら、あと900兆円も国債を発行しなければならないということになる。

 実際にそんなことをする必要はないのだが、もし900兆円国債を発行して、一気に財政出動したらどんな世の中になるか、ちょっと想像してみよう。

 

・さすがに1年では賄いきれないだろうから、9年に分け、年間100兆円ずつ使っていくことにしよう。民間金融機関の消化能力を考えて、全額日銀引き受けにしよう。そうすると、毎年、政府は日銀が刷った100兆円を手に入れられる。日本中のおカネが1年間で100兆円増える。

 政府も投資先が思いつかないので、とりあえず国民全員に配ることにしたとすると、国民1人当たり70万円が分配されることになる。4人家族なら、300万円近い札束が、宅配便か何かで届くのかもしれない。

 これには長年デフレに慣れてきた人たちも、さすがに驚くのではないだろうか。隣の家にも、向かいの家にも何百万円も配られているのだ。

 

・インフレになるということは、為替相場は円高から超のつく円安に変わる。

 とても簡単な計算をすれば、いま米ドルはおよそ2兆ドル、日本円は140兆円存在している。ここから割り出される為替レートは1ドル=70円ということになるのだが、日本円が240兆円になれば、一気に1ドル=120円になることになる。これは小泉政権時のレベルだ。

 これはすごいことになる。米ドルを使う人から見れば、日本製の自動車や家電、精密機器が、半額で買えるわけだ。プリウスが100万円、テレビが2万円で買える感覚だ。おそらくどんなに生産しても間に合わない。

 

・もうひとつ、ここでぜひ考えてほしいのは、お金の量を増やせば経済は回り始めるという法則だ。いきなり100兆円増やせば不必要なインフレを招いてしまうが、では20兆円なら、30兆円なら、あるいは40兆円ではどうなるだろうか。もっとマイルドで、所得の上昇を喜びつつ、貯金することではなく働いてお金を使い、また働くことに喜びと利益を見いだせる世の中になってはいないだろうか。

 

<だんだん変わってきた。未来はある>

・日銀は、間違い続けている。本当は、日銀の多くの人も、間違えていることに気づいているのではないかと思う。

 

<財務官僚・日銀職員は国民のために働くエリートではない>

・バーナンキ議長はかつて、「日銀はケチャップを買えばいい」と言い、何でもいいから買いを入れてマネーを供給すればいいではないかと主張していたが、日銀は、分かっている人から見ればそのくらいもどかしい中央銀行なのだ。

 官僚も博士号所持者は少ない。でも平気でそれなりのイスに座り、うさんくさい経済学もどきをばらまいてミスリードしている。こんなことも、他の先進国の政府職員や、国際機関の職員にはあまりないことだ。

 

<もう日銀は言い逃れできない>

・インフレ目標導入を防戦する日銀の言い訳は、いつも決まって「アメリカが導入していないから」だった。

 

 バーナンキ教授は、2002年にFRB理事に指名された。

 実は以前、私はバーナンキ教授本人からインフレ目標の話を聞いていた。必ず将来インフレ目標を導入するはずだと予測した。

 しかし、多くの人からバッシングされた。そんなことをするわけがないだろうと叩かれた。ところが、20122月、現実のものになった。

 困ったのは、日銀の人たちだ。

 

・もう言い逃れはできない。何が日本経済のためになるのかを、真剣に考えてほしい。そうしなければ、この国から成長力が削がれる。その先に待っているのは、本物の「破綻」だ。

 

 

 

『築土構木の思想』  土木で日本を建てなおす

藤井聡   晶文社    2014/7/25

 

 

 

<世間は皆、虚言ばかりなり>

・「土木」というと、多くの現代日本人は、なにやら古くさく、このITやグローバリズム全盛の21世紀には、その重要性はさして高くないものと感じているかもしれません。

 

 とりわけ、「人口減少」や「政府の財政問題」が深刻化している、と連日の様に様々なメディアで喧伝され続けている今日では、今更、大きなハコモノをつくる様な土木は、時代遅れにしか過ぎないだろう、というイメージをお持ちの方は多いものと思います。

 しかし、今日私たちが信じている様々な常識が、実は単なる「虚言」(ウソ話)にしか過ぎないという事例には、事欠きません。

 

<築土構木の思想>

・この言葉は、中国の古典『淮南子』(紀元前2世紀)の中の、次のような一節に出て参ります。すなわち、「劣悪な環境で暮らす困り果てた民を目にした聖人が、彼等を救うために、土を積み(築土)、木を組み(構木)、暮らしの環境を整える事業を行った。結果、民は安寧の内に暮らすことができるようになった」という一節でありますが、この中の「築土構木」から「土木」という言葉がつくられたわけです。

 

・すなわち、築土構木としての土木には、その虚言に塗れた世間のイメージの裏側に、次の様な、実に様々な相貌を持つ、われわれ人間社会、人間存在の本質に大きく関わる、巨大なる意義を宿した営為だという事実が浮かび上がって参ります。

 

第一に、土木は「文明論の要」です。そもそも、土木というものは、文明を築きあげるものです。

 

第二に、土木は「政治の要」でもあります。そもそも築土構木とは、人々の安寧と幸福の実現を願う、「聖人」が織りなす「利他行」に他なりません。

 

第三に、現代の土木は「ナショナリズムの要」でもあります。現代の日本の築土構木は、一つの街の中に収まるものではなく、街と街を繋ぐ道路や鉄道をつくるものであり、したがって「国全体を視野に納めた、国家レベルの議論」とならざるを得ません。

 

第四に、土木は、社会的、経済的な側面における「安全保障の要」でもあります。社会的、経済的な側面における安全保障とは、軍事に関わる安全保障ではなく、地震や台風等の自然災害や事故、テロ等による、国家的な脅威に対する安全保障という意味です。

 

第五に、土木は、現代人における実質上の「アニマル・スピリット(血気)の最大の発露」でもあります。

 

第六に、土木こそ、机上の空論を徹底的に排した、現場実践主義と言うべき「プラグマティズム」が求められる最大の舞台でもあります。

 

<土木で日本を建てなおす>

・そもそも、今日本は、首都直下や南海トラフといった巨大地震の危機に直面しています。今日の日本中のインフラの老朽化は激しく、今、適切な対応を図らなければ、2012年の笹子トンネル事故の様に、いつ何時、多くの犠牲者が出るような大事故が起こるか分からない状況にあります。

 

・巨大地震対策、インフラ老朽化対策については多言を弄するまでもありません。

 大都市や地方都市の疲弊もまた、日本人がまちづくり、くにづくりとしての築土構木を忘れてしまったからこそ、著しく加速してしまっています。そして、深刻なデフレ不況もまた、アニマル・スピリットを忘れ、投資行為としての築土構木を我が日本国民が停滞させてしまった事が、最大の原因となっています。

 だからこそ、この傾きかけた日本を「建てなおす」には、今こそ、世間では叩かれ続けている「土木」の力、「築土構木」の力こそが求められているに違いないのです。

 

<公共事業不要論の虚妄  三橋貴明×藤井聡>

<インフラがなくて国民が豊かになれるはずがない>

・(藤井)三橋先生は、みなさんもよくご存じの通り、いま政府が採用しているアベノミクスというデフレ脱却のための政策の、理論的バックボーンをずっと長らく主張されてきた先生です。ならびにかなり早い段階から、経済政策としてもインフラ投資をやるべきだというお話をされています。

 

・(三橋)もうひとつはですね、公共投資を増やし、インフラを整備しなければいけないというと、よくこういうレトリックが来るわけですよ。「財政問題があるから公共投資にカネが使えず、インフラ整備ができない」と。日経新聞までもが言いますよ。要は予算がないと。これは全然話が逆で、日本は政府にカネがないから公共投資ができないんじゃないんですよ。公共投資をやらないから政府にカネがないんです。

 

・(三橋)そこで、政府が増税やら公共投資削減やらをやってしまうと、ますます国内でお金が使われなくなり、デフレが深刻化する。実際、日本は橋本政権がこれをやってしまったわけです。日本のデフレが始まったのはバブル崩壊後ではなく、97年です。

 

・公共投資を増やせばいいじゃないですか。財源はどうするか。それは建設国債に決まっていますよ。公共投資なんだから、国の借金がいやなら、日銀に買い取ってもらえばいいじゃないですか。

 

<国の借金問題など存在しない>

・(三橋)いずれにしても「公共投資に20兆も使っているんですよ!」といわれると、国民は「天文学的数字だ!」となってしまう。国の借金も1000兆円とか。

 ただし、その種の指標は数値をつなげて考えなくてはいけない。GDPが500兆の国が、公共投資20兆というのは、むしろ少なすぎるだろうと。しかもこんな自然災害大国で。そういうふうに相対化して比較しなくてはいけない。

 もうひとつは、最近、私が発見して流行らせようとしているんだけど、いわゆる国の借金問題。正しくいうと政府の負債ね。あれって、日銀が昨年からずっと量的緩和で買い取っているじゃないですか。だから、政府が返済しなければいけない借金って、いまは実質的にどんどん減ってきているんですよ。まあ国債が日銀に移っているんだけど、日銀は政府の子会社だから、あんなもの返す必要がない。国の借金問題なんて、いまはもう存在しないんですよ、実は。

 

・(三橋)もうひとつ怪しいのがありまして、社会保障基金。あれも100兆円くらいあるんだけど、中身は国民年金、厚生年金、共済年金なんですよ。政府が政府にカネを貸しているだけ。こういうのも「国の借金!」としてカウントして、本当にいいのかと思う。とにかく入れるものは全部詰め込んで、「はい1000兆円、大変でしょう」ってやっている。

 

・(三橋)日本政府は金融資産が500兆円くらいありますから、一組織としての金融資産額としては世界一じゃないですか。アメリカよりでかい。そのうち100兆くらい外貨準備です。残りは先ほどの社会保障基金。共済年金や厚生年金の持っている国債だから、そういうのは、絶対に相殺して見なくちゃいけないんだけど。

 

・(三橋)全部「借金」に詰め込んでいるわけですよね。しかも日銀が量的緩和で国債を買い取っている以上、返済が必要な負債はなくなってきているのに、それでもそういうことは報道されない。

 

・(三橋)(デフレの悪影響は)過小評価されています。デフレがどれほど悲惨な影響を及ぼすか、わかっていない。マスコミは「デフレになると物価が下がりますよ」としか言わないじゃないですか。だから、何が悪いんだ、みたいな話になりますが、違いますよね。デフレ期は所得が減ることがまずい。さらに問題なのは、所得が減るとはつまりは企業の利益が減るということなので、次第にリストラクチャリングとか倒産・廃業が増えていき、国民経済の供給能力が減っていくわけですよ。供給能力とは潜在GDPですよ、竹中さんの大好きな。

 

・(三橋)デフレこそが、まさに潜在GDPを減らしていますよ。典型的なのが建設企業です。1999年に60万社あったのが、いまは50万社を割ってしまった。10万社以上消えた。これ、経営者が相当亡くなられています。自殺という形で。

 

・(藤井)建設業というのは、築土構木をするための技術と供給力を提供しているわけですが、その力がデフレによって小さくなってきている。それこそ、会社の数でいって6分の5にまで減少している。実際、会社の数だけではなく、それぞれの会社の働いている方や、能力などを考えると、その供給力たるや、さらに落ち込んで来ていることがわかる。労働者の数だって、かっては700万人近くいたのが、今では500万人を切っている。実に3割近くも建設労働者は減ってしまった。

 

・(藤井)つまり、公共事業を半分近くにまで大幅に削減すると同時に、デフレで民間の建設事業も少なくなって、建設産業は大不況を迎えた。その結果何が起こったかというと、わが国の建設供給能力の大幅な衰退なわけです。実は、これこそが、日本国家にとって、深刻な問題なんです。でも、一般メディアでも経済評論家たちも、この問題を大きく取り上げない。

 

<築土構木の思想は投資の思想>

・(三橋)しかもやり方は簡単なんだから。日銀が通貨発行し、政府がそれを借りて使いなさい、というだけでしょう。しかもですよ、環境的にやることが見つからないという国もあるんですよ。でもいまの日本は、もちろん東北の復興や、藤井先生が推進されている国土の強靭化とか、インフラのメンテナンスとか、やることはいっぱいあるんですよ。なら、やれよ、と。建設企業のパワーがなくなってしまったため、そちらのほうがボトルネックになっていますよね。

 

・(三橋)建設の需要がこのまま続くかどうか、信用していないんですね。またパタッと止まったら、またもや「コンクリートから人へ」などと寝言を言う政権が誕生したら、またもやリストラですか、っていう話になってしまいますからね。

 

・(藤井)さらに建設省の公共投資額という統計の農業土木という分野を見ると、昔はだいたい1兆数千億円くらいあったのが、いまはもう23千億円程度になっている。民主党政権になる直前は6千数百億円だった。でも、民主党政権下で60%も減らされた。

 

<朝日と日経が共に公共投資を批判する愚>

・(藤井)いまのお話をお聞きしていますと、いわば「アンチ政府」とでも言うべき方々の勢力、市場主義で利益を得られる方々の勢力、「緊縮財政論者」の勢力、「財政破綻論者」の勢力、といった重なり合いながらも出自の異なる4つの勢力がある、ということですね。つまり、仮にその4つがあるとすれば、その4つが全部組み合わせて作り上げられる「四すくみの四位一体」が出来上がって、それが一体的に「公共事業パッシング」の方向にうごめいている、というイメージをおっしゃっているわけですね。

 

<国の借金、日銀が買い取ればチャラになる>

<日本ほど可能性のある国はない>

・(三橋)安全保障面ではアメリカべったりで、ひたすら依存していればうまくいきました。もう1つ、大きな地震がなかった。1995年の阪神・淡路大震災まで大震災がなかった。国民は平和ボケに陥りつつ、分厚い中流層を中心に、「一億総中流」のいい社会を築いたんだけど、非常事態にまったく対応できない国だったことに変わりはないわけです。

 ということは、いまから日本が目指すべき道は、非常事態に備え、安全保障を強化することです。結果として、高度成長期のように中間層が分厚い社会をもう一回つくれると思いますよ。最大の理由は、デフレだから。デフレというのは、誰かがカネを使わなくてはならない。

 

・(藤井)外国はそれがグローバルスタンダードなんですね。ですからグローバル―スタンダードに合わせすぎると、日本もせっかくすごい超大国になれる道をどぶに捨てることになりますね。

 

 

 

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