2016年9月27日火曜日

現実には日本のみならず、世界の多くの国々で、自国民を貧しくし、発展途上国に落ちぶれさせるデフレ促進策が推進される。なぜなのだろうか。理由は、簡単。各国の政治家の多くが、黄金の拘束衣を身にまとっているためだ。(1)


 

『黄金の拘束衣を着た首相』

なぜ安倍政権は緊縮財政・構造改革をするのか

三橋貴明   飛鳥新社   2015/2/6

 

 

 

<「コトラーの競争地位別戦略」>

1410月時点で、日本国民の実質賃金は「所定内給与」で16カ月連続、「きまって支給する給与」では、何と18カ月も「対前年比下落」の状況が続いている。新たに発足する第3次安倍政権は。果たして「黄金の拘束衣」を脱ぎ捨て、国民の「豊かさ」を追求する実質賃金引き上げ政策を採れるだろうか。正直、その可能性は低いと断ぜざるを得ない。黄金の拘束衣とは、まさに本書のテーマであるが、ここでは、「国民の所得(実質賃金)のためではなく、グローバル資本のための政策を実施させるために、各国の政策担当者に着せられた呪い」とでも、ご理解頂きたい。

 

・筆者は、現在の日本の政界について、「コトラーの競争地位別戦略」のチャートを用いるとわかりやすいと考えている。

 

・それでは、リーダーに「差別化戦略」を掲げて挑むべきチャレンジャーは、果たしてどこの党なのか。それが、問題なのだ。現在の日本の政治の問題は、与党よりも「チャレンジャー」たる野党、つまりは国民が政権を任せることを「考えても構わない」野党が存在していないことなのである。

 果たして、民主党はチャレンジャーだろうか。民主党の役割は、個人的には日本において「二大政党の夢」を崩壊させた時点で終わったと考えている。2009年までの日本では、一応、「二大政党制」が模索されていた。すなわち、当時の民主党は「自民党に代わりうる存在」として見なされていたのだ。

 実際に、政権交代し、いかなる事態になったのか。改めて書くのもバカバカしいわけだが、現実問題として我が国の政界には、与党に「挑戦」できるチャレンジャーが存在しない。結果、有権者に十分な選択肢が与えられていない。

 

・少なくとも現在の日本において、「黄金の拘束衣を着た男」に率いられたリーダーに挑むべき政党は、黄金の拘束衣を身にまとっていてはならないのだ。すなわち、デフレを深刻化させる財政均衡主義から脱却し、さらには国民を貧困化させ、同時に所得格差を拡大させる構造改革系の政策を否定する政党でなければならないのである。

 

<黄金の拘束衣を着た男>

<どんどん貧しくなる日本国民>

・デフレの原因は「総需要の不足」である。そして、総需要とは「名目GDP」そのものだ。安倍政権は、20144月に消費増税を強行したことで、97年(橋本龍太郎政権時)の消費税増税期同様に、我が国の名目GDPを「再び」縮小の方向に導いてしまった。しかも、今回は前回よりも名目GDPの「縮小開始」の時期が早い。

 

1997年、橋本政権が消費税を増税した時期は、曲がりなりにも実質賃金が増え続けていた。すなわち、国民が豊かになりつつある状況で、増税をしたのが橋本政権なのである。家計貯蓄率も10%近く、当時の日本の家計は現在とは比較にならないほど「余裕があった」という話になる。

 

・それに対し、日本の実質賃金は、2012年、13年と連続して下落した。第二次安倍政権が誕生して以降も、日本国民の貧困化は継続していたのである。アベノミクスの活況に沸いた2013年すら、4月を唯一の例外に、我が国の実質賃金は下落を続けた。

 さらに、家計貯蓄率は何と1%を切っている。もちろん、家計貯蓄率が下落した理由の一つは「稼ぎ」が少ない年金受給者の増加ではある。それにしても、「実質賃金の下落と、家計貯蓄率の低下は無関係」などと断言できる人はいないだろう。当たり前だが、実質的に所得が縮小し、次第に貧乏になっていくと、国民は貯蓄に回すお金の余裕がなくなっていく。

 つまりは、97年時とは異なり、国民が貧困化し、余裕を失った段階で増税を決行したのが、安倍政権なのである。

 ちなみに、20144-6月期の民間最終消費支出は対前期比でマイナス5%だった。5%という民間の消費の落ち込み幅は、信じられないかもしれないが、統計的に比較可能な94年以降、最大だ。94年以前にしても、ここまで凄まじい消費縮小は確認できない。

 

安倍政権は、戦後「最も消費を減らした政権」という、不名誉な座に就いた可能性が濃厚なのである。

 

今後の経済政策について、大胆な政策転換をしなければ、安倍晋三内閣は「橋本龍太郎内閣」と並び、国民を貧困化させた悪名高き政権として歴史に名を残すことになるだろう。

 「大胆な政策転換」とは、政策を全面的にデフレ対策に転換しなければならないという意味で、1510月に予定されていた消費税再増税の延期だけでは不十分だ。消費税率10%引き上げを174月に伸ばしても、安倍政権下で日本経済がデフレから脱却できる日は訪れない。

 

<世界中で「自国民貧困化政策」が進められている>

安倍晋三内閣総理大臣も、結局のところ「黄金の拘束衣」を着た政治家の一人に過ぎなかった。黄金の拘束衣にからめとられた政治家は、間違った経済学(厳密には、現在の問題を解決できない経済学)に影響され、政策を誤る。

 より具体的に書くと、デフレの危機が迫る、あるいはデフレの渦中においてさえ、「デフレ促進策」を取ろうとするのだ。結果的に、国民を

貧困化に追い込み、国内の所得格差を拡大し、社会を不安定化させる。

 

・デフレーションとは国民を貧しくするのみならず、安全保障を弱体化させ、さらに「国家の発展途上国化」を推進する経済現象だ。いかなる国民国家の施政者といえども、自国を発展途上国化する政策など、採用するはずがない。

 ――と、言いたいところだが、現実には日本のみならず、世界の多くの国々で、自国民を貧しくし、発展途上国に落ちぶれさせるデフレ促進策が推進される。なぜなのだろうか。理由は、簡単。各国の政治家の多くが、黄金の拘束衣を身にまとっているためだ。

 

グローバル化とは「黄金の拘束衣」を着ること

・アメリカのジャーナリスト・コラムニストであるトーマス・フリードマンは、著作『レクサスとオリーブの木』(草思社)において、グローバル化が進展し、政府の政策が国際的に一律化され、選択肢が制約される状況について、「黄金の拘束服」という比喩で説明した。日本では「拘束服」よりも「拘束衣」の方が一般的であるため、筆者は「黄金の拘束衣」という表現を採用させてもらう。

 「黄金の拘束衣」について理解すると、なぜ安倍政権が外国人投資家向け政策ばかりを推進するのか、本質が見えてくる。

 

・結果的に、政権や与党の政治家たちは「株価」に引きずられた政権運営に乗り出さざるを得なくなる。すなわち、経済政策の重点が「国民の所得」ではなく、日本でいえば「日経平均」に置かれてしまうのである。

 

・「現在のグローバリズム」の本当の姿は、基本的に、「発展途上国への直接投資と証券投資」の問題であることがわかる。すなわち、国境を超えた資本移動の自由化だ。

 

<発展途上国化(フラット化)する世界と日本>

とはいえ、「黄金の拘束衣」を身に着けた政府がグローバル化路線をひた走ると、国民は貧困化する。というよりも、そもそも構造改革やグローバル化とは、先進国の国民の実質賃金を「グローバル市場において、価格競争力がある」水準に下げることなのである。国際的に価格競争力を持つようなレベルに、国民の人件費を引き下げる。すなわち、「底辺への競争」だ。

 「底辺の競争」の悪影響を、日本の近隣諸国の中で最も被っているのが実は台湾である。

 

<誰も気付かない安倍政権の功績>

・その代表的な手法が「政府紙幣の発行」だ。もっとも、筆者は個人としては政府の通貨発行に反対している。理由は、そもそも「中央銀行の国債買い取り」と「政府紙幣発行」の経済効果は同じであり、さらに政府紙幣の場合は「回収」が困難になるためである。

 

・現在の安倍政権にとって、「財源」は政策のボトルネックにはならない。何しろ、デフレーションという強い見方がいるのである。

 デフレが継続する限り、政府は財源を「日本銀行の通貨発行」に求めて構わないのである。後は、日本銀行が発行したマネタリーベースを放置するのではなく、政府が「国民の雇用、所得」を生み出すように支出し、デフレ脱却を目指せばいいのだ。すなわち、財政出動の拡大だ。

 とはいえ、筆者から見る限り、安倍総理大臣は黄金の拘束衣をガチッと着込んでしまっている。現実には政府の財政支出が拡大されるどころか、我が国は緊縮財政路線を着々と歩んでいる有様だ。つくづく、勿体ない話である。

 

<黄金の拘束衣の「黄金律」>

・人類史上空前のカネ余り状態であり、かつ国債が100%自国通貨建て、日本銀行が国債を買い取ると、政府の実質的な借金が消滅する日本国であるが、なぜかムーディーズに限らず、大手格付け会社は極めて我が国に冷たい。

 

・格付け会社の「意向」に沿い、ペナルティを避けるためには、国債を「国際金融市場」に発行している各国の政府は、フリードマンの言う「黄金の拘束衣の『黄金律』」を採用しなければならない。『レクサスとオリーブの木』によると、「黄金律」とは、以下の政策パッケージである。

 

・経済成長を推進する第一エンジンに民間セクターを置く

・インフレ率を低く抑え、物価を安定化させる

・官僚体制の規模を縮小する

・可能な限り健全財政に近い状態を維持する

・輸入品目への関税を撤廃するか低く下げる

・外国からの投資に対する規制を取り除く

・割当制度と国内の専売制を廃止する

・輸出を増やす

・国有産業と公営企業を民営化する

・資本市場の規制を緩和する

・通貨を他国通貨と交換可能にする

・国内の各産業、株式市場、債券市場への門戸を開放し、外国人による株の所有と投資を奨励する

・国内の競争をできる限り促進する

・政府への献金やリベートといった腐敗行為をできるだけ排除する

・金融機関や遠距離通信システムを民営化する

・競合する年金オプション、外国資本による年金、投資信託という選択肢を国民のまえにずらりと並べ、選択させるようにする

 

まさに、我が国が長年かけて受け入れてきた「構造改革」のメニューそのままである。

 

・無論、国家の資産のみならず、国内企業にもまた、グローバル資本が流れ込む。97年のアジア通貨危機でIMF管理に陥った韓国は、まさに上記の「黄金律」を強制された結果、国内大手銀行のほとんどが外資の手に落ちた。さらに、サムスン電子や現代自動車、ポスコといった大企業も、株式の50%前後を外資系に支配されている。

 

・結果、政府が外国資本、さらには格付け会社の意向に逆らうことが難しくなり、国民は経済的主権を失う。

 

<実質賃金を下げる政策を「やらない」ために>

・「TPPで外国農産品との競争に負け、日本の農家が廃業したならば、即座に別の職に就けばいい」などと平気で言ってのける。セイの法則が成立していない環境下で競争を激化させ、労働者の仕事を奪うと、単に失業者が増えるだけだ。失業者は消費や投資を減らすため、総需要(名目GDP)は縮小し、デフレは深刻化する。

 

・「人手不足の環境で、国民や政府がモノやサービスに適切なお金を支払うことに納得する」環境が生じたとき、初めて実質賃金は上昇に転じる。

 

 

 

『円高・デフレが日本を救う』

   小嶓績   ディスカヴァー携書    2015/1/31

 

 

 

<アベノミクスは失敗したのではない。最初から間違っていただけだ>

・円安・インフレを意図し、達成した。唯一の問題は、アベノミクスの達成により日本経済が悪くなったことである。

 

<人に価値を蓄積させるような政策に絞って、それを全力で行う>

・これは、賃金の上昇をもたらすことになる。賃金の継続的な上昇は、企業の利益を吐き出させることでは持続しない。日本経済のためにならない。単なる移転であるから、日本全体としては何の意味もないのだ。

 そうではなく、働き手が労働力としての価値を高めれば、企業にとっても価値が高くなるから、高い賃金を払ってでも雇いたくなる。そうなれば、企業の製品の価値も上がり、利益も増え、賃金も上がる。

 これこそが、真の好循環である。

これが、真の成長戦略であり、アベノミクスの代案だ。

個人的には、代案などと比べられるのは本当は不満だが、ここに対案として提示したい。

 

<円高・デフレが日本を救う>

・本章では、最後に、本書のタイトルでもあり、私が今、どうしても本書を世に問わなければならなかった理由である円高・デフレの必要性について、ここまでの議論と重複する点も多いが、改めてまとめて述べることにする。

 

・今、日本に一番必要なのは、円高だ。

 自国の通貨の価値を高める。これが、一国経済において最も重要なことだ。通貨価値とは交易条件の基礎であり、交易条件が改善することは、一国経済の厚生水準を高める。つまり、豊かになる。

 

<通貨価値至上主義の時代>

・かつて19世紀までは、これは常識であった。

 古代において、国家権力を握る目的は通貨発行権を得るためであり、通貨発行益、いわゆるシニョレッジを獲得するためであった。

 

 歴史を経て、シニョレッジの安易な獲得が難しくなった近代は、通貨価値を高めることが重要となった。発行益を得ることができる通貨発行量が限られているのであれば、その単位当たりの利益を高める。すなわち、高い通貨価値を維持することが国家の利益を最大化するうえで最重要となったのである。

 しかし、いつの時代にせよ、通貨価値は最も重要なものであった。シニョレッジは、<通貨発行量×通貨価値>だから、あえて価値を下げる国家はなかった。価値が下がっていないように見せかけて、大量発行することに邁進したのであった。

 

<通貨価値、資産価値、成熟経済>

・このように見てくると、通貨を安くすることが自国の利益になったことは、例外的な場合を除いては、歴史上なかったと言える。大恐慌時や一時的な大不況に陥ったときの緊急脱出策として選択肢になる場合があるだけであり、しかも、それは一時的で、長続きはしない。

 ましてや、21世紀の現在の成熟国において、ストックである資産価値についても、将来へ向けての投資についても、そして、フローの輸出に関しても、すべての軸において、通貨は強いほうが望ましい。

 

・現代における経済成熟国の最適戦略は、通貨高による資産価値増大およびそれを背景とする新興国など世界への投資である。それにより、さらに自国の資産を増大させ、さらなるシナジーなどを加え、資産価値を通貨価値の上昇以上に増大させることを目指す。

 

<国富の3分の1を吹き飛ばした異次元緩和>

・日本の国富(負債を除いた正味資産)は、2012年度末で3000兆円ある。これを1ドル80円で換算すると、37.5兆ドルだ。1ドル120円なら、25兆ドル。33%の減少だ。3分の1が失われたのである。そんな経済的損失は、これまでに経験したことがない。

たとえば、12.5兆ドルの損失とは数百年分の損失である。

 

<円安で輸出が増えない理由>

・円安に戻して輸出で世界の市場を制覇するというのは、1960年代、あるいは1980年代前半の日本経済の勝ちパターンに戻りたいということだ。それは不可能であるというより、望ましくなく、圧倒的に不利な戦略である。

 

<円安の企業利益≦他部門の損失>

・人口減少で日本経済が衰退する前に、金融政策により40%日本経済は小さくさせてしまったのだ。

 どうしたらいいのか?

「円高・デフレで日本を救う」のである。

 

<円高は日本を救う>

・手段としては、具体的にどうするか?

 まず、円安を止める。日本国内の資産価値が高まり、海外の投資家や企業に、不動産や知的所有権、企業、ノウハウ、人材を買収されるのを防ぐ。ストック、資産、知的財産の国外流出をまず抑える。

 次に、通貨価値を少しずつ回復していく。この過程で、海外の最貧国、あるいは低コスト労働の生産地と価格競争だけで生き残ろうとする企業、工場、ビジネスモデルは、現代の世界経済構造に適した企業、ビジネスモデルへの移行を迫られる。高い価値を持ったノウハウ、労働力、知的財産を安売りするのを止め、高い付加価値をもたらすものに生産特化していく。

 

・自国生産にこだわらず、日本でも海外でも生産する。海外労働力、海外工場をうまく使い、その生産から得られる利益の大半を知的財産による所得、あるいは投資所得、あるいは本社としての利益として獲得し、国内へ所得として還流させる。

 これは実際に、日本企業が現在行っていることである。リーマンショック以降、この流れは加速しており、実現しつつある。実は、現在の円安誘導政策で、この流れを政策によって止め、過去のモデルに企業を引きずり戻そうとしているのである。

 これを直ちに止める。

 

といっても何も特別なことはしない。円安を修正するだけである。

 この方向が進むと、国内生産量、工場労働者数は減る。しかし、生産量や国内工場雇用者数をとにかく増やそうとすることは、世界最低コストの労働力と永遠に競うことを意味する。

 

<欧米は強い通貨を欲している>

 

・しかし、円安を非難しない最大の理由は、欧米はもはや通貨安競争の枠組みにはないということだ。

 欧米は強い通貨を欲している。自国経済を強くするためには、自国の利益のためには、通貨が強いほうが圧倒的に望ましい。もはや資産のほうが重要であり、政治的に労働組合などがうるさいが全体では圧倒的に強い通貨を望んでいるから、日本が勝手に通貨を弱くしてくれるのは大歓迎なのだ。

 通貨を強くし、世界の魅力ある有形、無形資産を手に入れ、国力を強くしていく。経済を強くしていくという考え方だ。他国の通貨が安くなるのは、投資しやすくなるので、絶好のチャンスなのだ。

 

・日本ももう一度、遅まきながら、この流れに加わる必要がある。円の価値を維持し、高める。これにより、世界の資産、財を安く手に入れる。

 円高を背景に、世界中の企業を賢く買収し、世界に生産拠点、開発拠点、さらには研究拠点のポートフォリオを確立し、それを有機的に統合する。

 すでに大企業ではこれを行なっているが、中堅企業を含めて、この大きなグローバルポートフォリオに参加する。

 

・企業は人なりである。国家も人なり、地域も人なりだ。だから、人を、個人を徹底的に育てる。政府がそれを支える。

 マクロ経済全体では、円高で経済の価値を高め、強くする。ミクロでは、プレーヤーである人を育てる。人が育ち、成長する結果、経済全体も成長する。

 これが日本という地域の「場」としての力を強める唯一の道である。

 

<デフレは不況でも不況の原因でもない>

・社会は、第一には生活者の集まりである。消費者としての個人を支えるためのヴィジョンがデフレ社会だ。我々は、「デフレ社会」を目指す。

 現在、巷で使われているデフレ、デフレ社会、という言葉は本来の意味から離れている。間違って使われている。

 デフレとは不況ではない。デフレとはインフレの逆であり、物価が上がらないということであり、それ以上でも以下でもない。景気が良く物価が上がらなければ、それは最高だ。あえて無理にインフレにする必要はまったくない。

 

・所得が下がったのはデフレが原因ではない。デフレは結果である。

所得が下がり、需要が出ないから、モノが高いままでは売れないので、企業は価格を下げた。効率性を上げて、価格を低下させても利益の出た企業が生き残った。バブルにまみれて、高いコスト構造を変革できなかった企業は衰退した。

 

・さて、デフレ社会が望ましいのは、同じコストでより豊かな暮らしができるということに尽きる。所得が多少減っても、住宅コストが低ければ、経済的にもより豊かな生活が送れることになる。広い意味で生活コストを下げる。これが、生活者重視の政策であり、円高・デフレ政策の第二の柱だ。

 円高は、エネルギーコスト、必需品コスト、あるいはさらに広げて、衣料品やパソコンのコストを下げることになる。まさに交易条件の改善による所得効果だ。

 

<円高・デフレ戦略の王道>

・マクロ政策としては、円高を追究し、世界における研究・開発・生産ポートフォリオを効率よく確立する。場としての日本の価値を守るために、また発展させるために、日本の資産価値を上げる円高を進める。

 

<異次元の長さの「おわりに」>

・成長の時代は終わった。もはや経済成長を求める時代ではないのである。それは成熟経済だ。成熟とは何か。経済を最優先としない経済社会である。

 

・日本経済の昔の構造にとらわれ、昔のビジネスモデルに固執し、円安は日本にプラスという昔のイメージに支配され、日本経済が置かれている現実を直視しない。

 

<コントロールの誤謬。政策依存症候群。>

・人口が減少する。これはたいへんだ。じゃあ、移民を増やそう。子供を産ませよう――これは問題を裏返しているだけだ。問題の裏返しは解決にならない。

 

 人口が減少している原因は何なのか。人口が減少することはなぜ悪いのか。これを突き詰めて考えずに、人口減少という現象を嘆き、悲観し、右往左往しても、何も解決しない。ただ、対症療法を繰り返すだけでは、かえって問題を複雑化し、解決をさらに難しくするだけだ。

 年金問題が立ちいかなくなるから、若い世代を増やす。それは間違いだ。問題は、人口ではなく、年金制度にある。

 

<将来の経済状況の予想により左右されるような制度は、根本的に誤りだ。>

・GDPの増加率が、人口が減ると低下する。マイナスになる。労働力が減ると生産力が落ち、GDPが減少する。だから、人口を増やさないといけない。これは最悪の間違いだ。

 

・それも、政策で無理に増やすのではない。国のために増やすのではなく、子供を育てたい両親が実現できない障害があれば取り除く。政策にできることは、それだけであり、それで十分だ。

 

・アベノミクスとは、問題の裏返しそのものだ。

 異次元の金融緩和とは、現象への対症療法に過ぎない。一時しのぎに過ぎず、より大きなシステムリスクを呼び込む政策だ。

 昔の日本経済に戻ることはできない。円安で輸出して不景気をしのぐ時代は終わった。価格競争で通貨を安くして輸出を増やす時代は終わったのだ。フローで稼ぐ時代は終わり、これまで蓄積したストックの有効活用により健全な発展を図る。成熟する。それがヴィジョンだ。

 

・蓄積したストックとは金融資産だけでない。これまでのノウハウ、ブランド、いやそんなものをはるかに超えた、日本社会に存在する知的財産だ。それが社会の力だ。

 そして、その力は、個々の人間の中にある人的資本だ。それを社会で有機的に活かす仕組みだ。

 

<金融政策がまったく意識されない状態。それが理想だ。>

・だから、現状で言えば、ゼロ金利は継続する。しかし、量的緩和は縮小する。市場をびっくりさせることはしない。国債の買い入れはできる限り少なくする。しかし、スムーズに少しずつ減らす。ゆっくりと慎重に出口に向かう。財政も金融も影武者でなくてはならない。

 

・政府の政策は、社会政策に絞る。経済成長ではない。人を育てる。健全な人間を社会が育てる。その環境を整備する。

 

・リフレ政策に見られるような一挙解決願望。願望を持つ側も悪い。それに応えられるようなふりをする有識者、エコノミスト、政治家も悪い。両側で、日本経済の成熟を妨げている。

 

・所得水準は、これから平均ではそれほど伸びない。世界の競争は激しく、日本だけが勝ち残ることを無邪気に期待するわけにはいかない。生産の多くは途上国、新興国にゆだねることになる。国内の働き手は、国内サービス産業を中心に雇用を得ることになる。

 同時に、ストックの有効活用が進む。政府は、ストックの活用を助けるのが仕事だ。

 

・すべての個人、すべての企業が自分で責任を持って、自分の選んだ道を行く。コストの低い、しかし、環境の充実した、ストックの豊かな社会であることが、それを支える。

 政府は、その補助をし、制度を、社会システムを、修正して、社会の持続を支える。デザイナーとして日々修正をしていく。

 もちろん、経済成長という名のGDPの拡大は目指さない。この社会の結果としてそうなればそれでいい。

 これが21世紀から22世紀のヴィジョンだ。

 

 

 

『「借金1000兆円」に騙されるな!』

暴落しない国債、不要な増税

高橋洋一   小学館   2012/4/2

 

 

 

<日銀法を改正すべき>

・中央銀行の独立性は、手段の独立性と、目標の独立性に分けられているが、1998年の日銀法改正で、日銀にはそのどちらもが与えられるという非常に強い権限をもってしまった。人事の面で言えば、一度選ばれた総裁、副総裁、理事は、任期を全うするまで政治の側から罷免することさえできなくなっている。

 

・それまで日銀は大蔵省の尻に敷かれていたのだが、大蔵省としては、自分たちはそれほど唯我独尊ではないというポーズを、日銀法改正という形で日銀の独立性をアピールして示したかったのだ。これは日銀にとっては悲願達成だった。

 しかし、本来は政治が、民主主義によって国民から権限を与えられた政府が、インフレ目標を何%にするかを明確に決めるべきだ。日銀が決めるのはおかしい。

 そのうえで、その目標に至るまでの方法は、金融政策のプロである日銀に任せる。つまり手段は独立させるというのが、あくまで世界的な標準だ。

 

<日銀が目標の独立性を手離したくない理由>

・ところが日銀は、そういう形で政策を表に出すのを嫌がる。なぜかというと、どんな金融政策を取るかは、日銀の独立性という名の「権益」と化しているからだ。

 

<どこまで金融緩和すればいいのか?>

・経済政策にとっては将来の「インフレ予想」が必要だ。それまで政府・日銀には、直接的にインフレ予想を観測する手段がなかった。

 具体的には、物価連動債と普通の国債(非物価連動債)の利回り格差から、市場の平均的なインフレ予想を計算する。これを「ブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)」と呼ぶ。

 これは世界中の中央銀行が導入し、使っている。BEIが高すぎると、引き締めなければいけない。低くなりすぎると、もっとお金を伸ばさなければいけない。

 

・ところが最近、BEIを算出されることを嫌ったのか、財務省は物価連動債を新たに発行しなくなってしまった。厄介な指標を計算されないように、元から断ってしまえ、ということなのだろうか。どこの国でも当たり前に計算している指標を、葬りにかかってきているのだ。

 

<正しい金融政策で経済が拡大すれば格差は「縮小」する>

・実際は格差が広がっていても、それぞれに分配があれば、全体としての社会不安は小さくなる。体感的にも、働く意志と能力があるのなら、何がしかの収入を自力で得られるのがいい社会だと素朴に思う。最下層の人の所得を上げるには、たとえ格差が広がっても、最高層を上げるべきだ。最下層を上げるためには全体のパイを増やすのが簡単だからだ。

 それでも働けない人には、生活保護やそれを進化させたベーシックインカムで助ければいい、それにしても、全体のパイを大きくしてからのほうが、より額も厚くできる。

 

<国債は便利なツールとして使えばいい>

・本書は国債をスコープとして、世界経済、そして日本の経済政策を見てきたが、現在の日本においては、国債はあくまでデフレを脱するためにマネーを増やし、将来増えすぎたときは減らすための重要なツールだということになる。

 

・要するに、現時点において国債が果たすべき役割は、日銀からお金を引き出すための道具として活用されればいい、ということになる。

 もし国債を買い過ぎれば、マネーが出すぎて必要以上のインフレになってしまう。その時は、高橋是清を思い出し、市中に国債を売ればいい。するとお金は日銀に還流して少なくなり、調整できる。国債は調節弁に使う。

 

・別に国債でなくてもいいのだが、国債がもっとも流通量が多いので、使い勝手がいいというだけだ。

 国債が、金融市場の中でコメのような役割を果たしていることはすでに述べた通りだが、それは国債の重要さ、流通量、流動性などが他の金融商品と比べて抜けているからだ。国債は金融市場の潤滑油のようなところがある。

 

・それでも、増税しないと財政破綻する、これ以上国債を刷ると暴落する、さらに格下げされるかもしれないという言葉を聞いてどうしても不安になってしまうのなら、CDS保証料に注目していればいい。マーケットで世界中のプロの投資家が、日本国債には何も問題はないと判断していれば、穏当な価格が付いているはずだ。

 それでも財政再建が気になる人は、債務残高対GDPが大きくならないなら心配ないはずだ。その条件は、だいたいプライマリー・バランス(基礎的財政収支)が赤字にならなければいい。

 

<あと900兆円国債を発行しても破綻しない>

・第1章の終わりで、歴史上イギリスがネットの債務残高が二度もGDP250%前後になったのに、いずれも破綻しなかったことを述べた。

 日本のネットの債務残高のGDP比は70%だから、往年のイギリスと同じ段階まで債務残高をふくらませるとしたら、あと900兆円も国債を発行しなければならないということになる。

 実際にそんなことをする必要はないのだが、もし900兆円国債を発行して、一気に財政出動したらどんな世の中になるか、ちょっと想像してみよう。

 

・さすがに1年では賄いきれないだろうから、9年に分け、年間100兆円ずつ使っていくことにしよう。民間金融機関の消化能力を考えて、全額日銀引き受けにしよう。そうすると、毎年、政府は日銀が刷った100兆円を手に入れられる。日本中のおカネが1年間で100兆円増える。

 政府も投資先が思いつかないので、とりあえず国民全員に配ることにしたとすると、国民1人当たり70万円が分配されることになる。4人家族なら、300万円近い札束が、宅配便か何かで届くのかもしれない。

 これには長年デフレに慣れてきた人たちも、さすがに驚くのではないだろうか。隣の家にも、向かいの家にも何百万円も配られているのだ。

 

・インフレになるということは、為替相場は円高から超のつく円安に変わる。

 とても簡単な計算をすれば、いま米ドルはおよそ2兆ドル、日本円は140兆円存在している。ここから割り出される為替レートは1ドル=70円ということになるのだが、日本円が240兆円になれば、一気に1ドル=120円になることになる。これは小泉政権時のレベルだ。

 これはすごいことになる。米ドルを使う人から見れば、日本製の自動車や家電、精密機器が、半額で買えるわけだ。プリウスが100万円、テレビが2万円で買える感覚だ。おそらくどんなに生産しても間に合わない。

 

・もうひとつ、ここでぜひ考えてほしいのは、お金の量を増やせば経済は回り始めるという法則だ。いきなり100兆円増やせば不必要なインフレを招いてしまうが、では20兆円なら、30兆円なら、あるいは40兆円ではどうなるだろうか。もっとマイルドで、所得の上昇を喜びつつ、貯金することではなく働いてお金を使い、また働くことに喜びと利益を見いだせる世の中になってはいないだろうか。

 

<だんだん変わってきた。未来はある>

日銀は、間違い続けている。本当は、日銀の多くの人も、間違えていることに気づいているのではないかと思う。

 

<財務官僚・日銀職員は国民のために働くエリートではない>

・バーナンキ議長はかつて、「日銀はケチャップを買えばいい」と言い、何でもいいから買いを入れてマネーを供給すればいいではないかと主張していたが、日銀は、分かっている人から見ればそのくらいもどかしい中央銀行なのだ。

 官僚も博士号所持者は少ない。でも平気でそれなりのイスに座り、うさんくさい経済学もどきをばらまいてミスリードしている。こんなことも、他の先進国の政府職員や、国際機関の職員にはあまりないことだ。

 

<もう日銀は言い逃れできない>

・インフレ目標導入を防戦する日銀の言い訳は、いつも決まって「アメリカが導入していないから」だった。

 バーナンキ教授は、2002年にFRB理事に指名された。

 実は以前、私はバーナンキ教授本人からインフレ目標の話を聞いていた。必ず将来インフレ目標を導入するはずだと予測した。

 しかし、多くの人からバッシングされた。そんなことをするわけがないだろうと叩かれた。ところが、20122月、現実のものになった。

 困ったのは、日銀の人たちだ。

 

・もう言い逃れはできない。何が日本経済のためになるのかを、真剣に考えてほしい。そうしなければ、この国から成長力が削がれる。その先に待っているのは、本物の「破綻」だ。

 

 

 

『築土構木の思想』  土木で日本を建てなおす

藤井聡   晶文社    2014/7/25

 

 

 

<世間は皆、虚言ばかりなり>

・「土木」というと、多くの現代日本人は、なにやら古くさく、このITやグローバリズム全盛の21世紀には、その重要性はさして高くないものと感じているかもしれません。

 とりわけ、「人口減少」や「政府の財政問題」が深刻化している、と連日の様に様々なメディアで喧伝され続けている今日では、今更、大きなハコモノをつくる様な土木は、時代遅れにしか過ぎないだろう、というイメージをお持ちの方は多いものと思います。

 しかし、今日私たちが信じている様々な常識が、実は単なる「虚言」(ウソ話)にしか過ぎないという事例には、事欠きません。

 

<築土構木の思想>

・この言葉は、中国の古典『淮南子』(紀元前2世紀)の中の、次のような一節に出て参ります。すなわち、「劣悪な環境で暮らす困り果てた民を目にした聖人が、彼等を救うために、土を積み(築土)、木を組み(構木)、暮らしの環境を整える事業を行った。結果、民は安寧の内に暮らすことができるようになった」という一節でありますが、この中の「築土構木」から「土木」という言葉がつくられたわけです。

 

・すなわち、築土構木としての土木には、その虚言に塗れた世間のイメージの裏側に、次の様な、実に様々な相貌を持つ、われわれ人間社会、人間存在の本質に大きく関わる、巨大なる意義を宿した営為だという事実が浮かび上がって参ります。

第一に、土木は「文明論の要」です。そもそも、土木というものは、文明を築きあげるものです。

 

第二に、土木は「政治の要」でもあります。そもそも築土構木とは、人々の安寧と幸福の実現を願う、「聖人」が織りなす「利他行」に他なりません。

 

第三に、現代の土木は「ナショナリズムの要」でもあります。現代の日本の築土構木は、一つの街の中に収まるものではなく、街と街を繋ぐ道路や鉄道をつくるものであり、したがって「国全体を視野に納めた、国家レベルの議論」とならざるを得ません。

 

第四に、土木は、社会的、経済的な側面における「安全保障の要」でもあります。社会的、経済的な側面における安全保障とは、軍事に関わる安全保障ではなく、地震や台風等の自然災害や事故、テロ等による、国家的な脅威に対する安全保障という意味です。

 

第五に、土木は、現代人における実質上の「アニマル・スピリット(血気)の最大の発露」でもあります。

 

第六に、土木こそ、机上の空論を徹底的に排した、現場実践主義と言うべき「プラグマティズム」が求められる最大の舞台でもあります。

 

<土木で日本を建てなおす>

・そもそも、今日本は、首都直下や南海トラフといった巨大地震の危機に直面しています。今日の日本中のインフラの老朽化は激しく、今、適切な対応を図らなければ、2012年の笹子トンネル事故の様に、いつ何時、多くの犠牲者が出るような大事故が起こるか分からない状況にあります。

 

巨大地震対策、インフラ老朽化対策については多言を弄するまでもありません。

 大都市や地方都市の疲弊もまた、日本人がまちづくり、くにづくりとしての築土構木を忘れてしまったからこそ、著しく加速してしまっています。そして、深刻なデフレ不況もまた、アニマル・スピリットを忘れ、投資行為としての築土構木を我が日本国民が停滞させてしまった事が、最大の原因となっています。

 だからこそ、この傾きかけた日本を「建てなおす」には、今こそ、世間では叩かれ続けている「土木」の力、「築土構木」の力こそが求められているに違いないのです。

 

<公共事業不要論の虚妄  三橋貴明×藤井聡>

<インフラがなくて国民が豊かになれるはずがない>

・(藤井)三橋先生は、みなさんもよくご存じの通り、いま政府が採用しているアベノミクスというデフレ脱却のための政策の、理論的バックボーンをずっと長らく主張されてきた先生です。ならびにかなり早い段階から、経済政策としてもインフラ投資をやるべきだというお話をされています。

 

・(三橋)もうひとつはですね、公共投資を増やし、インフラを整備しなければいけないというと、よくこういうレトリックが来るわけですよ。「財政問題があるから公共投資にカネが使えず、インフラ整備ができない」と。日経新聞までもが言いますよ。要は予算がないと。これは全然話が逆で、日本は政府にカネがないから公共投資ができないんじゃないんですよ。公共投資をやらないから政府にカネがないんです。

 

・(三橋)そこで、政府が増税やら公共投資削減やらをやってしまうと、ますます国内でお金が使われなくなり、デフレが深刻化する。実際、日本は橋本政権がこれをやってしまったわけです。日本のデフレが始まったのはバブル崩壊後ではなく、97年です。

 

・公共投資を増やせばいいじゃないですか。財源はどうするか。それは建設国債に決まっていますよ。公共投資なんだから、国の借金がいやなら、日銀に買い取ってもらえばいいじゃないですか。

 

<国の借金問題など存在しない>

・(三橋)いずれにしても「公共投資に20兆も使っているんですよ!」といわれると、国民は「天文学的数字だ!」となってしまう。国の借金も1000兆円とか。

 ただし、その種の指標は数値をつなげて考えなくてはいけない。GDPが500兆の国が、公共投資20兆というのは、むしろ少なすぎるだろうと。しかもこんな自然災害大国で。そういうふうに相対化して比較しなくてはいけない。

 

・もうひとつは、最近、私が発見して流行らせようとしているんだけど、いわゆる国の借金問題。正しくいうと政府の負債ね。あれって、日銀が昨年からずっと量的緩和で買い取っているじゃないですか。だから、政府が返済しなければいけない借金って、いまは実質的にどんどん減ってきているんですよ。まあ国債が日銀に移っているんだけど、日銀は政府の子会社だから、あんなもの返す必要がない。国の借金問題なんて、いまはもう存在しないんですよ、実は。

 

・(三橋)もうひとつ怪しいのがありまして、社会保障基金。あれも100兆円くらいあるんだけど、中身は国民年金、厚生年金、共済年金なんですよ。政府が政府にカネを貸しているだけ。こういうのも「国の借金!」としてカウントして、本当にいいのかと思う。とにかく入れるものは全部詰め込んで、「はい1000兆円、大変でしょう」ってやっている。

 

・(三橋)日本政府は金融資産が500兆円くらいありますから、一組織としての金融資産額としては世界一じゃないですか。アメリカよりでかい。そのうち100兆くらい外貨準備です。残りは先ほどの社会保障基金。共済年金や厚生年金の持っている国債だから、そういうのは、絶対に相殺して見なくちゃいけないんだけど。

 

・(三橋)全部「借金」に詰め込んでいるわけですよね。しかも日銀が量的緩和で国債を買い取っている以上、返済が必要な負債はなくなってきているのに、それでもそういうことは報道されない。

 

・(三橋)(デフレの悪影響は)過小評価されています。デフレがどれほど悲惨な影響を及ぼすか、わかっていない。マスコミは「デフレになると物価が下がりますよ」としか言わないじゃないですか。だから、何が悪いんだ、みたいな話になりますが、違いますよね。デフレ期は所得が減ることがまずい。さらに問題なのは、所得が減るとはつまりは企業の利益が減るということなので、次第にリストラクチャリングとか倒産・廃業が増えていき、国民経済の供給能力が減っていくわけですよ。供給能力とは潜在GDPですよ、竹中さんの大好きな。

 

・(三橋)デフレこそが、まさに潜在GDPを減らしていますよ。典型的なのが建設企業です。1999年に60万社あったのが、いまは50万社を割ってしまった。10万社以上消えた。これ、経営者が相当亡くなられています。自殺という形で。

 

・(藤井)建設業というのは、築土構木をするための技術と供給力を提供しているわけですが、その力がデフレによって小さくなってきている。それこそ、会社の数でいって6分の5にまで減少している。実際、会社の数だけではなく、それぞれの会社の働いている方や、能力などを考えると、その供給力たるや、さらに落ち込んで来ていることがわかる。労働者の数だって、かっては700万人近くいたのが、今では500万人を切っている。実に3割近くも建設労働者は減ってしまった。

 

・(藤井)つまり、公共事業を半分近くにまで大幅に削減すると同時に、デフレで民間の建設事業も少なくなって、建設産業は大不況を迎えた。その結果何が起こったかというと、わが国の建設供給能力の大幅な衰退なわけです。実は、これこそが、日本国家にとって、深刻な問題なんです。でも、一般メディアでも経済評論家たちも、この問題を大きく取り上げない。

 

<築土構木の思想は投資の思想>

・(三橋)しかもやり方は簡単なんだから。日銀が通貨発行し、政府がそれを借りて使いなさい、というだけでしょう。しかもですよ、環境的にやることが見つからないという国もあるんですよ。でもいまの日本は、もちろん東北の復興や、藤井先生が推進されている国土の強靭化とか、インフラのメンテナンスとか、やることはいっぱいあるんですよ。なら、やれよ、と。建設企業のパワーがなくなってしまったため、そちらのほうがボトルネックになっていますよね。

 

・(三橋)建設の需要がこのまま続くかどうか、信用していないんですね。またパタッと止まったら、またもや「コンクリートから人へ」などと寝言を言う政権が誕生したら、またもやリストラですか、っていう話になってしまいますからね。

 

・(藤井)さらに建設省の公共投資額という統計の農業土木という分野を見ると、昔はだいたい1兆数千億円くらいあったのが、いまはもう23千億円程度になっている。民主党政権になる直前は6千数百億円だった。でも、民主党政権下で60%も減らされた。

 

<朝日と日経が共に公共投資を批判する愚>

・(藤井)いまのお話をお聞きしていますと、いわば「アンチ政府」とでも言うべき方々の勢力、市場主義で利益を得られる方々の勢力、「緊縮財政論者」の勢力、「財政破綻論者」の勢力、といった重なり合いながらも出自の異なる4つの勢力がある、ということですね。つまり、仮にその4つがあるとすれば、その4つが全部組み合わせて作り上げられる「四すくみの四位一体」が出来上がって、それが一体的に「公共事業パッシング」の方向にうごめいている、というイメージをおっしゃっているわけですね。

 

<国の借金、日銀が買い取ればチャラになる>

<日本ほど可能性のある国はない>

・(三橋)安全保障面ではアメリカべったりで、ひたすら依存していればうまくいきました。もう1つ、大きな地震がなかった。1995年の阪神・淡路大震災まで大震災がなかった。国民は平和ボケに陥りつつ、分厚い中流層を中心に、「一億総中流」のいい社会を築いたんだけど、非常事態にまったく対応できない国だったことに変わりはないわけです。

 ということは、いまから日本が目指すべき道は、非常事態に備え、安全保障を強化することです。結果として、高度成長期のように中間層が分厚い社会をもう一回つくれると思いますよ。最大の理由は、デフレだから。デフレというのは、誰かがカネを使わなくてはならない。

 

・(藤井)外国はそれがグローバルスタンダードなんですね。ですからグローバル―スタンダードに合わせすぎると、日本もせっかくすごい超大国になれる道をどぶに捨てることになりますね。

 

 

 

『エコノミスト   2016.4.19』 

 

 

 

<識者7人が採点 黒田日銀3年の評価>

70点 失業率低下が政策の正しさを証明 2%未達は消費税増税が原因  (高橋洋一)>

・この3年の日銀を評価する基準は2つある。失業率とインフレ率だ。

 まず完全失業率は3.3%(2月時点)まで下がっている。金融政策は失業率に効く。失業率が改善しているから、期待への働きかけや波及経路は機能しており、量的・質的金融緩和(QQE)が正しかったことを示している。

 

・原油安によってインフレ2%を達成できなかったという日銀の説明は、短期的には確かにそうだが、34年で見ると影響はなくなる。消費増税の影響を見通せなかったので、結局、原油安を方便として使っている。

 

・日銀当座預金への0.1%のマイナス金利の導入は金融緩和として評価できる。

 

・金利を下げて、民間金融機関の貸し出しを後押しすれば、借りたい企業や人は出てくる。ビジネスをしたい人にとってはチャンス到来だ。

 

・国債などの政府債務残高は現在、約1000兆円。日本政府の資産を考えると、ネット(差し引き)で500兆円になる。そこに日銀を政府との連結で考えると、日銀が300兆円分の国債を持っているから、政府債務は連結すると200兆円ということになる。GDP比で考えると欧米より少ない。

 そして、日銀が出口戦略に入る時も国債を吐き出す(売る)ことをせずに、GDPが上がるのを待てば、日本政府の財政再建が実はもう少しで終わる。財政ファイナンスで最悪なのは、ハイパーインフレになることだが、今の日本はインフレ目標もあり、その懸念はない。国債も暴落しなくていい。何も悪いことない。

 

 

 

『最強国家ニッポンの設計図』  ザ・ブレイン・ジャパン建白

大前研一   小学館   2009/6/1

 

 

 

<核、空母、憲法改正、そして国民皆兵制もタブー視しない真の国防論>

<北朝鮮を数日で制圧するだけの「攻撃力」を持て>

・外交は時に戦いである。いや、むしろ国家と国家の利害が対立する場面ほど外交力が必要になる。そして時に「戦争」というオプションも視野に入れておかなければ、独立国家としての対等の外交は展開できない。

 

・本当に必要かつ十分な軍備とは何かを考えておく必要がある。

 

・自力で国を守るのは至極当然のことだ。大前提として戦争を抑止するには「専守防衛」などと言っていては駄目だ。

 

・具体的には、射程距離1000km以上のミサイル、航空母艦、航続距離の長い戦略爆撃機、多数の上陸用舟艇などを中国地方や九州地方に配備するべきだ。

 

<突然豹変して威圧的になるのが、中国の常套手段>

・ただし私は、中国との戦いは実際には起きないだろうとみている。中国が周辺国を挑発しているのは、侵略の意図があるからというより、実は国内の不満を抑えることが最大の目的だと思われるからだ。いま中国政府が最も恐れているのはチベット問題や新疆ウイグル問題、あるいは法輪功、失業者、農民等の不満による内乱がある。それを避けるためにはあえて国境の緊張を高めて国民の目を外に向けようとしているのだと思う。

 

<国民皆兵で男女を問わず厳しい軍事訓練を経験させるべきだ>

・ただし実際に「核兵器」を保有する必要はない。それは敵を増やすだけだし、維持するのも大変なので、むしろマイナス面が大きいだろう。国家存亡の脅威に直面したら90日以内に核兵器を持つという方針と能力を示し続け、ロケットや人工衛星の技術を高めるなど、ニュークリア・レディの技術者を常に磨いておくことが重要だと思う。また欧米の同盟国に日本のこうした考え方を説明し納得してもらっておく必要がある。

 

・ソフトウェアの第一歩とは、すなわち「憲法改正」である。現行憲法は再軍備をしないという条文しかないので、開戦と終戦の手順はもとよりそれを国会がきめるのか首相が決めるのか、といったことすら想定していない。自衛隊についてもシビリアン・コントロールについても定義は明確ではない。つまり今の日本には“戦う仕掛け”がない。

 

<中国の人権問題を「ハードランディング」させると7億人の農民が世界を大混乱に陥れる>

 

<中国政府が気づかない「2つのズレ」>

・いま中国政府が理解すべきは自分たちが考える常識と世界が考える常識がズレている、ということだ。ズレは2つある。

 

・一方、中国は今もチベットや新疆ウイグルなどを征服したという認識は全くない。

 

・もう一つのズレは、中国が宗教の自由を認めないことである。

 

<台湾もチベットも独立させて中華「連邦」を目指せ>

<私の提案に賛同する中国指導者たちは、起て!>

・現在の中国で国民に自治と自由を与えたら、不満を募らせている7億人の農村戸籍の人々が都市に流入して大混乱が起きる。力と恐怖による支配を放棄すれば、暴徒化した農民たちが中国人資本家や外国人資本家を襲撃して富を略奪するかもしれないし、第2の毛沢東が現れて、より強力な共産国家を作ってしまうかもしれない。

 

・なぜ、国民に移動の自由さえ与えていないのかを真剣に考えたことのない欧米諸国が、自分たちの基準を中国に当てはめて、人権だと民主主義だのとなじることも間違いなのだ。

 

<「世界に挑戦する日本人」第4の黄金期を築け>

<世界に飛び出せない“偽エリート”の若者たち>

・どうも最近の日本人はだらしない。基本的な能力が低下しているうえ、気合や根性もなくなっている。

 私は、アメリカのスタンフォード大学ビジネススクールやUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で教えていたが、クラスにいた日本人留学生は実に情けなかった。

 

・英語こそ、そこそこのレベルではあったが、中国、韓国、ヨーロッパ、中南米などの他の国々から来たクラスメートの活発な議論に加わることができず、覇気がなくてクラスへの貢献もあまりできていなかった。

 

・私は、若い頃、アメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)大学院に留学した。1960年代の後半である。あの時代は、日本を離れる時に家族と水杯を交わし、博士号が取れなかったら日本に帰れないという悲壮な覚悟で太平洋を渡った。実際、博士号が取れずにボストンのチャールズ川に投身自殺したクラスメートもいた。留学中の3年間、私は(お金がないせいだが)一度も帰国しないどころか自宅に電話さえかけなかった。

 ところが今の日本人留学生は日常的に携帯電話で自宅と連絡を取り、嫌になったら簡単に逃げ帰る。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)より

 

<高橋洋一>

(主張)

増税する前に、まず政府の無駄な出費を減らすことを主張する、上げ潮派の論客。1998年から在籍したプリンストン大学ではベン・バーナンキの薫陶を受けた。いわゆるリフレ派であると目される。

 

(埋蔵金)

2008年(平成20年)には、いわゆる「霞が関埋蔵金」が存在すると主張し、翌年に発生した世界金融危機に際しては、政府紙幣の大量発行によって景気回復を試みるよう提言した。

 

(日本の財政について)

財務省時代に国のバランスシートを作成(2012年現在は財務書類という名称で公表)し、国の借金は900兆、資産は500兆、差し引き400兆の負債であり、これを踏まえて財政を論議しなければならないと、増税を主張する財務省やマスコミを批判している。

 

日本の財政再建のためには、大胆な金融緩和によるリフレーション政策で経済を成長させ、税収の自然増を図るべきであると主張している。また2013年の時点で「日本は世界1位の政府資産大国」であり、国民1人あたり500万円の政府資産があり、売却すれば金融資産だけで300兆円になると主張している。

 

(日本銀行批判)

大蔵省在籍中から、日本銀行による金融政策への批判を繰り返してきた。構造改革論が盛んに論じられた2002年には、構造改革の模範と目されたニュージーランドがかつて、金融政策によってデフレーションに陥る危機を脱したことを指摘、インフレーション目標を採用しない日本銀行を批判した。

 

日本銀行はハイパーインフレーションを恐れ、紙幣の大量発行を拒否しているが、40兆円の需給ギャップがあるのでそうはならないとも主張している。その後、銀行の持つ国債を日銀がデフレ(需給、GDP)ギャップ分の30兆(20124-6月は10兆(朝日新聞))円分引き取り、紙幣を供給する政策も主張している。

 

2012年現在の金融政策について、「日銀が100兆円ほどの量的緩和をすれば株価も5000円程上昇、そうしないと日本の景気回復(デフレ脱却)とはならない。今の日銀の5-10兆円での量的緩和では、海外からは見劣りし周回遅れである」と批判している。

 

アベノミクスの三本の矢で最も重要なのは『金融緩和である』としている。

 

 

 

『日本は世界1位の政府資産大国』

高橋洋一   講談社   2013/10/22

 

 

 

<日本国の資産総額は629兆円>

2013年夏、国の借金が初めて1000兆円を超えたと報道された。財務省が8月9日、「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」の数字が10086281億円であると発表したからだ。

 

・なぜなら、「国の財務書類」のバランスシートには、財務省にとって不都合な事実が書かれているからだ。2012年3月末現在のバランスシートには、「負債合計1088兆円」、そして「資産合計629兆円」とある――。

 

 実は、財務省で日本国のバランスシートを初めて作成したのは、筆者だ。借金が大きいことを主張し、財政再建の重要性をいってきた主計局では、資産総額が明らかになることには反対で、筆者が国のバランスシートを実際に作ってから公表されるまでに10年程度の時間を要した。

 IMF(国際通貨基金)などの国際機関では、国の負債の大きさに言及するとき、資産を引いた「ネット債務」で見るのが普通だ。資産を無視して負債だけを見るのは適切でない。

 

・しかも日本の場合、資産の中身が問題だ。現金・預金17.7兆円、有価証券97.6兆円、貸付金142.9兆円、運用寄託金110.5兆円、出資金59.3兆円の、合計428兆円もの金融資産がある。運用寄託金は年金資産だからまだいいとしても、有価証券は外国為替資金特別会計で為替介入した結果できた主にアメリカ国債を中心にした資産、貸付金と出資金はいわゆる特殊法人等への資金提供だ。

 

・まず、変動相場制を採る国では、これほど大きな外為資金を持たない。政府が為替に介入するのは好ましくないという国際的な統一見解が定着しているからだ。また、いわゆる特殊法人等は官僚の天下り先として問題になっており、先進国でこれほど広範な政府の「子会社」を持っている国もない。

 

・また、貸付金と出資金は、いわゆる特殊法人等を民営化すれば処分できる。しかし日本では、天下り先確保のために、民営化は頓挫している。その一方で、財政危機だといって、資産の処分を回避して増税する……。これでは国民を苦しめる一方で、官僚は天下り先を確保することになってしまう。

 国の資産処分は財政危機に陥った国ならどこでもやっていること。それをやらないというのなら、日本は財政危機とはいえないだろう。

 

・IMFの対日審査――筆者も財務省時代に経験したが、実は日本のいうことを、そっくりそのままIMFが書いているだけだ。もうすこし丁寧にいえば、「起案:日本」「書き手:IMF」の共同作業なのだ。

 

・このように、日本に住んでいるのであれば、新聞やテレビの情報を当てにしてはいけない。こうしたほんの少しの義憤を感じて、私は本書を書いた。

 

・日本には1000兆円を超える見かけ上の債務はあるが、約630兆円もの「政府資産」が存在する。筆者が2011年に調べたとき、アメリカの「政府資産」は約150兆円だった。すると日本政府は、GDPが3倍も大きいアメリカ政府の、4倍以上にもなる巨大な資産を持っていることになるのだ。

 

<役人が狙う年金準備金100兆円>

114兆円の年金基金GPIF>

・GPIFは、日本のGDPのおよそ4分の1の運用資産を持つ世界最大級の年金基金である。

 

・一方、桁が一つ違う資産規模を扱っているGPIFの職員数は、2010年4月時点で75人しかいない。この人数で真っ当な運用ができるはずもなく、これこそ、丸投げしている証拠である。

 なお、ポイントは積立金を株などで市場運用しているということ。アメリカでは、連邦老齢遺族傷害保険(OASDI)は200兆円程度の積立金を持っているが、すべて非市場性の国債の引受であり、株などの運用はしない。

 私がアメリカ政府関係者に「NO」といったのは、年金資金の市場での運用ほど、国が行う事業として不適切なことはないからだ。

 「わざわざ国が国民から強制的に年金保険料を徴収し、それを国民に代わって財テクする理由がわからない。積極運用が好きな国民なら、自分で財テクすればいいのだから」アメリカ政府関係者には、そんなふうにいった記憶がある。

 

<年金がたばこ株を持つとどうなる>

・そうこうしているうちに、当時のクリントン大統領が公的年金の株式運用をぶち上げてしまった。ところが、アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)議長のグリーンスパン氏をはじめとして、株式市場への介入に対する反対論が相次いだ。旗色が悪いと感じるやいなや、クリントン大統領はあっさりと提案を撤回した。

 そのときの、グリーンスパンの言い分がきわめて興味深かった。私が主張したように、市場での運用は政府の活動として不適切だという一般論に加えて、次のような論理を展開したのである。

「政府は健康のためにたばこ会社に対して厳しい措置をしなければいけないが、そのときに公的年金でたばこ会社株を持っていたらどうするのか」非常にわかりやすい。

 

<年金で株を運用する真の狙い>

・これに対して、大半の市場関係者は賞賛の声をあげたが、果たして本当にそうだろうか。先述した通り、国が財テクをしても、責任の所在がひどく曖昧だ。組織の状態を変えず投資に積極的になれば、それこそ莫大な損失を抱える可能性が生じる。

 

・なお、この運用資産の組み入れ構成を変化させる理由について、役人は、「少子高齢化で加入者が減る一方、受給者は増える。運用利回りの改善が必須」と主張する。投資が成功するのが大前提となっている。実際には1993年から2013年までの20年間におけるGPIFの運用成績は、とんでもないが芳しいとはいえない。

 

<インフレで喜ぶのは資産家だけか>

・全体を見渡せば、株高によって年金運用がずいぶんと楽になったという事実がある。

 201210月から12月における、厚生年金と国民年金の公的年金積立金を運用するGPIFの運用益は、約5.1兆円。公的年金の保険料は30兆円程度なので、この運用収入は大きい。

 

<担当者一人で年金運用ができる妙手>

・GPIFを通じた株式の運用から物価連動国債の引受に――これでGPIFを即刻廃止することもできるし、厚労省の担当者一人だけで行える話だ。この担当者は、「今月はいくら買います」と、財務省に電話すればいいだけなのだから。

 

・こうした提案に反対するのは、GPIFだけではない。GPIFから運用委託を受けている民間の金融機関もそうだ。100兆円を超える資産を運用し、その信託報酬を0.1パーセント取れただけでも、金融機関には手数料として1000億円が転がり込む構図になっている。金融機関にしてみれば、年金運用は外為資金の運用とともに、とてもおいしい仕事なのだ。

 

<国民が年金運用先を選ぶ制度>

・現状では、政治家やマスコミは年金の危機を訴えたり、その運用に疑問を唱えたりするが、その主張はGPIFといった組織の存続を大前提としている。しかし、GPIFの存続を許せば、既得権益の存続を許し続けることとなり、結果的に国民の年金を危機に陥らせることにつながりかねない。

 つまり、GPIFの組織そのものを廃止・縮小できるかどうかが、年金改革の根幹になるともいえる。

 

・国民から日本年金機構、日本年金機構からGPIF、GPIFから金融機関という形でカネが流れているが、国民が直接、金融機関に納入できるようになれば、日本年金機構やGPIFのような中間搾取団体をなくし、無駄なコストカットもできる。

 今後、政治がGPIFにどのようなメスを入れるのか――国民はそこに注目しなければならない。

 こうした日本国の仕組み自体を根底から変える改革が成功すれば、2020年には、日本の成長率を実質3パーセント以上に引き上げることもできる。

 

<天下り法人を廃止する方法>

・莫大な資産を保有するとは、裏返せば、政府の外郭団体が非常に大きいということを意味している。多くの外郭団体や特殊法人に資金を融資しているから、結果的に資産が巨額になる。そして、融資の見返りとして天下りポストを拡大するのだ。

 この意図で霞が関が作った特殊法人や独立行政法人は、実に約4500。そこに25000人が天下りし、国費が12兆円も注ぎ込まれた。この数字を見れば、日本の公務員の数が少ないというのもまやかしだということがわかる。こうした法人で働く人間も、実質的には「公務員」だからである。

 

300兆円は容易に捻出できる>

・バランスシートが苦手な学者やマスコミは、この財務省の言い分を鵜呑みにし、そのまま発言するが、これが真っ赤な嘘であることは、バランスシートをチェックすればわかる。

 金融資産428兆円の内訳を見ると、有価証券97.6兆円、貸付金142.9兆円、出資金59.3兆円、運用寄託金110.5兆円など。財務省が取り崩せないとする年金の積立金(運用寄託金)は、110.5兆円で、資産の2割程度だ。財務省の「多くは社会保障の積立金」という表現は、詐欺的であることがわかるだろう。それ以外の300兆円くらいは、すぐに売れるはずだ。

 

<日本再生の3段階とは>

・小泉改革から取り組みが始まった政府資産の圧縮は、官僚べったりで財務省に牛耳られていた民主党政権下で完全に骨抜きにされ、ひたすら政府は増税へと歩を進めた。そして財務省は、自民党政権に替わったいまも、ホップ、ステップ、ジャンプで大増税を企んでいる。

 逆に、日本の再生への道筋を、この財務省の3段階の増税路線になぞらえれば、次のようになる。

 

・ホップは「経済成長」。デフレを解消するとともに経済成長政策によって少なくとも名目4パーセントの成長を達成し、税収増を目指す。

 ステップは「埋蔵金」の拠出。政府資産は、元はといえば、税金から形成され他国民の資産である。国民のために使わずに、政府が温存し、官僚が自分たちのために使い、なおかつ国民にさらなる負担を求めるのは、とんでもない話だ。

 ジャンプは「公務員人件費カット」。国家公務員や地方公務員の人件費を2割カットすれば、6兆円の財源ができる。これが毎年使えるようになるのだ。国民感情からいっても、増税して国民に負担を強いる前に公務員が血を流すべきだ。

 

<無駄遣いしても5兆円の埋蔵金が>

・特別会計の余剰金はまだまだある。

 たとえば、厚労省所管の労働保険特別会計には、数理に基づいた保険料が設定されていないために、「私のしごと館」など無駄遣いをしても埋蔵金が5兆円程度あったのだ。

 

<財務省の増税三段跳び>

・財務省の戦略は「増税一直線」。ホップ、ステップ、ジャンプの増税三段跳びだ。これは、東日本大震災直後、不謹慎にもいわれていたことである。

 震災直後には、復興財源のために増税が行われ、その次は社会保障のための消費税増税が行われる。これら増税は復興や社会保障に充当するので、直ちには財政再建にはつながらない。その後に、本格的な財政再建増税になる。ホップが復興増税、ステップが社会保障、ジャンプが財政再建という三段階大増税計画だ。

 

<消費税の社会保障目的税化の罠>

・財務省が民主党政権を使って導いた消費税の社会保障目的税化は、理論的にもあり得ない。まず、所得の再配分、給付と負担の明確化という社会保障の二大原則に反している。

 消費税と所得税の性格からいっても、消費税を社会保障財源にするのはおかしい。

 

・根源的なことをいえば、そもそも消費税が国税になっているのがおかしいのだ。

 日本ではなぜ、消費税が国税として徴収されているのか。消費税はフランス大蔵省が発明したもので、徴税コストが安いうえ、大きな税収が得られる優れた税。だから財務省が、安定的な財政収入を確保するといって話さないのだ。

 

 つまり、消費税を社会保障目的税化すれば消費税を国税として固定化できる――これが財務省の社会保障と税の一体改革の狙いなのだ。

 

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