2016年12月31日土曜日

沖縄では昔より、カカイムンになった場合には、伝統的な巫女であるユタに頼ってきました。しかし神がどこにいるのか、何の神がついているのかきちんとわかるユタはいません。(1)


 

 

『ニライカナイの風』

生魂のスピリチュアルメッセージ

上間司     角川学芸出版     2010/4/17

 

 

 

<マブヤー>

・マブヤー、もしきはマブイという言葉を聞いたことはあるでしょうか?

 もし、今この本を手に取ってくださったあなたがウチナーンチュ(沖縄人)であるならばよくご存じのことでしょう。ですが、それ以外の方には耳慣れない言葉だと思います。

 沖縄では、昔から人は7つの生魂を持って生まれてくると言い伝えられてきました。その生魂が「マブヤー」です。人は、7つのマブヤーがきちんと心臓におさまってさえいれば、心も体も健やかな状態で過ごせます。

 ところが、困ったことにマブヤーはとても不安定で、突然の事故やなにかでびっくりしたり、気が動転したりすると簡単に抜け落ちてしまうのです。

 そして、マブヤーを落としてしまうと、必ず心身に悪い影響が出てきます。原因不明の体調不良や病気、精神的な疾患に悩まされている人は、たいていの場合、マブヤーを落としてしまっています。

 

無駄な拝みや宗教にお金をつかうことはやめなさい

・私は、神人(神に仕える霊能者のこと)として活動し始めて以来、マブイ込みの大切さを知らないばかりに、しょいこまないでよい不幸を抱えてしまった人たちに数多く出会いました。そのたびに、真実を伝えることの重要性を痛感してきたのです。

 また、みなさんにお伝えしなければいけないのはマブヤーのことだけではありません。

 神や霊(祖先霊や地縛霊)、そして人の念や口災いなどが原因となって、様々な心身的症状や不幸な出来事が発生するということも知っていただかなければいけないと考えています。

こうした、霊的なことが原因で起こるいろいろな症状を、私は「霊症」と呼んでいます。

霊症が起こると、日常生活に様々な困難が発生し、適切に対処していかないと大変な目に遭ってしまいます。

 

・沖縄は、昔から拝みをする(ユタなどが祈願をする)ことが盛んな地です。大きな病気をしたり、予期せぬ不幸に見舞われたりした場合、すぐユタに相談し、原因を祓ってもらおうとします。実は私自身、神人として働き出すまでは多くのユタに助けを求め、拝みを繰り返していました。ですが、拝みが通ったことは一度としてありませんでした。その間、ユタに言われるまま多額の謝礼を払い続け、とうとう大きな借金を背負うまでになってしまいました。

 

・内地ではお金をつぎ込む対象が新興宗教だったり霊媒師だったりするだけで、同じようなことは日本、いや世界各地どこでも起きています。

 幸せになろうとした行為で借金を抱え、不幸になってしまう……。こんな馬鹿なことがあるでしょうか。

 一つだけ、はっきり言えることがあります。

 いくらお金をつぎ込んでも全く事態がよくならないのであれば、その霊能者なり宗教なりが本物かなのかどうか、今一度冷静になって考えたほうがよいということです。

 

・私は、神人として、どんな拝みをする時にも全パワーを注ぎ込み、問題の原因を根っこから解決してきました。拝みをする時には、神・霊・生魂が縛られている場所を探しだして、ポイントをつかみ、その場所で拝みを行います。一時しのぎのお祓いや無駄な拝所巡りは一切しません。

 

<生魂(マブヤー)とはなにか>

・「人は生まれてきた時、7つのマブヤー(生魂)を持っている」

沖縄では、昔からこう言い伝えられてきました。

 このような伝承を持つのは、沖縄だけではないようで、古代エジプトでもやはり魂は7つあると考えていたそうです。

 

・マブイ込みは、なにも沖縄だけの習慣ではありません。内地でも、愛媛では魂のことをウブと言い、子どもがものに驚いて気が遠くなることをウブが抜ける、それを戻し入れるのをウブ入れと呼ぶそうです。

 

<長寿県ではなくなってきた沖縄>

・一般的に、沖縄は長寿県というイメージがあります。ところが、データで見ると必ずしもそうではないようです。

 厚生労働省が発表した2005(平成17)年の寿命に関する統計調査を見ると、都道府県別の平均寿命で、沖縄は女性こそ堂々の一位ですが、男性はなんと25位、しかも年齢別の平均余命を見ると若い人ほど順位が低くなっています。

「沖縄はオバアだけが元気ってことか!」という声が聞こえてきそうですが、それもこれもオバアたちが今に至るまでマブイ込みの伝統をよく守ってきたからではないでしょうか。

 

・それゆえ現在のお年寄りにはマブヤーを落とすこともなく、元気で溌剌と暮らしていらっしゃるのです。お年寄りにマブイ込みが習慣としてしっかりと根付いていた結果と言えるでしょう。

 しかし、残念なことに、今や沖縄でもこの習慣は失われつつあります。特に若い人は「人に見られたら迷信深い人間と思われそうで恥ずかしい」という意識が働き、「今、マブヤーを落としてしまったんじゃないか」と思っても、マブイ込みをしないまま放っておくことが多いと聞きます。それと同時に、マブヤーの大切さも忘れられつつあるのです。

 そのせいでしょうか。最近は沖縄でも、原因がはっきりしない病気に苦しむ人が増えてきたように思われます。また、家族のひきこもりや無気力症に悩むご家庭の話もよく聞くようになりました。

 

<マブヤーを落とすとどうなるか>

・話を戻しますが、後日マブイ込みをしたH君は、マブヤーを入れたその日から目に見えて変化していったそうです。まず、言葉遣いから変わりました。そして、毎月のお小遣いも23千円程度になり、自分の要求が受け入れられないからといって暴れるようなこともなくなりました。マブイ込みをしたことで、心が落ち着いたのです。その変化は、周囲の人も驚くほどでした。

「まるで別人だね」と言われることもしばしばだったとか。今では、すっかりよい青年になったと聞いています。

 

<鬱病になったMさん>

・Mさんは30代の女性ですが、大学を卒業し、就職した頃から精神的に不安定になり始めました。始終やむことのないイライラから始まり、睡眠障害が起こり、とうとう鬱病を発症してしまいました。精神科には通ってはいましたが、抗うつ剤を大量に処方されるばかりで、よくなる兆しが見えるどころか悪化する一方でした。

 そして、完全なひきこもり状態になり、日がな一日ソファーに横たわってはゴロ寝するだけの毎日になってしまいました。

 

<カカイムン>

・神の苦しみや怒りは、そのまま負のエネルギーとなって周囲に発散されます。そのエネルギーはいわば神からの信号です。

 そういった信号が発せられている場所に人間が住んだり、商売を始めたりすると、神からの信号の悪影響を受けてしまい、必ずなにをしてもうまくいかないようになります。体や精神にもおかしなところが出てくるようになるでしょう。

 このような現象を、沖縄では「カカイムン(かかりもの)」と呼んできました(神だけでなく、人の霊に憑かれた場合も同様に表現しますが、その例はまた章を改めてご説明します)。

 カカイムンになると、言葉では言い表せないほどの苦しみを体験することになります。 私自身、霊能者として仕事を始める前、嫌というほどそれを味わいました。神や霊からの信号は無視したり抵抗できるものではありません。

 カカイムンの状態から脱するためには、信号を送ってくる神を特定し、昇天していただく必要があります。これが神の救い上げです。

 

・ところが、残念なことに、神を昇天させられるほどの力を持つ霊能者はそう多くないのです。「あなたはカカイムンだね」というところまで見ることはできても、根本的に解決させることができる方はほんの一握りと言ってよいかと思います。

 沖縄では昔より、カカイムンになった場合には、伝統的な巫女であるユタに頼ってきました。しかし神がどこにいるのか、何の神がついているのかきちんとわかるユタはいません。

 最近では内地でもユタを知る人が増えたと聞きますが、それでもあまりご存じない方がほとんどのことでしょう。

 簡単に言うと、ユタとは神や霊を見ることができる人です。霊媒師と言うと、内地の方にもわかりやすいでしょうか。一般的には女性が多いのですが、ごく少数男性もいます。

 ユタになる人は、サーダカンマリ(霊的なものを感じる力が強い生まれ)をしているのですが、みんなが同じだけ強いわけではありません。「足が速い」といっても、オリンピックレベルから学校の駆けっこレベルまであるようなものです。

 ですので、ユタによっては、今起こっている障りの原因はカカイムンということを察知できても、その正しい対処法まではわからない人が大半です。しかし、頼ってきた人を突き放すわけにもいかないのか、とりあえずは自分の知っている範囲で手探りの拝みをしてしまうのです。

 

・カカイムンの状態で訪ねたら、ほとんどのユタは拝所廻りを勧めるでしょう。

 沖縄には、諸願成就のためにあちこちの拝所を巡るという習慣があります。

 拝所とは、神様が宿っているという御嶽や御城などのことを指し、洞窟のガマガマ、滝の滝々というほど、あちこちにたくさんの拝所が存在しています。そして、ユタはそれらの一部、または全てを回ることで、神の怒りが解け、カカイムンではなくなるといいます。

 ところが、実際には拝所廻りをして神の障りが解けたという話をあまり聞きません。なぜかわかりますか?

 答えは簡単です。

 そもそも、私が見てきた限りでは、拝所の施設に神がいらっしゃった例はありません。〇パーセントです。

 

カカイムンの原因となった神の怒りを解く方法は二つだけ。神の場所を元通りにして人が立ち入らないようにするか、昇天させるかだけなのです。

 しかしながら、昇天させるだけの霊力を持つ霊能者にこれまで出会ったことはなく、ほとんどいないと言わざるを得ません。

 一柱でも多くの神を救い上げようと沖縄のみならず日本全国飛び回ってはいるものの、とても追いつかないような状態です。

 もし、他にもこの力を持つ人がいたら、即お会いしたいと心から願っています。そうすれば、もっと多くの神を救うことができますし、また無駄な拝みを繰り返し、あたら多額の金銭を失い、さらに苦しみを増やす羽目に陥っている人たちを助けることができるからです。

 

<神から委ねられた仕事>

・伝統的に言われてきたことや、俗説とは少し異なる話も多いので、中には戸惑いを感じられた方もおられるかと思います。

 特に、今まで何度もユタ買いをし、沖縄古来の祈願に親しまれてきた方には、驚くような話も多かったでしょう。きっと「拝所には神はいない」と言っただけでも、ひっくりかえるほどびっくりされたのではないかと思います。

 ですが、ここに書いたことは全て真実、間違いのないことです。神人として働く私の誇りに懸けて断言できます。

 

<サーダカンマリとして生を享けて>

・私の生まれ故郷は、沖縄北部の今帰仁。地元出身の父と、元々は那覇市久米の出身で、首里の玻名城親方の子孫が祖先である母の間に生まれました。8人兄弟の7番目でした。父は農業と工場経営、母は専業主婦をしていたごく一般的な家庭です。

 しかし、私の一門にはなぜか時々サーダカンマリとして生を享ける人間が出ていました。

ですから、親戚の中には日頃から熱心に祈願し、始終ユタを頼む一家もありました。

 でも、私の両親はそういったことに興味がありませんでした。いくら親戚に勧められても、全く関心を示そうとしません。むしろ、霊的なことは避けて通りたいようでした。

 

・沖縄の集落には、カミアシャギと呼ばれる建物があります。村の神を招いてお祭りをする時に使われる神聖な建物で、昔から人々の祈りが捧げられてきました。

 私の村のカミアシャギは、父が経営していた製糖工場に行く道の途中にありました。ですから、その前を始終通っていました。

 ある日のこと、私は母と一緒に、いつものようにカミアシャギの前を通りかかりました。

すると、伝統的な白い衣装を身につけた祝女(ノロ)がその前に立っているのが見えました。

「あ、ノロがいる」幼い私は、何気なく見たままの光景を口に出しました。すると母はいきなり、「お前、何を馬鹿なこと言っているの?そんな人はどこにもいませんよ?だいたい、ノロなんて言葉、どこで覚えたんです!」と怒り始めたではありませんか。

 

・「うん?お客様?」母はいぶかしげに外を見ました。ところが、驚いたことに先ほどまで立っていたお爺さんは、煙のように消えてしまっているではありませんか。

「またこの子はなにを言ってるの。誰もいないじゃないの」

 せっかくの昼寝を起こされた母は不機嫌そうです。このままでは叱られると思った私は、慌てて家中を探しましたが、やはり誰もいません。その気配で兄たちも目覚めたのか、部屋に戻るとみんな起きていて、「うるさいやつだな」と怒っていました。

「だけど、本当にいたんだもん。白い髭を生やした背の高いオジイで、羽織袴を着ていたよ」

そして、私はなんとなくそのお爺さんの屋号と名前を口にしたのです。その途端、それまで寝ていた父がパッと起き上がりました。

 

・「おい、これは普通じゃないぞ。その人は、司が生まれる3年前に亡くなったオジイのことじゃないか。それなのになんでこの子はあのオジイのことを知っているんだ?

 それから、私が見たオジイの姿を微に入り細を穿ち聞かれたのですが、私が見た通りの容貌を説明すると、ますます眉間のしわが深く

に眺めていました。

「………間違いない。司の言うのは、あのオジイだ」

 

・沖縄では、「ナティヌ アンマサヤ カミングヮー(なって苦しいのは神の子)」と言います。神人になっても苦労するだけ、先人は本物の神人が味わう苦しみを見て、そう考えたのでしょう。私の親も、我が子にそんな思いをさせたくなかったのかもしれません。

 

<ユタ買いを続けた日々>

・実は、この後すぐ、私もユタ買いをするようになりました。神からの信号による頭痛が、現界に達していたためでした。

 とにかく、毎日毎日激しい頭痛が起こります。仕事をするどころか、立ってもいられません。よく、頭が割れるとか、痛さで目が飛び出るなどと表現されますが、それが全くオーバーな表現ではないほどの痛みでした。

 もちろん、最初はお医者さんにかかりました。ですが、答えは「異常なし」。何一つ、悪いところはないというのです。それに、私自身これがカカイムンであることは薄々気づいていました。いえ、薄々というと嘘になるかもしれません。

 

今、私のところにやってくる人のほとんどがそうであるように、北によくハンジ(判示)するユタがあると聞けば相談し、南に拝みがよく通るユタがいると聞けばそこに通いというのを繰り返しました。

 

・一言でユタと言っても、いろいろな人がいます。実際にサーダカに生まれ、選ばれるようにしてユタになった人もいれば、習いユタと言って霊能力もないのに拝みのまねごとをしているだけの人もいます。また、そこまでひどくなくとも、明らかにダングィソーグィ(段超え竿超え 自分の持つ霊力の分を超える拝みをする人)のユタも少なくありません。

そんなことを続けていると、いずれ神からの制裁が下ります。

 ところが、「ユタ」は現在においては一つのシステムとなっており、拝みのプロとしてある程度の評判がつけばお金を稼げるようになっているのです。

 

<アシャギの夢>

・ですから、毎回終わった時には心身ともにずいぶんと消耗しています。

 しかし、長年閉じ込められていた神や、さ迷っていた霊が昇天していく時には、ヌジファ(死者のマブヤーをお連れする儀式)をした私へはもちろん、それを私に依頼された方にも心からお礼を言ってくれます。また依頼された方々からも「永年、待ち望んでいた子ども(子宝)を授かりました」などうれしい報告もたびたびうけます。それがうれしくて、ずっとこの仕事を続けてこられたのです。

 

 

 

『誰の上にも奇跡が降りてくる』  

 琉球ユタ  HARU  PHP研究所   2010/6/17

 

 

 

 <よい波動を受けるために本物に囲まれて暮らしましょう>

・私はふだんの生活では、価値あるものに囲まれるようにしています。それは、よいものからよい波動が出てくるからです。

その波動を受けていれば、自分の波動が下がりません。たとえば、宝石でも何でもそうですが、価値あるものを身につける、身の回りをこぎれいにするということで、そのものが持っている波動を得られるわけです。また、よい波動に囲まれていると、病気になりにくいのです。よいものに囲まれることは、贅沢とはちがいます。

 

 人間は自分でつくった人生を歩んでいるのです

・「時間は未来から過去に向かって流れる」という考え方がありますが、これは、原因が実は未来にあり、結果が現在にあるということ。

 

 <性格ではなくマイナス思考の癖を直すことです>

・マイナス思考を変えるためには、環境を変える必要があります。自分が癖になっているということは、自分の周りにいる人たちにも同じ癖があるということです。ですから、自分だけが変わるとしても、ゼロサムゲームのようにまた周りの人たちに駒を返されてしまいます。重要なことは、その波動から抜け出すことです。

 

 体をよく動かすと運気が上がります

仕事だけでなく、いろいろな生活の中で運をよくするためには、とにかく体を動かすことです。

 

 <「まだまだ先に行ける」と思っている人が成長します。>

 <ユタについて>

・ユタは一般人と同じように生活し、一般人を相手に霊的アドバイスを行うことを生業とする、在野のシャーマン、カンナギで、琉球王朝時代に地域の霊能者をノロ(神事をつかさどる女性司祭者)が指名してユタを決めたとされています。

 

私は小さい時から沖縄のユタとして育ち、無意識にチャネリング(潜在意識を通して日常とは別の次元で交信すること)をするようになっていました。

 

人間はこの世に存在している限り、誰かの役にたつことができます。自分のことを必要とする人がいてくれるという思いが、生きる励みになります

 

・私は霊のメッセージを受け、沖縄中のお水が出る聖地を求めて、あちこち回って歩き、拝所をつくりました。

 

・ユタは沖縄の人たちの自警団です。そもそも、ユタという存在は、地元地域に密着しているものなので、パブリックな場所にはほぼ100パーセント出てきません。一般的にユタは、住民たちの先生として地域に存在します。

 

・ユタのような存在は、沖縄だけでなく、日本全国にいるといいかもしれません。ユタの考え方ができる人は、強いと思いますから。

 

 

 

『沖縄の神と食の文化』

赤嶺政信    青春出版社  2003/4

 

 

 

<小童の妖怪「キジムナー」>

・キジムナーは、一般に沖縄本島全域で広く語られる子どもの姿をした妖怪の一種である。赤い顔と髪が特徴で、大きなガジュマルなどの古木を住処としている。好物である魚の左目だけを食べ、蛸を嫌う。寝ている人の胸を押さえつけるといったいたずらをすることがあるが、漁を得意として漁師の漁を手伝ったりする説話も残っている。一般には木の精霊といわれている。

 山から木を運ぶ話もあり、『琉球神道記』のなかでは、沖縄本島北部の国頭で船板を山から伐採するときに、「次郎・五郎」という小僕を使って曳かせるという記事があり、これはキジムナーの系譜に連なると考えられる。

 また、宮古諸島においても「マズムシ」あるいは「インガラマラヤブ」と呼ばれる妖怪が人を手伝って山から木を運ぶ話がある。さらに、奄美大島には「ケンムン」と呼ばれる小童がいたとされ、ガジュマルの木を住処とし、かつてはきこりに従い木を担いで仕事を手伝ったという。

 これらはいずれも別の呼称であるが、沖縄本島において伝承されているキジムナーと同様の性格を持つ説話になっている。

 キジムナーは親しくなった人間に富をもたらすといわれている。ある老人がキジムナーと親しくなり一緒に漁に出かけるようになるが、キジムナーのおかげで毎晩大漁となり、その老人は金持ちになった。しかし後に、老人はキジムナーとの付き合いに嫌気がさしキジムナーの住処であった木を焼いてしまう。やがて老人の家は没落するのであるが、キジムナーが移り住んだ家は裕福になったという。つまり、キジムナーによって富を得た家は、キジムナーと縁を切ると没落するということが語られているのである。キジムナーが「富を司る」存在だとするこの類の話は少なくない。

 

・キジムナーは、昔の子どもたちにとっては身近な存在であり、目撃談や遭遇したという話が多く残っていた。しかし、最近はその姿をみたという話はすっかり聞かれなくなった。なかには戦争のときの艦砲射撃によってキジムナーもほとんどやられてしまったために、それ以来見かけることはなくなった、などという噂もあった。

 

<身体に宿るマブイ(霊魂)>

・沖縄では一般に霊魂のことをマブイといい、人の身体には複数のマブイが入っていると考えられている。マブイは、人の生命活動を支えているもので、交通事故にあったり、溺れたりするなどの危険に遭遇したり、驚くなどのショックを受けたりすることで、身体から遊離することがあるという。そのような理由でマブイが身体から遊離してしまう状態をマブイオトシ(魂落とし)あるいはマブイヌギタン(魂が脱げた)と表現するが、無気力や食欲不振などの原因不明の精神的・身体的な不調などは、マブイが自然に抜け出したためにおこるとされる。また、マジムン(魔物)などによって身体からマブイが抜き取られたりすることもあるといわれる。

 マブイが落ちたり抜け出たりした場合には、マブイを身体に戻すための儀式を行う。これをマブイグミ(魂込め)という。

 

・生者のマブイをイチマブイ(生霊)といい、死者のマブイをシニマブイ(死霊)と呼んで区別する。死者のマブイは、亡くなってしばらくの間はイチミ(現世)とグショー(他界)との間をさまよっていると考えられている。

 死後3日目、21日目、35日目、49日目などに行われるマブイワカシ(魂分かし)と呼ばれる儀礼は、シニマブイを遺族のイチマブイと分離し、現世に執着するシニマブイをあの世に送るためのものである。

 

<民間の宗教者「ユタ」>

<ユタの能力と役割>

・村落の祭祀を担うノロやツカサなどの神女とは、別に、沖縄の民間宗教において重要な役割を担っているのがユタである。東北地方のイタコなどと比較されるが、その霊的能力によって人々の宗教生活に関わる、いわゆるシャーマンのことである。

 ユタのほとんどは女性であるが、ユタになるまではごく普通の人であり、カミダーリィという心身の異常を体験し、長年にわたり苦しみながらユタになっていくのがほとんどである。彼女たちは生まれつき霊力が高いとされ、カミダーリィはユタになるべき人に対する神からの知らせと受け取られている。つまり、ユタにとってみれば自らの意思によってユタになったのではなく、神からの思し召しによってしかたなくユタになるのである。

 

・ユタは、村落の公的な祭祀に関わることはなく、個人的な相談内容に対して占いや祈祷、アドバイスなどを行なう。例えば、運勢や吉凶の判断、家や墓の新改築の是非や日取りの判断、病気や災いが生じたときの超自然的な原因の追究、あるいは死者や祖霊からのメッセージを感受して、それを関係者に伝達するなどを行なう。

 

<ユタの弾圧の歴史>

・首里王府の下で保護され公的な地位にあったノロとは対照的に、ユタはごく近年まで弾圧や規制による厳しい取り締まりを受けていた。

 

 

 

『沖縄の神と食の文化』

赤嶺政信    青春出版社  2003/4

 

 

 

<沖縄人にとっての神とは>

<沖縄の創世神話>

・日本の国づくり神話は、『古事記』『日本書紀』などにみることができるが、沖縄の創世神話は、袋中という日本から来た僧侶によってまとめられた『琉球神道記』(1608年)、『おもろさうし』(1623完成)、琉球王朝の正史『中山世鑑』(1650年)などにみることができる。

 

・例えば、『中山世鑑』では、「天城に阿摩美久という神があり、天帝の命令によって、それまでは東海の波は西海に打ち越す状態だったところに、土石草木を天から賜って島をつくった。さらに、国頭の辺土の安須森をはじめとして島々国々の御嶽(うたき)をつくった。阿摩美久の願い出により、天帝がみずからの御子を地上に送り、やがて二人の間に子供ができる。長男は国の王、次男は諸侯、三男は百姓、長女は君々(高級神女)、次女は祝女(ノロ)のはじめとなった。さらに阿摩美久は天から五穀をもらいうけ、島々に植えた」と記されている。

 

・このような御嶽の創造物語や五穀発祥の話など、創世神話の内容は琉球王国や民間におけるさまざまな祭祀に関連していく。

 また、『琉球神道記』では、「アマミキュ(阿摩美久)は女神で、そのつれあいの男神のシネリキュとともに天から降臨し、波に漂う島に草木を植えて国づくりを行い、さらに往来の風をたよりに三人の子供を産む。長子は領主、次子はノロ、三子は農民のはじまりになる」とあり、ここでのアマミキュ・シネリキュは、創世神であるとともに始祖神としても位置付けられている。

 また、文献に記された神話と別に、奄美諸島から八重山諸島まで民間で広く伝承された創世神話も存在する。

 

<ニライカナイという他界>

・神についての観念、人々の世界観が色濃く表れているのがニライカナイに対する信仰である。ニライカナイは、海のかなた、もしくは海の底にあるとされる理想郷あるいは異界で、日本の浦島伝説にみられる竜宮の観念と重なるところもある。

 

・ニライカナイの語源を探っていくと、「ニ」は「根」を意味し、「ラ」は地理的空間を表す接尾語、「イ」は方向を示す接尾語、つまり「ニライ」とは「根のあるところ」「根の国」という意味であると考えるのが一般的になっている。「カナイ」については、琉球語によく使われる意味をともなわない対句表現とみられている。

 

・『おもろさうし』のオモロや、沖縄諸島の祭祀歌謡を集成した『南島歌謡大成』(1981年完成)に掲載されている神歌には、ニライカナイについての歌が多数存在する。それらによると、人間の住む世界に豊穣と幸福、平安をもたらすセジ(霊力)の源泉地とされ、人々の信仰と深く結びついていたことがうかがえる。

 

・ニライカナイ信仰に関わる祭りの一つに、沖縄本島北部ウンジャミ(ウンガミ=海神がなまったもの)と呼ばれる祭りがあり、現在では海神祭と呼ばれることも多い。旧暦の7月に行われるこの祭りは、ニライカナイから1年に1度村落にやってくる来訪神を迎える祭りで、海神祭という名称であるにも関わらず主として農作物の豊作を祈願するものである。

 

・ニライカナイからの来訪神は神女たちに憑依するとされ、神女たちの所作や歌われる神歌によって祭りの場における神々の存在や、ニライカナイへの帰還が表現される。

 

<御嶽(うたき)の神>

・先のウンジャミのように、1年のある時期に村落を訪れ、豊作を約束するなどして最終的に自分の属する世界(異界)に戻っていく神のことを来訪神と呼ぶとすれば、村落に滞在し村人の生活を守ると考えられている御嶽の神は常在神と呼ぶことができる。

 

・御嶽というのは、各村落に少なくとも一つは存在する聖地であり、村落の守護神が祀られ村落の祭祀が執り行われる祭場である。丘の上など高台の緑濃い森の中にある例が多く、クバ(ビロウ)やマーニ(クロツグ)といった聖木とされる樹木が生えていたり、巨岩があったりする。日本本土の村の神社とは異なり建築物などはなく、本殿に相当する場所はイビと呼ばれる空間である。そこのは御神体は存在せず、香炉や石などが、神がそこにおわすことの印として置かれているだけである。

 

・御嶽に祀られている「御嶽の神」は、沖縄の固有信仰の一つである祖霊神であるという説もあるが、御嶽の神の性格は多様であり、一律には規定できそうもない。現在でも人々にとって御嶽は聖域であり、日常生活に深く浸透した信仰の場所である。

 

 

 

『あなたもバシャールと交信できる』

坂本政道   ハート出版    2010/12/10

 

 

 

<バシャールとは、どういう存在?>

<惑星エササニの生命体>

・バシャールはエササニという星に住んでいる地球外生命体です。エササニとは、Place of living light (生きている光の池)という意味です。彼らの世界は、喜びと無条件の愛に満ち溢れる世界とのことです。

 そこには彼らは、数億(人)位いて、その総称をバシャールと呼んでいます。ちょうど我々を地球人と呼ぶようなものです。住んでいるのは、恒星ではなく惑星です。

 

・方向としては地球から見てオリオン座の方向です。もちろん、太陽系外の惑星です。地球から500光年ほどのところにあるShar(シャー)という星の周りを回る第3惑星のことです。

 

・残念ながら地球からは見えないと言われています。暗すぎて見えないというよりも、我々とは、微妙に次元、あるいは、「密度」が違うためのようです。

 

・地球は、そして人類は「第3密度」であるのに対して、バシャールとエササニ星の宇宙人は「第4密度」です。

 

・その惑星から数百人?が宇宙船にのって地球にやってきています。現在、彼らは地球の上空にいて、アメリカ人のダリル・アンカという人を通して、チャネリングをしています。

 

<グレイの子孫>

・バシャール自体はどういう生命体なのかというと、実はグレイと呼ばれる宇宙人と地球人の間に生まれた混血だということです。では、グレイとはどういう存在なのでしょうか。ご存じの方も多いと思いますが、グレイはアーモンド型の黒い目をしたちっちゃい宇宙人で、悪いイメージがあります。ネガティブなタイプだといわれています。

 

・ちなみに宇宙人はポジティブなタイプとネガティブなタイプ、それにニュートラルなタイプがいるとのことです。ポジティブなタイプの霊は、プレアデスに住む生命体(プレアデス星人とかプレアデス人)です。アークトゥルスやシリウスの生命体、こと座の生命体の一部もポジティブです。ネガティブなタイプには、こと座やオリオン、シリウスの生命体の一部がいます。

 

・バシャールによればグレイというのは、本当は宇宙人じゃなくて、「パラレルワールドの地球に住む人類」です。パラレルワールドでは、この世界と併存する世界のことです。

 

・そして、時空間を超えてこの地球にやってきて、人類をアブダクション(誘拐)し、受精して、子孫を作りました。それがバシャールだということです。

 

・ですので、バシャールの先祖というのは、グレイと我々人類ということになります。

 

<地球のまわりに集まる地球外生命体たち>

・バシャールたちは、今アメリカのセドナという場所の上空にいます。ただし、何度も言いますが、宇宙船自体も第4密度ですので、セドナに行って上空を見上げても通常は見えません。

 

・このように、いろんな宇宙船がいろんなところにいるわけですが、ほとんどがポジティブ側の宇宙人たちです。ネガティブ側もいますが、比率としては101くらいだそうです。

 

・ポジティブ側は連合を組んでいるようで、ル-ルがあるようです。そのルールというのは、2012年までは地球人類に直接的には干渉しないというものです。

 

 

 

『「マヤの予言」 2012

マヤ文明の検証と歴史から学び解く予言の本質

デーヴィッド・ダグラス    ガイア・ブックス 2009/12/1

 

 

 

<「羽毛のある蛇」崇拝>

・ククルカンやケツァルコアトルとは、誰、または何なのか。

“羽毛のある蛇”は単なる神だったのでしょうか。それとも(イエス・キリストやブッダやクリシュナのように)対をなす人間、つまり「化身」がいたのでしょうか。天国の家を捨て、人間の中で暮らしてくれたのでしょうか。マヤ暦の意味を教えられるのは、彼なのでしょうか。

 

・<チラム・バラムの書>はこう伝えています。「・・・ユカタンの最初の住人は『蛇の人々』だった。彼らは東から船で海を渡って、指導者であるイツァムナー、すなわち「東の蛇」とともにやって来た。彼は手を置くことで癒すことができる治療師で、死人をよみがえらせた」

 

・ケツァルコアトルは異邦人の一行を率いてメキシコにやって来た偉大な啓蒙者だった。彼の時代、トウモロコシは1人で1度に1本の茎しか運べないほど、穂が大きかった。穂は成長してさまざまな色になったので染める必要がなかった。彼は広々とした格調ある家を建て、人々の心に平和を育む宗教を教えた。

 

<ケツァルコアトルは神としてより人間として記述されている>

<裏付けとなる報告>

・先住民に確かめたところによると、古代に20人の男がメキシコにやって来て、そのかしらがククルカンと呼ばれていたという。・・・・彼らは、ゆったりとしたローブを着て、サンダルをはいていた。長い髭を生やし、頭を剃っていた。・・・・ケツァルコアトルは人々に平和の道を教え、多くの重要な大建造物の建設を始めた。

 

<黄金時代の終焉>

<白い人の伝説>

・さまざまな資料に、ククルカンーたいてい白人として描かれている人物が到来して平和と調和の時代が訪れたとされている。

 

 

 

『河童・天狗・神かくし』 

(松谷みよ子)(立風書房)  1985/7

 

 

 

<山の神などによる神隠し>

・ある時、この部落の小さい女の子がふっとかき消すようにいなくなった。部落総出で探してみても、いっこうに手がかりはない。幾日かたって、また、ふっと現われた。その現われ方がまた不思議なことだった。この部落のはずれの薬師堂の梁の上に、その女の子はちょこんと坐っていたんだ。村の衆は、あれは薬師様にさらわれたんじゃっていった。  (長野県)

 

・岩手県和賀郡がはんらん。和賀町横川目。私が15歳の頃(昭和10年前後)の事件である。大雨で村の中央を流れている尻平が氾濫した。その日、私の部落の幼児(56歳)が見えなくなったという騒ぎが出た。消防団も出たりして、部落総出で探しまわったが、夜中になっても見つけることができなっかった。きっと川に落ちて流されたに違いないというので、川下を探しまわった。ところが、朝になってその幼児が川向うの山の中で無事で発見された。これはどう考えても不思議なことでした。その川には、丸木橋一本かかっているだけで、当日の大雨の氾濫で大人でも渡ることができない状態でした。

 

・長野県上伊那郡。浦の新三郎猟師といえば、山の神様となれ親しんだ逸話の持ち主として知られています。明治の初年のこと、新三郎は金子勢五郎猟師と連れだって仙丈岳へ猟に出かけましたが、二人は途中の小屋で単独行動をとることにきめ、別れ別れになりました。それから1週間、新三郎猟師は、杳として消息を絶ってしまいました。村人に依頼して山中を捜索してもらいましたところ、勢五郎と別れた小屋に戻っているところを発見されました。新三郎の話では、小屋を出てしばらく行くと、立派な婦人が現われて手招きするのに出会いました。誘われるままについて行くと、苺などの実る場所へ連れて行かれ、たらふくごちそうになりました。

 

こんなわけで、山にいる間は、ついぞ空腹を感じなかったという話でした。村人はその女性を山神であるとみていますが、山神男性説をとるこの地方にも、こうした観方のあることはおもしろいことです。

 出典:松山義雄著『山国の神と人』(未来社)

 

・和歌山県西むろ郡上三栖。紀州西むろ郡上三栖の米作という人は、神に隠されて二昼夜してから還って来たが、其間に神に連れられ空中を飛行し、諸処の山谷を経廻って居たと語った。食物はどうしたかと問うと、握り飯や餅菓子などたべた。まだ袂に残っていると謂うので、出させて見るに皆紫の葉であった。今から90年ほど前の事である。又同じ郡岩田の万蔵という者も、三日目に宮の山の笹原の中で寝て居るのを発見したが、甚だしく酒臭かった。神に連れられて、摂津の西ノ宮に行き、盆の13日の晩、多勢の集まって酒を飲む席にまじって飲んだと謂った。是は六十何年前のことで、共に宇井可道翁の璞屋随筆の中に載せられてあるという。

 

・昭和二十年頃の話。私の家の近くの男の子(小六年)が昼間、にわとりをいじめたから神かくしにあって大騒ぎとなりました。井戸のそばにしゃがんでいたそうなのに、家人にはその姿が見えず、子供には家人の姿が見えるけど声が出なかったそうです。二昼夜、その状態だったそうですから神かくしに違いないと、父母が言っていました。(青森県)

 

 

<河童の名称>

<河童の名称は全国各地で色々>

(北海道)  コマヒキ、ミンツチ(アイヌ)

 

(東北地方) オシッコサマ、シーッコサマ、カッパ、カァパ、カァパコ、カッパァ、カワワラス、カッパァ、ガワダロウ、ザンビキワラシ、セッコウサマ、メドチ、メドツ、メットウチ

 

(関東地方) カッパ、カッパノコ、カワッパ、カダロー、ガタロ、カワワラワ、ネネコ、封(ホー)

 

(中部地方) エンコ、カッパ、ガッパ、カーランベ、カースッパ、カゴウソ、カワ(ラ)コゾー、カワボウズ、カワザル、カワババ、カワコゾ(ウ)、カーラボーズ、カワヤロウ、

 

カワツズミ、カーカンパ、カワッパ、

 

カワウソ、カワダ、カーラボン、カワラ、カワコボーズ、ガワロ、ガウロ、ガォロ、ガワエロ、ガワイロ、ガメ、ガワラ、ガワタロ、コボッチ、シジン、シイジン、スイシン、スイジン、スジンコ、セーシン、セージン、テガワラ、ドーツン、ドチロベ、ドチ、ドチガメ、ヌシ、ミズシワッパ、ワワッパ

 

 (近畿地方) イ(ン)ガラボジ、ウンガラボーシ、エンコ、オンガラボーシ、カッパ、カワッパ、カワラ、カワソ、

 

カワタロ(-)、カワコ、カワコゾウ、カタロ、カワタラ、カシラ、カワンゴロ、カワコボシ、カワラコゾウ、カワロ、カンコロボシ、カワノトノ、ガタロ、ガワタロ、ガ(-)タロ(-)、ガァラ、ガウライ、

 

ガワッパ、ガイタロウ、ガロウ、ガロボシ、ガウラ(イ)、ガシャンボ、ガ(ッ)タラボ(-)シ、ガンタヲボシ、

 

ガイタルボーズ(カイダルボーズ)、ガラボシ、ゴウタロウ、ゴウタラ、ゴウラボ(ウ)シ、ゴウヲゴランボ、ゴボシ、ゴロボシ、シリヒキマンジュ、シリヌキ、シリコーボシ、スッポン、ドンガス、フンゴロボージ、ヒョウスボウ、マロ、ヤマタロ、

 

(中国地方)

エンコ(ウ)、カワッパ、カワコ(―)、カウコ、カウゴ、カワソ、カワコボーズ、ガウロ、ガ(ッ)タロー、ガウコ、ゴンゴ、ゴーゴ、ゴンゴージ、テナガ、フチザル、川子大明神

 

(四国地方)

イドヌキ、エンコ(ウ)、カワウソ、カワラ、カタロー、カワランベ、カダロウ、ガタロ(-)、ガワタロ、ガワラ、ガァラ、ゴタロ、ゴタコ、ゴタラ、シバテン

 

(九州地方)

エンコ、オト、カワノト、カワノヌシ、カワノヒト、カワコ、カントン、カーダラ、カーボン、カワタロウ、カワンヒト、カワノト、カワノヌシ、カワノヒト、カワンチョロ、カワントロ、カワノトノ、カワントン、カワロ、カリコボ、カワッソ(ウ)、カワゾウ、カワッパ、カーッパ、ガーッパ、ガッコ、ガワッパ、ガーダラ、ガワタロ、ガンチョロ、ガワッパ、ガータロ(-)、ガントロ(-)、ガントン、ガーッポ、ガグレ、ガゴ、ガラッパ、ガワロ、ガラッポ、ガンバ、ガースッパ、ガーロ、ガタロ、

 

ガシタロ、ガワンタロ、ガワッパ、ガッタロ、ガァッパ、ガッパ、ガアラッパ、ガワンタ、コウラワロウ、

 

サンボシ、スイテング、スイテンボウズ、スジンドン、セコ、セコンボ、セココ、セセコ、セコボウ、ヒョ(ウ)スンボ、ヒョウボウ、ヒュ(ウ)スボ、ヒョイヒョイ、ヒュースベ、ヒョウス、ヒョウスヘ、ヘテゴロ、

 

ヘジコロ、ホグラ、ナサン、ミズシン、ミッツドン、ヤマワロ、ヤマンタロー、ヤマセコ、ヤマオロ、ヤマウロ、ワワッパ、ワラドン

 

(奄美大島)ガウル、ガワッパ、コーバチ、ケンムン(ケンモン)

 

(沖縄地方)カムロー、キジムン(キジムナー)、ブナガヤ

 

 

 

『ニッポンの河童の正体』

飯倉義之  新人物ブックス  2010/10/13

 

 

 

<外国の河童たち>

<○○は外国の河童?  -河童は日本固有種かー>

・では日本以外の土地に河童は存在しないのだろうか?どうやらそうではないようだ。世界各地の妖怪を紹介する本や文章ではしばしば、「妖怪○○は××国の河童である」というような紹介され方がなされるように、海外の妖怪を日本の河童にあてはめて紹介することはままある。たとえば、韓国のトケビがそれである。

 

<「トケビは韓国の河童」か?

・韓国の「トケビ」は山野を徘徊する小鬼で、その正体は多く血がついたことにより化けるようになった、箒(ほうき)やヒョウタンなどの日常の器物である。トケビは人間を化かしたり、道に迷わせたり、野山に火を灯したり、快音を出して驚かせたり、夜に人家に忍び込んだり、格闘を挑んで負けたりと、ほとんどの怪しいことを一人でまかなう「万能妖怪」として大活躍を見せる。そのユーモラスな風貌と多彩な行動は、よく河童と比較される。

 

・前項でも河童の親類として紹介した奄美のケンムンやブナガヤ、琉球のキジムナーもまた、そうした「万能妖怪」という点でトケビとよく似た存在である。小柄でザンバラ髪の童形、好物や嫌いな物がはっきりとしており、ユーモラス。人間に関わり、からかう。トケビとケンムン・ブナガヤ・キムジナーと河童とは、性格や行動が共通していることは一目瞭然である。

 

・しかし重大な相違点もある。トケビは器物の化け物、ケンムン・ブナガヤ・キジムナーは樹木や森林のムン(化け物)としての性格が強く、河童の存在の根幹である水の化け物という性格を持ち合わせない。性格の一致と属性の不一致が、河童とトケビの間にはある。

 

<「ヴォジャノイはロシアの河童」か?>

他に多く「外国の河童」として挙げられる存在に、中国の河水鬼や水虎、ロシアのヴォジャノイやルサールカ、チェコのヴォドニーク、ポーランドのハストルマン、ドイツのニクス。フィンランドのネッキ、スコットランドのニッカールやケルピーなどが挙げられる。

これらの存在はいずれも水界に棲む存在で、人間や牛馬を水の中に引き込むとされ、彼らに挙げる季節の祭りなどが催されることなどが、河童と同一視される点である。

 

・しかしこうした水精の属性や行動以外の点では、河童と彼らの隔たりは大きい。河水鬼やヴォジャノイ、ヴォドニーク、ハストルマンは髭を蓄えた老人とされ、湖底で自分の財産である牛馬の群れや財宝を守って暮らし、機嫌が悪いと川を荒れさせるという固陋な存在である。ニクスやネッキ、ニッカールは成人男性の姿で現れて、荒々しく牛馬や子どもや婦女子を奪い去る肉体派である。ネッキやその同類が、半人半馬や馬に化けた姿を取るというのは、馬の姿をしていて人を水の中に誘い込むケルピーとも共通する。

 

・ケルピーに代表される「ウォーター・ホーズ」伝承は、ヨーロッパ各地にあまねく広がっており、龍の妖怪伝承といえば、ロッホ・ネス・モンスター、すなわち「ネッシー」である。ケルピーは河童と同じくらい、ネッシーにも近しい存在なのだ。

 

・ルサールカには溺死者の浮かばれぬ霊というイメージが色濃くついており、この点で幽霊や産女、雪女に近い属性を持つといえる。

 どうやら「××の河童だ!」と言われてきた妖怪たちは、河童と重ね合わせて理解できる部分とそうでない部分とを、同じくらいの分量で持ち合わせているようである。

 

<やはり「河童は日本の河童」か?>

・水はわれわれの生存に欠かせないと同時に、恐るべき存在であるがゆえに、水の神と水の妖怪を持たない文化はない。そのような意味で、「河童は世界中に存在する」。

 

・しかし今見てきたように、そうした河童的な存在がどのような姿で現れ、いかなる言動をとるかは、文化によって全く違う。ロシアの冷たい湖水に棲むヴォジャノイは老人の姿で重々しく、スコットランドの湖沼地帯に棲むケルピーは活動的で攻撃的だ。そして里近くに多くの川や小川、沼や溜め池をもつ日本の河童たちは、人に近しく愛嬌があり、どこか深刻でない表情を持つ。一方で、日本の河童に近い韓国のトケビ、奄美のケンムンやブナガヤ、琉球のクジムナーは、水の精という性格をほとんど持っていない。

 

・こうした水の神・水の妖怪の多様なありようは、各々の文化において人と水とがどう関わっているかに規定されている。その意味では、「河童は日本にしかいない」。

 妖怪を比較することはすなわち文化を比較することなどである。「妖怪○○は××国の河童である」という言い切りは、あまりにも大胆すぎるもの言いであるだろう。

 

 

 

『ど・スピリチュアル日本旅』

たかのてるこ   幻冬舎    2014/8/5

 

 

 

<会社を辞めて“旅人・エッセイスト”として独立した私>

<「世界一、スピリチュアルな国」日本をめぐる旅>

・私も、人生のテーマは「お金儲け」ではないので、「うわ、こんなおもろい人に出会えて、ラッキー!」と思えるような出会いを求めて、“人もうけ”をモットーに生きていきます。

 

・案内された沖縄コーナーには、沖縄の文化や宗教、歴史等の本がズラリ。沖縄では、年間300冊近くの沖縄本が出版され、この店だけでも15000冊を取り扱っているのだという。沖縄の総人口は約140万人だというから、沖縄人がいかに故郷を愛し、アイデンティティを大事にしているかが分かる。

 

<いよいよ“沖縄最強のユタ”と対面!>

・このイシキ浜は、海の向こうにあるとされる「ニライカナイ」を拝む聖地で、毎年、島の祭祀が行われているのだという。ニライカナイとは、東方の海の彼方にあるとされる異界、「神の住む国」で、祖先の霊が守護霊に生まれ変わる場所だといわれているのだ。

 

・「照屋家庭はんだん」の看板の掛かった鑑定所に着くと、普通の家のような落ち着いた風情の居間に通され、ユタの照屋全明さんが現れた。長身の照屋さんは穏やかな雰囲気ではあるものの、どこか存在感に凄みを感じる人だった。

「取材に見えたとお聞きしましたが、それには私の仕事を見てもらうのが一番なので、たかのさん、ご自身を鑑定させて頂くということでよろしいですか」

「あ、はい! お願いします!」

 思いもよらない展開に、胸がドギマギしてくる。照屋さんは毎日、朝10時から19時まで、30分刻みで116名を鑑定しているというのだが、毎朝8時から、その日の鑑定予約を電話で受け付け、たった10分で予約が埋まってしまうほどの人気だと聞いていたのだ。

 

・「スタンスがフリーですね。一匹狼。自由人。組織はムリです。持っている良さが、フリーだからこそ出てきます。人徳はあり。ボランティア精神で、人材育成もしていくでしょう」

 な、なぜそれを?!私はこの秋から、私立大で「異文化の理解」という講義を週イチで受け持つことになっていたのだ。非常勤の講師料は、目がテンになるほどのボランティア価格。国公立はもっと講師料が安いと聞き、非常勤講師は不安定な派遣社員みたいだなぁと思っていたところだった。

 

・動揺している私をよそに、怒濤の勢いで鑑定が続く。

34年後、新しい才能が出てきます。それまでは、才能にフタしてる状態ですね。ゆくゆくは経済面も安定します。今はゆとりがないけれど修行だと思って、今までの道は間違いではないです。仕事はイエス・ノー、ハッキリさせていいですが、人間関係は『テーゲー』で、テーゲーは沖縄の言葉で『細かい事を気にせず、大らかに』という意味です。人間関係は突き詰めず、ほどよく適当にいきましょう」

 

・鑑定中の照屋さんは、物言いはあくまでジェントルなのだが、恐ろしく早口だった。神様からのメッセージはイメージのようにダーッと伝わるのか、照屋さんは神様のお告げを全部伝えたいがために、なんとか早口でしゃべって、そのスピ―ドに追いつかんとしている感じなのだ。

 と、突然、真剣な面持ちの照屋さんから「タバコ、いいですか?」と聞かれ、「あ、はい」と頷くと、照屋さんは鑑定しながらタバコをスパスパ吸い始めた。神様のメッセージがあまりに早口だから、気持ちを落ち着かせるようとしてるんだろうか………。

 その後、私の両親、兄ふたり、義姉たち、甥っ子たちの性質もズバズバ言い当てられ、それぞれの将来まで示唆されると言葉が出ず、「いやはや、恐れ入りました!」という感じだった。

「家族のことまでみて頂いて、ありがとうございます!」

 鑑定後、お礼を言うと、照屋さんが言う。

「お悩みに家族のことが連鎖している場合も少なくないので、私はいつも、来た人の家族全員、鑑定させて頂くんですよ」

これで8千円ならリーズナブルだなぁと思いつつ、鑑定料をお支払いさせて頂く。

 

・ユタはたいてい家系で継承され、圧倒的に女性のユタが多いのだという。そんな中、男性の照屋さんがユタになったのは、照屋さんの祖母が、祭祀を取り仕切る神職「ノロ」だったことが大きいというのだ。

 ノロが神職のシャーマンなら、ユタは民間のシャーマン。沖縄には古くから「医者半分、ユタ半分」ということわざがあり、これは「ユタの助言で精神的な癒しを得る」という意味で、ユタは生活全般のアドバイザーのような存在なのだという。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

ユタ ( 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

<概念>

沖縄の信仰において、琉球王国が制定したシャーマンであるノロ(祝女)やツカサ()が公的な神事、祭事を司るのに対し、ユタは市井で生活し、一般人を相手に霊的アドバイスを行うことを生業とする、在野のシャーマン・巫(かんなぎ)である。

 

ユタはいわゆる霊能力者であるが、迷信と考える者も多い。だが、一般にユタの力は古くから広く信じられており、凶事に当たった場合や原因不明の病気、運勢を占いたいとき、冠婚葬祭の相談など、人が人知を超えると考える問題を解決したいときに利用される。こうした行為は「ユタ買い」といわれ、通常、ユタは相談料をもらって問題解決にあたる。医者がユタを勧める例もあり、沖縄には「医者半分、ユタ半分」ということわざが古くからある。

 

ユタは単なる霊能力者ではなく、信仰上、自らを神と人間の介在者と位置づけており、広義にはノロやツカサなどと同じく「神人(かみんちゅ)」と呼ばれる。沖縄では神に仕えるのは一般に女性と考えられており、ユタもノロやツカサと同じく、大多数が女性である。

 

ユタは弾圧の歴史を持つことから、隠語として、ユタのことを三人相(サンジンゾー:易者)やムヌシリ(物知り)などと呼ぶこともある。

 

 

 

『うわさの人物』 心霊と生きる人々

加門七海   集英社   2010/3

 

 

 

<『普通の高校生がユタになるまで』(平博秋)(ユタ)>

・それは17歳のことだった。

 

・母方のお祖母さんがカミンチュ(神人)だったんだから、きっと感じたんでしょうね。

 

<拝みの言葉は自然に出る>

・はい。お祖母ちゃんのときもあるし、大日(大日如来)さん、天照さんが教えてくれたり。

 

<神様の生の姿とは>

「ユタの世界や霊感の世界で、ある程度できるようになったら、夢で免許証みたいな、本をもらうんです。「帳簿」と言いますが、聞いたことあります?」

 

「あります。なんとか長老という方が出てきて、ユタの許可証を渡すんでしたっけ。」

 

「ウティン長老。白い髭のお爺さんです。」

「それ、本当なんですか。」

「本当です。杖を持っていてね。」

「平さんの許にも現れて?」

「はい。自分はこの神様にいろいろ教えられて、何回も天照さんのお姿も見て。それから弁財天さんも。」

 

「弁財様。すごい美人なんじゃないですか(笑)?」

 

「ものすごい美人、真っ白です。大日如来さんは、こっちに赤いのがついていて。髪がね、剛毛で長いんですよ。」

 

<インタビューを終えて>

・こんなにはっきり神の姿を語る人を、私は彼のほかに知らない。ターリと共に、何よりインパクトがあったのは、容姿や口調、身長まで、平氏が「神様」をすごくリアルに捕らえているということだった。無論、その真偽のほどは、私には計りようがないことだ。だが、氏は神々を親戚や教師であるかのように語った。

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