2016年4月9日土曜日

「歯がはえて生まれた子」に属する「異形誕生児」について考えを進めると、異形誕生児=「神の化身」「神の子」「神の申し子」という図式が浮かんでくる。(1)


 

 

『鬼の系譜』

佐藤秀治    文芸社  2004/11

 

 

 

<童子生誕伝承とは>

・この「森立峠」を境とした栃尾側の山村の名を「軽井沢」という。この軽井沢には、昔から鬼の子が生まれたという伝承があり、そのことを内外に証拠付ける次のような柳田國男の記述がある。

「(前略)……越後にも一箇所あって、今の古志郡荷頃村大字軽井澤(現在の栃尾市軽井沢)、茨城善次右衛門はこれ其生家と称し、連綿として若干の記憶を傳へて居た。例えば、家の背後に童子が住んだといふ岩屋、それは崩れて其跡に清き泉沸き、流れの末には十坪ばかりの空地あって、童子出生の地と称して永く耕作をさせなかった。悪人に対する記念では無かったのである。……(後略)」

 鬼の姓は「茨木」といい、悪人として受け止められていないことやここ軽井沢の他にも生誕伝承を語り継ぐ土地があるらしいことが読み取れる。

 

この鬼とは、茨木童子のことである。茨木童子とは、「羅城門の鬼」「一条戻橋」「綱屋敷」「茨木」など歌舞伎や能や謡の世界で登場している鬼である。昭和の時代には、茨木という鬼について知らずとも、源頼光の四天王としての一人、渡辺綱と戦った鬼の話となれば、ほとんどの世代が知っていたと思われる物語である。また、『御伽草子』の中の「大江山」の鬼の首領、酒呑童子の参謀・片腕といったほうがわかりやすいかもしれない。

 

・この軽井沢を中心に荷頃村(北荷頃・一ノ貝・比礼・軽井沢)、栃尾市の西谷地区一帯に流布する童子の生誕にかかわる伝承はおよそ次のようなものであった。

 長岡市の東側には越後山脈が連なる。その越後山脈の手前には、海抜は低いが東山連峰がある。その東山連峰の裏側が栃尾市である。長岡の悠久山から、かつて国民宿舎があった「八方台」に続く道はつづら折の急坂で、山頂付近の分岐点を「森立峠」という。森立峠を栃尾側に下るところが、茨木童子誕生の伝承が残っている軽井沢集落である。

 童子は大同元年(806)に、ここ軽井沢に生まれたとされている。童子の生家は、門名を「西」といい、村の中心部に広大な敷地を有した豪農であった。

 

14カ月の間、母親の胎内に留まって生まれ出たという生誕逸話は、生まれながらにして人の子のルートから逸脱し、神がかり的な人知を超えた存在だという側面を際立たせている。加えて生まれ落ちたときは、髪長く、眼光鋭く、牙が生えて、その強盛さはすでに成人の域を超えていたというのである。しかし、幼年期を迎えると利発で絶世の美男子に変貌する。成長するにつれますます美しく、才気溢れ、腕力も他に比較する者もなかったという。

 そんな童子の美しさに言い寄る女性は数知れず、近隣の村々から一目逢いたいと年頃の女性の行列が後を絶たず、恋文・投げ文のたぐいはついぞ絶える日がなかった。そこで、童子の行く末を大いに案じた両親は寺に相談し、泣く泣く越後一宮の弥彦神社に稚児に上げることを決心したのであった。弥彦で寺社の仕事に携わるかたわら学問や妖術を習う機会を得て、知力はますます増したという。

 

・このように、童子が鬼と化した時を同じくして、同様に数奇な運命のもと鬼と化した国上寺の侍童・酒呑童子(新潟県西蒲原出身)は寺から追い出された。そして、すでに親交を結んでいた茨木童子の生家で合流し、一時屋敷内の窟でともに野獣のごとき身なりで暮らし、その後、鬼倉山の洞窟に移り棲み、まな板岩の上で小動物を料理しては、毎日のように村中を荒らし回り悪行の限りを尽くしたという。

 

・それから幾年月が過ぎ、時代も移り変わり、茨木のことなど人の記憶から消え去った頃、都から来た旅人の一夜の語りから、京都での鬼たちの小気味よい活躍の様子を聞き、「ああ、あれがわが軽井沢の茨木ではないか」と人々は口々に言い合い、それが英雄誕生秘話を引き寄せ、語り継がれながら伝承は形成され、今日に至ったものと私は受け止めている。

 

 

<鬼子 稚児 童子>

<鬼子>

・『広辞苑』によれば、「親に似ない子」「おにっこ」、「鬼のように荒々しい子」「歯がはえて生まれた子」とあり、「親に似ない子」「おにっこ」は、通常な意味について、「鬼のような荒々しい子」とは比喩的な使われ方、「歯がはえて生まれた子」は、異形誕生児のこととある。

 

・よって、慶長年間の九州地方では、歯、爪、髪などが過剰な赤子を「鬼子」と呼んでいたことが推測される。

 それを受けて「歯がはえて生まれた子」に属する「異形誕生児」について考えを進めると、異形誕生児=「神の化身」「神の子」「神の申し子」という図式が浮かんでくる。それはそのまま、「強い生命力」「神聖で犯さざるもの」という意味も付随する。なぜ、そのようなことに簡単に結びつくのかという臆測と、現実には果たして誰の子かわからないという、出生秘話のただ事ではない、そこにはまた、『異類婚』としての側面も覗かせている。「神と人との子」「魔物と人の子」「動物と人の子」………生まれ落ちた子たちである。関連するものとして、鬼神の中に「鬼子母神」という女神がいる。鬼子母神とは「子育て・安産」の神として、人々から厚い信仰を受けている。

 

<授かりし神の子、申し子>

・しかし、秘密裡に子育てしたにしろ、異形の子どもであったがゆえに、他の子供と違った側面をいやがおうにも際立たせた。それは粗暴だったり、この世にない美男子だったりした。父親は、霊鬼であって、鬼神である。「神の子」とも「鬼の子」ともいえる。平安朝以後は、神の「申し子」として出生する。人間の祈願に応じて生まれたもの。神と人の神婚によって生まれたもの。鬼が山神や祖霊であるとするならば、「鬼の子孫」という伝承は一族がケガレるという側面だけでなく、誇りを持って語り継ぐはずではなかったのか、という思いが浮かんでくる。やはり異類婚として、父親が不明ということが敬遠される要因なのかもしれない。あるいは妬み、あるいは人を近づけないようにしようとする意図が隠されているのかもしれない。

 

鬼と人間の異類婚姻、つまり島国としての単一民族の思想がそこに隠されているような気がする。

 

<「鬼子」の風習>

・夢の中に異人を見ると必ず鬼子をはらむものといわれ、その子を柳の枝に掛けておくと一夜過ぎれば失せてないとされている。

 

・一方、歯が早く生える子を、出世が早いと喜ぶ地域もある。

 

・人間の異形には「出来すぎ」もあった。

 

・大男も「異端」のうちに入った。

 

・長崎県五島の久我島では、母親が33の年に女の子を産むと、鬼子として「拾い親」を持たせるが、男の子を産めば大喜びする。

 

・「鬼子の孝行」といって、親に福をもたらす鬼子の昔話も多い。鬼は富と結びついて、鬼子は富とともに、山からもたらされたケースが話の基盤になっている。

 

屋久島には、オンノコヤキバとかオンノコヤキハマといって歯が生えた子を焼いた場所があるという。

 

<「鬼子殺し」の伝承>

歯が生えて生まれるほどの異相の子を儲けると、たいていは動揺して即座にこれを殺した。こうすることによって、酒呑童子や茨木童子の追随する悪業の根を絶ったのだ。その代わりに、道場法師や武蔵坊弁慶のごとき、絶倫の勇武強力を発揮する機会をも与えなかった。天下太平の世になれば尚のことであったと思われる。ただ、鬼子の生まれたときの対処法が、その時代ごとに社会通念としてすでに決まっていたことに注目したい。

 

・世に受けられない鬼子の運命は、殺されるか、山へ捨てられるか、寺にやらされるかであった。山も寺も他界である。

 

・霊山には、遠い古代から山の神の産育に関する信仰が伝わっており、霊山のあるところ、厚く山の女神が尊崇され、神子誕生の伝承が信じられていた。

 

・異類婚で生まれた子は、霊力が宿っている。「聖なるもの」は、異形誕生するという観念の表れがあり、祈願により生まれた「申し子」であることが必要だった。

 

・鬼子と呼ばれたものたちの外見上の特徴として以下のようなものがある。

・生まれたときに、歯が生えていた。

・生まれ落ちたとき、大きさが3歳児くらいであった。

眼が三つ。両眼の他に額に一つ眼がある。

・口広く耳まで裂け、上下の顎には二本ずつ牙のような歯が生えていた。

全身が異様なほどに赤く、まるで血を全身に浴びたようだった。顔の色が赤く、その赤は朱色に近い。

・髪は長く、おかっぱ頭くらい。

・立って三歩歩く。生まれてすぐに踊りだす。

・立ち上がって歩き始め、とっとと走り出した。

・自分の体を母親の産道から引きずり出した。

角が生えていた。

・母の胎内に十数カ月から数年間とどまる。

・生まれてすぐに母親を一口で食った。

 

(童子)の定義の一つ。 菩薩の意称。仏・如来の王子であるからいう。菩薩・明王などの眷属

(童子) 能面の一つ。童顔の神仙を表す男面。

・(稚児)の定義。 神社・寺院などで、祭礼・法楽などの行列に美装して出る男女の児童。男色の相手方である少年。

 

<童子姿の意味とは>

・童子姿は、老いとはまったく無縁なこと。仙境の王のイメージに対応している。いわゆる普通の人間の少年ではなく、永遠の若さを象徴する神仙の化身として、優雅で妖精的な神秘に満ちているのである。童形に特異な霊力が宿るという主張である。古代、中世にかけて、髪をザンバラにすることは、呪力、神の力があると信じられていた。童あるいは童形の人は、少なくとも中世前期までは、「聖なる存在」として、人ならぬ力を持つとされていた。特異な霊力は、古代、中世の子供が、霊界(神と鬼の世界)と人間界の中間的存在で、聖俗両界を自由に往来し、かつ、そのどちらにもとどまらない境界性・性的中立性・未成人としての社会的周縁性を持つものであった。

 酒呑童子の本質は竜王(水神)であり、竜王は多く童子姿で現れた。絵巻の絵師が、酒呑童子を雷神(水神)に見立てていたことは明らかである。雷神も水神だから、落雷すると童形になる。

 

・天皇の柩を担う駕神輿丁であった八瀬童子は、非人の職能の一つであった葬送に関与したことから童子すがたであった。

 ついでに天狗と稚児の関係についても言及しておこう。天狗は、古くから近代にいたるまで人をさらうといわれる。中世では、特に稚児を好んだ。稚児は寺僧たちにとって愛玩執着の対象であった。東大寺の稚児が殺害される事件などでは、諸大寺と力を合わせ強訴を起こし、いかに重大であったかがわかる。天狗による稚児の誘拐が寺同士の合戦にまで及ぶこともあった。

 

 

 

<●●インターネット情報から●●>

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)より

 

<茨木童子>

茨木童子(いばらきどうじ)は、平安時代に大江山を本拠に京都を荒らし回ったとされる「鬼」の一人。茨城童子と書くこともある。酒呑童子(しゅてんどうじ)の最も重要な家来であった。

 

出生地には、摂津国(大阪府茨木市水尾、または兵庫県尼崎市富松)という説と、越後国(新潟県長岡市の軽井沢集落)という説がある。生まれた頃から歯が生え揃っていた、巨体であったなど周囲から恐れられ、鬼と化した後は酒呑童子と出会い舎弟となり、共に京を目指した。

 

酒呑童子一味は大江山(丹波国にあったとされるが、現在の京都市と亀岡市の境にある大枝山という説もある)を拠点にし、京の貴族の子女を誘拐するなど乱暴狼藉をはたらいたが、源頼光と4人の家臣たち(頼光四天王)によって滅ぼされたという。 しかし茨木童子は逃げ延びたとされ、その後も頼光四天王の一人である渡辺綱と一条戻橋や羅生門で戦った故事が後世の説話集や能、謡曲、歌舞伎などで語り継がれている。

 

 

 

『祭祀と異界』

渡来の祭りと精霊の行脚

前田憲二    現代書館   2015/5/1

 

 

 

鬼の子孫・八瀬童子の赦免地踊り>

<八瀬の歴史的背景>

・八瀬は主に農林業を中心に、若鮎、小鹿、山菜などを収穫し、天皇家に献上してきた集落だ。天皇成立期より天皇家との連携は深いと考えられるが、文献によれば中世以後、御所との繋がりは親密で、16歳を過ぎた男子は八瀬童子と呼ばれ、天皇の行幸(御行)のときは必ず駕輿丁(かよちょう)として出仕することが慣例になっていた。そのため八瀬の人びとは御所への出入りが許されていた。

 

 日本でもっとも古い祭事は、京の「葵祭り」(賀茂祭り)だろう。この祭事の特色は天皇家を護衛する要人と、その連隊が御所を出発し下鴨神社(賀茂別雷神社)を御練して、武射神事、走馬、競馬会、烏相撲などの神事を行なうことである。葵祭りは朝鮮三国のひとつ新羅渡来の秦氏が、京開拓の儀式として伝承してきた祭事だと考えられている。

 

ではなぜ八瀬童子は「鬼の子孫」と呼称されたのだろうか。

池田昭の『天皇制と八瀬童子』(東方出版)ではこのように記している。少々長くなるが写してみる。

 いずれにせよ、室町末と徳川前・中期の伝承では、八瀬の人々は門跡ないしは座主が冥府に従来するさいに供奉下二鬼の子孫であると考えられていた。

 このような意味の鬼の子孫の伝承と類似した伝承のある人々に、奈良県吉野郡下北山村前鬼の人々がある。修験道の改組、役小角に従った前鬼と後鬼がこの地に住み、その子孫の五鬼はこの地の人々であると云われている。社会的にみると、両者には、座主・問跡と開祖の違いがあるにせよ、彼らは共通し宗教的首長に仕える従者である。

 そのうえ、八瀬の人々も、宗教的(とくに仏教的)にみると、彼らは共通し、矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制吨迦童子(せいたかどうじ)という二鬼の護法童子の伝承ももっていた。そうすると、彼らは、たんに宗教的首長に対する従者であったばかりでなく、矜羯羅童子のもつ随順さと制吨迦童子のもつ浄め二つの意味ないしは機能を供えた従者でもあった。

 

 

 

『鬼の風土記』

  服部邦夫  青弓社   2006/8

 

 

 

<酒呑童子>

・この鬼の面から受ける印象は、“落魄した鬼”のイメージだ。現に国分寺の鬼夫婦は、人間夫婦に姿をやつして、下男下女の存在にまで身を落さざるをえない状況に置かれていたのである。大江山を根城として、一大王国を誇っていた頃の、あの華々しい鬼どもの存在ぶりから見ると、まるで嘘のようである。

 

・よろいかぶとに身を固めた頼光たちは、首尾よく酒呑童子をはじめ茨木童子、いくしま童子、とらくま童子、かね童子や門を固めていた十人余りの鬼どもをことごとく討ち果たした。

  何々童子と呼ばれているこの鬼どもは、いったい何者であったか・・・。

 

越後の柏崎地方に弥三郎婆の伝説があることは、高木敏雄の『日本伝説集』によって広く知られているが、良寛ゆかりのこの山にも、稚児をさらう弥三郎婆の伝説と酒呑童子の伝説が残っている。

 

・伊吹の弥三郎伝説が、15世紀初めに成った説話集『三国伝記』に収められていることを、佐竹昭広氏の著書によって知ったが、その『三国伝』によるとー伊富貴山に弥三郎という変化の者が栖んでいた。遠く関東や鎮西まで往還し、人家の財宝を奪ったり、さまざまの害をおよぼしたので、当国の守護である佐々木備中守源頼綱が勅命によって弥三郎退治に出かけた。頼綱は、摩利支天の秘宝や陰形の術を修得して、高時川で弥三郎を退治した。その後、弥三郎の怨霊が毒蛇に変じて水害をもたらしたので、悪霊をまつって井明神と号したという。

 

お伽草子の「伊吹童子」の中では、弥三郎は近江国の大野木殿という有徳人の娘と通じたことになっており、いわゆる蛇聟入苧環(おだまき)型の求婚譚が展開されている。そして、弥三郎は大野木殿から好物の酒の接待にあずかって酒を飲みすぎたあげく命を落とすハメとなっている。その後、三十三カ月も胎内に宿って生まれた異形の子が伊吹童子である。運命の子は、大野木殿によって伊吹の山中に捨てられる、という“山中異常出生譚”として話が進行している。

 

・佐竹氏は、右の著書の中で伊吹童子が山中の“捨て童子”だったことから「伊吹山中の捨て童子は、後の酒呑童子である。シュテン童子の前身を捨て童子だったとする“伊吹童子”は、シュテン童子なる者の原像をはからずも露呈しているかのようだ」と指摘されている。

 

 

 

『私はアセンションした惑星から来た』

(金星人オムネク・オネクのメッセージ) 

 (オムネク・オネク) (徳間書店)2008/3

 

 

 

 <金星人、火星人、土星人、木星人の特徴>

現在、アーリア人という呼び名で多くの人々が知っている白色人種は、金星から来ました。私たちはしばしば背の高い“天使のような存在”として、あなた方の世界のUFOコンタクティたちに語られています。私たちの身長は通常2メートル15センチから2メートル40センチほどで、長いブロンドの髪と、青また緑色の瞳をしていることでよく知られています。

 

黄色人種は火星から来ました。彼らは、細身で背が低く、髪は金色または濃い茶色をしていて、肌はオリーブ色から黄色がかった感じの人たちです。目は大きく、つりあがっていて、瞳の色は灰色から濃い茶色の間で人それぞれです。火星人は秘密主義の傾向があり、SFのイラストに描かれるような、幾重にも重なった精巧な未来都市を築いていることで知られています(火星人の生命波動も地球人の物理的な密度のものではありません)。火星人は東洋や太古のスペイン民族の歴史と関係しています。

 

地球を訪れた赤色人種は土星系の人たちでした。彼らは、最初は水星で進化を遂げていました。ところが水星の軌道が変わり、太陽により近くなってしまったために生存環境が厳しいものになり、彼らは、土星へ移住したのです。土星人の髪は赤色から茶色で、肌は赤らんでいて、瞳は黄色から緑色をしていることで知られています。体格は背が高く、がっしりとしていて、太陽系内では、筋骨たくましい人たちとして知られています。アトランティス人やネイティブアメリカンはそれぞれ土星人を祖先にもつ民族のひとつです。中でもエジプト人とアステカ族は、とりわけ土星人の影響を強く受けています。

 

黒色人種は木星系で進化を遂げた人たちです。彼らは、背が高く、堂々たる風貌をしていて、顔のサイズは大きく、角張った顎をしています。髪の色はつややかな深い黒で、瞳は茶色から青紫です。木星人はその声の美しさと、隠し事をしない開放的な性格でも知られています。彼らの子孫はアフリカやその他の地域に分布しています。

 

 

 

 『鬼』 

 (高平鳴海、糸井賢一、大林憲司)(新紀元社)1999/8

 

 

 

 <鬼はなぜ童子とよばれるのだろうか?>

童子とは、つまり元服前の稚児を示す言葉だが、童子はいわば蔑称で、時の支配者らが用いた言い回しである。鬼は確かに人々を驚かしていたが、その力を認めたがらず、下っ端=目下の者=童子と呼んだ。

 

 <日本の伝承に残る鬼として>

・桃太郎の鬼(温羅)(うら)

 

・蝦夷の鬼王(悪路王)(あくろおう)

 

・有明山(信州富士とも呼ばれる)の鬼族(八面大王)(長野県の伝承)

 

・黄泉より還りし悪鬼(大嶽丸)(おおたけまる)(三重県鈴鹿山近辺の伝承)

 

・霊の化身(鬼八法師)(きはちほうし)九山岳地帯の伝承

 

・飛騨の怪人(両面宿儺)(りょうめんすくな)

 

「伊吹弥三郎」と「伊吹童子」の伝承(岐阜県北部伝承、日本書紀、御伽草子に登場)近江の伊吹山にいたとされる伊吹弥三郎は、創造神という顔と、魔物=鬼という顔がある。伊吹童子はその息子だという。

 

・天邪鬼(あまのじゃく)(人々に親しまれた小鬼)(和歌山県串本町の伝承)

 

・同胞を助けた「赤鬼」(せっき)出自は安倍晴明物語。

 

 

 

『鬼がつくった国・日本』  歴史を動かしてきた「闇」の力とは

小松和彦・内藤正敏   光文社文庫    1991/11

 

 

 

<「東北」の怨念を語りつぐ「田村三代記」>

・それで、こういう中央とまつろわぬ者の関係、日本の過去における京都を中心とする光の領域と、東北に代表される闇の領域との関係を象徴的に表している『田村の草子』という坂上田村麻呂の一族をモデルにした説話があるので、ここで紹介してみたいと思います。

  まず、田村利仁という人物が出て来て、妻嫌いをする。つまり、かたっぱしから縁談を断るんですが、ある日、大蛇が変身した美女を見初め、妻にする。女は妊娠し、自分の姿を見ちゃいけないといって産屋にこもる・・・。

 

・そう、タブーを破って見ちゃうわけ。それで、まさに「見たな」というわけで、「おまえは数年を経ずして死ぬが、子どもは英雄になる、覚えとけ」と預言して姿を消してしまうんです。

 

・それでね、いまの『田村の草子』には中央から見た鬼=まつろわぬ者のイメージがよく出ていると思うんですが、東北にも東北版『田村の草子』みたいなのがあるんですよ。『田村三代記』といわれているもので、話を簡単に紹介しますと、平安時代前期に都でまりのような光る物体が夜となく昼となく飛び回り、米俵、金銀、はては天皇への貢ぎ物まで持ち去ってしまうという騒ぎが起こるんです。

 

・未知との遭遇だね。第三種接近遭遇(笑)。

 

・そこで、陰陽師の博士に占わせると、伊勢国・鈴鹿山に天竺から来た魔王の娘である、巫女のいでたちをした立烏帽子というものがいて、日本転覆を計画しているという。しかも、日本にも立烏帽子におとらぬ鬼神である蝦夷の大嶽丸がいて、ほっておくといっしょになって攻めてくるというんです。で、そりゃたいへんだというので、田村利仁に追討を命じて、鈴鹿山に向かわせるんです。ところが、二万余騎の軍勢で探しても、立烏帽子は見つからない。そこで、魔の者に会うときは大勢で行くなという父利光の教えを思い出して、利仁一人を残して軍勢を返すと、三年以上たったある日、やっと立烏帽子を見つけるんです。すると、これがなんと紅の袴を着た歳のころは十六、七のピチピチのギャルちゃん。

 

・なんせ相手がかわいい女の子でしょ、さしもの田村丸も迷うんです。原文に「かようなる美麗なる女を討つとは何事ぞや。このうえはなかなか彼女にしたしむべきかと思召し賜えしが、いやまてしばし我心」とありますもの。

 

・ちょっと待て、だいたいそれで男は損しちゃうんだよね(笑)。そういえば、この『田村三代記』ってちょっとまえまで東北の座頭が奥浄瑠璃でやってたんでしょ。

 

・それでね、二人の戦いはなかなか勝負がつかないわけ。すると、立烏帽子が利仁の出自について語り始めるんです。それによると、利仁の祖父は星の子どもで、彼が龍と交わってできたのが父親の利光で、その利光が奥州の悪玉姫、これも鬼ですよ。それと契ってできたのが利仁だというんです。そして、田村三代は日本の悪魔を鎮めるための観音の再来だというんです。それで、自分は日本を転覆させにきて、蝦夷の大嶽丸にいっしょになってくれと何度も手紙を出したんだけれど、返事もくれない。でも、自分は女の身だからやっぱり男がいないとだめなの、あなたといっしょになって、二人で力をあわせて日本の悪魔をやっけようといいよるんです。

 

それで、二人は結ばれて近江の高丸という鬼を退治するように命じられるんです。二人が攻めていくと、高丸は常陸の鹿島の浦(茨城県)に逃げてしまったので、立烏帽子は利仁を光りん車というUFOみたいな乗り物に乗せて飛んでいくんです。で、高丸を攻撃するときの戦法っていうのがまたSF的で、呪文をかけて十二の星を降らせて星の舞いをさせたり、一本のかぶら矢を打つと、それがビーム砲か散弾銃みたいに千本の矢先となって鬼神に降り注いだり…。結局、高丸は二人に退治されてしまう。

 

 <連綿と続く東北独立国家への試み>

『田村三代記』の主人公である田村利仁は、征夷大将軍の坂上田村麻呂と鎮守府将軍、つまり蝦夷に置かれた軍政府の長官であった藤原利仁とを合体させた人物なんだけど、彼は星の子どもと龍が交わってできた父親が、さらに悪玉姫という鬼と契って生まれたといわれるわけでしょう。龍と鬼という二重の異類婚によって生まれるわけですよね。その利仁が、立烏帽子という外来の魔性の女と交わって呪力を得て、蝦夷の鬼神の大嶽丸を倒す。これはまさに、まえに話した「異には異を」、「夷をもって夷を制する」という古代東北侵略のパターンそのものだと思うんです。

  ただ、東北の『田村三代記』がものすごく伝奇ロマンっぽくなっているのは、京都でつくられた『田村の草子』が東北でもう一度再生産され、京都を他界として描いているからでしょうね。

 

 <日本史のすぐ裏側に、闇の文化史――鬼の日本史のようなものがあるのではないか>

『田村の草子』『田村三代記』については、すでに西村寿行氏が、それをネタにして傑作を書いておられます。これらとはり合うつもりの方、おられますか。おられませんか。

 

                                                                                                                                              

 

 『鬼』 

 (高平鳴海/糸井賢一/大本穣司)(エーアイスクエア)1999/8

 

 

<鬼女の伝承>

・長野県戸穏の女盗賊(紅葉)(くれは)

 各地の伝承でも能舞で語られる場合でも、絶世の美女であったと伝えられる。しかし、罪を問われて戸穏に逃れ、その後悪事を重ねるごとに醜い姿になっていった。一説には、その身長は3メートルほどもあったという。

 

・英雄を助けた鬼女(鈴鹿御前)(すずかごぜん)

どの伝承を見ても、絶世の美女だったと記録されている。鈴鹿山の鬼女も「女」で「盗賊」だったことから、立烏帽子と呼ばれるようになったと考えられる。

 

御前は田村丸を「光輪車」という神通力で飛行する乗り物に乗せたかと思うと、瞬く間に内裏に降り立った。そして、光輪車で去っていった。

 

 <熱き情念の化身>(清姫・(異名)白拍子、白拍子花子)

・和歌山県熊野地方の伝承。容姿については、伝承のパターンによって、ふたつ存在する。ひとつには夫に先立たれた寡婦(やもめ)で、イメージとしては妖艶な中年女性だろう。もうひとつは白拍子の少女の姿である。清姫といった場合、特にこちらの少女を指す。

  さらに彼女は、全長10メートルもの大蛇に変身することができ、これが第三の姿と呼ぶこともできる。

  清姫の物語は、熊野権現と関係が深く、その舞台は道成寺という寺である。主な登場人物は、清姫と彼女が恋焦がれる安珍という僧だ。

 

 

 <●●インターネット情報から●●>

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)より、

 

 「鈴鹿御前の物語」

・現在一般に流布する鈴鹿御前の伝説は、その多くを室町時代後期に成立した『鈴鹿の草子』『田村の草子』や、江戸時代に東北地方で盛んであった奥浄瑠璃『田村三代記』の諸本に負っている。鈴鹿御前は都への年貢・御物を奪い取る盗賊として登場し、田村の将軍俊宗が討伐を命じられる。ところが2人は夫婦仲になってしまい、娘まで儲ける。紆余曲折を経るが、俊宗の武勇と鈴鹿御前の神通力 によって悪事の高丸や大嶽丸といった鬼神は退治され、鈴鹿は天命により25歳で死ぬものの、俊宗が冥土へ乗り込んで奪い返し、2人は幸せに暮らす、というのが大筋である。ただし、写本や刊本はそれぞれに本文に異同が見られ、鈴鹿御前の位置づけも異なる。

 

 

 

 『異星人遭遇事件百科』

  (郡純)(太田出版)(1991年)

 

 

 <星座の名前は知的生物の姿?>

・星座の名称はこれまで単純に「星の形」とのみ関連付けて語られてきたが、近年その常識に見直しの気運が高まっているのは周知の事実である。

 

・星座の名称の由来は星の配列を似た動物にあてはめたとされるが、はたしてスバル(牡牛座)やシリウス(狼犬座)の配列が牛や狼の形に見えましょうか?これは他の星座すべてにいえることだが、(中略)星座の名称とは、その星座における代表的な知的生物を表現しているのではあるまいか?そして牡牛座と狼犬座の知的生物は、その名称通り「牛」と「狼」のような風貌をし、しかも、古くから交流があり、互いに月を前哨基地にして地球にも頻繁に訪れていた、と考えれば聖書を含めた多くの古代文献の記述も矛盾なく納得できるのである。

 

・ただ、異星人は単一の種族ではなく、様々な母星からきていたという立場に立つと話が違ってくる。人間をはじめ生き物はすべて異星人による被造物、と考えることが可能になるのだ。

 

・人間、牛、馬、鳥すべての動物は異星人がみずからの姿に似せて創造した。太古の書においては相互の「交配実験」も行われたのかもしれない。

 

 

 

『世界の神話伝説(総解説)』

(自由国民社)1982/4

 

 

 

・地球の各地には、天職天皇の者、皇子や皇女が「民王」として派遣され、「先史地球連邦」とも「民王」というべきものを形成し、超古代文明の華を咲かせていた。なお、天降った神々の原郷-記紀神話でいえば、「高天原」にあたるーは、プレアデス星団に属する天日国(アメヒ)とされている。そして初代天職天皇として、地球に殖民したのは、天御中主神(アメノミナカヌシ)である。(おそらく記紀神話では、この神が元始神とされているのは、その神のもう一つの御名、国常立尊(クニトコタチノミコト)が示唆するように、地球開発の初代神からきているのではないかとも考えられなくもない。)

 

・また、神々は、地球の先住民―おそらく原人レベルであったろうーに遺伝子工学的な処置を施した可能性もある。そして、神の子孫は、この改良進歩した人類と次第に混血していった。伝承では、金髪碧眼の女性を皇后(きさき)とした天職天皇もいたようだ。

 

 

 

『魔界と妖界の日本史』

上島敏昭  現代書館    2009/3

 

 

 

八瀬童子、鬼の子孫の特権を死守する(西暦1710年)>

・京都市上京区八瀬は、比叡山西麓を流れる高野山に沿った谷間の集落で、その住民は八瀬童子と呼ばれる。江戸時代の京都の地誌である『山城名勝志』は、八瀬童子は門跡の御輿かきであるとし、彼らは比叡山御門跡が閻魔王宮から帰る時、御輿を担いできた鬼の子孫であるとも記している。

 その八瀬の産土神である八瀬八満宮の境内には、秋元神社という摂社があり、10月の祭りには赦免地踊りという民族芸能が演じられる。

 

・そうした風潮の中で、八瀬・叡山問題も見直しが計られる。叡山の宗教的権威への対抗として持ち出されたのが、建武三年の後醍醐天皇叡山御潜幸の故事であり、八瀬の村人さえ忘れていたこの口碑をよりどころとして、改めて租税免除が認められることとなった。八瀬童子は、天皇の葬儀の際に、その柩を担ぐ役をつとめることで知られるが、その伝統もこのとき整えられたと思われる。

 

 

 

『あなたはいまスターシードとして目覚める』

限りない愛を受ける存在    シリウスの超叡智3

パトリシア・コーリ   徳間書店    2011/9/30

 

 

 

<四つのマスター種族とは>

地球では白人種と定義されている「エリエン」のルーツはオリオン星雲にあります。テクノロジーが進化した彼らの文明は、銀河系間の移動といった難題を克服して遠方への宇宙旅行さえも可能にしました。

 

・オリオン星雲の中心星から数えて5番目にあたる彼らの星は、太陽光の量も少なく、比較的低温です。その厳しい物理的条件を考えると、彼らは、最もデリケートな遺伝物質を人類のマトリックスに組み込んだと言えるでしょう。色素が少ないために肌が抜けるように白いのでラ―の強い放射線からほぼ完全に身を守る必要があったのです。

 

<あなた方はもはや孤独な存在ではない>

・「エイリアン・ネイション(異星人国家)」つまり惑星間の提携、移動、文化交流、遺伝子混合のための連邦機関においては、地球人の知らない交流や取引が行われています。物質宇宙は生命であふれ驚異に満ちているのです。そして、地球と同様に光の存在と闇の勢力の間で、さまざまなレベルにおいての戦いが断続的に起こっています。

 

・考えてもみてください。異世界の生命体がこれほどまで、かたくなにあなた方の前に姿を現そうとしないのは実に不思議だと思いませんか?

 

・その一方で、地球のオーラ体のすぐ近くまで母船に乗って旅してきたグループもいます。この生物の原型は、タイム・トラベラーであるジーン・ロッデンベリー(訳注;SFシリーズ『スター・トレック』を生み出したテレビ・映画プロデューサー)によってあなた方に紹介されましたが、彼がSF物語という形で表現した銀河連邦の活動が決してフィクションなどではないのです。

 

<つまり彼らはあなた方の苦しみを理解しているのです>

多次元宇宙の内のパラレル・ユニバース(並行宇宙)から異次元を旅して地球にやってきた意識を持った存在は、あなたと一緒にそして、あなたの内側で活動しています。物質領域では多次元宇宙とはまったく違った人生の展望としてドラマが繰り広げられているのですが、あなたが物質次元から上昇するにしたがって、物理的な現実が無時間性において結晶化された思考の投影のホログラムであり、魂のトレーニングの場であることを認識するようになるでしょう。

 

 

 

『シュメールの天皇家』 陰陽歴史論より 

鷲見紹陽   明窓出版     2007/8/1

 

 

 

 <高天原はスバルである>

 <太古、神人はスバル、北極星、オリオンからやってきた>

・本書の「陰陽歴史論」とは、高天原の昴(スバル)系の氏族とアースガルトやアガルタの地底系氏族という“陰と陽”の二系統の血脈の関わり、抗争の中で歴史は動いてきたのであり、それが歴史の真相であったことからつけたものである。

 

・さらにこの“陰陽”の二系列は地底信仰の氏族のシャンバラ(セム)系とアガルタ(ハム、ヤペテ)系の二つにも見られ、後者はさらに親高天原と反高天原に分かれた。

 

 <スバル、北極星、オリオンの三位一体>

・これまでわが国の天皇家の天之御中主神(あめのみなかぬし)やキリスト教の“天の父なる神”がスバル(プレアデス)信仰にあたり、セム系氏族が北極星、北斗七星信仰、ハム系氏族がオリオン、シリウス信仰であることを明らかにしてきた。

 

・なおヤペテ系氏族はスバルと同じ牡牛座のアルデバラン(ヒアデス星団の赤星)信仰と考えられる。

 

この地底世界の実体は不明だが、一部にはプラズマ亜空間説が出されている。空間が歪曲して異空間へとつながっているという説明もあり地底世界というより、別次元の世界と考えられる。

 

厳密にはアガルタとシャンバラを区別しなければならないようである。つまり、ヤペテ系やハム系の神域がアガルタで、シャンバラは、セム系の神域ということである。

 

・藤原氏の北極星、北斗七星信仰はシャンバラ信仰、物部氏のオリオン信仰はアガルタ信仰となる。

 

・このヤペテ、ハム対セムの対立は天界で天の父なる神に反抗した堕天使に対してヤハウェ(またはミカエル)が天使の三分の二を率いて天の父なる神の側につき、堕天使とそれに従った三分の一の天使を地底世界に落とした事に遡る。セム系対ハム系、ヤペテ系の対立で、後者がヤハウェ側と天使側の半分ずつに分かれたことで、三分の二対三分の一となる。

 

・セム系民族はエンキの北極星、北斗七星信仰、ハム系民族はエンリルのオリオン信仰であった。

 

・我が国の神社の大半がスサノオやニギハヤヒ、つまりバールやミトラを祭祀し、その系列神を祭神とした物部氏の神社で、オリオン信仰であり、ハム系の神々を祀ったものであった。

 

・イザナギの黄泉の国訪問譚はギリシア神話のオルペウスの話がモデルで、途中で約束を破って振り返って見たため永久に妻を失ったエピソードなど同一のものである。なお、イザナミのいた黄泉の国は地底世界でアガルタ(シャンバラ)である。

 

・大伴氏と物部氏は天皇家をはさんで、セム系とハム系の陰陽の関係にあり、東日本を大伴氏、西日本を物部氏が支配したが、本来は対立関係にあった。

 

・ハムもセムもノアの子としてアースガルト、アガルタ、シャンバラという地底に起源をもつが、北欧神話などを読むとセム系とハム系の住む領域も異なり(シャンバラはセム系の世界)、元々は対立していたのが、セム系がハム系に服属して和解したことになっている。

 

・シャンバラとアースガルト(アガルタ)は対立関係にあった。セム系は北極星、北斗七星信仰で、ハム系はオリオン、シリウス信仰で別系統のものが系図で兄弟とされている。

 

・セム系は“文”の性格が強く、ハム系、ヤペテ系は“武”の血脈である。ハム系の中でもカナン人は、ノアによって呪われ、“カナンの呪い”という言葉が残っているが、聖書の中でもキリストが忌々しきものマムシの末裔として非難している。

 

・この我が国におけるセム系とハム系、高御産巣日神系(たかみむすび)と神高巣日神系(かみむすび)が、天皇家を間において対立・抗争してきたのが日本の歴史で、しかもそれは国民の一割前後の民族の抗争であったとするのが本書である。

 

 <天孫降臨の地は飛騨である>

・スワティカ(卍)は、もともと宇宙エネルギー発動の神聖な表現である。

 

・北欧神話のアースガルトがインド神話のアガルタという地底世界への信仰を有するトゥーレ協会という一種の秘密結社で、ヒトラー自身が、その地底世界を求め探検隊をチベットに送ったり、そこで知りえたものと思われる。

 

・ナチスとアガルタの結びつきについては多くの人が論じている。有名なスウィフトの『ガリバー旅行記』もケルトによる地下世界探検譚を集めて書かれたものである。

 

 

 

『越後の鬼』

磯部定治   新潟日報事業社 2005/1/20

 

 

 

<酒呑童子><美少年外道丸>

・御伽草子は室町時代の短編小説であるが、「酒呑童子」は作者も成立年代も分からない。

 

その酒呑童子が実は越後の出身である。

 

・伝説に枝葉はつきものであるが、酒呑童子についても幾つかの異説がある。

 

・とにかく、こうして生まれた外道丸は大変なわんぱく坊主であったが、並外れた俊敏さを持っていた。さらに外道丸はそれ故に生涯の運命を決めることになる大切な要因があった。それは彼が非常に美しい顔の持ち主であったことである。わんぱくざかりのころから、目鼻たちのすっきりした美少年であった。

 

・生まれつき美しい顔立ちの彼は、稚児と言ってもまれにみる美少年になっていた。それが近郷近在の大きな評判となり、とりわけ娘たちは外道丸を一目見ようと、競いあって稚児行列見物につめかけた。

 

<京の都の酒呑童子>

・そのころ使われていた「童子」という言葉には、子どもと言う一般的な意味のほかに、八歳以上で出家を希望しながら、まだ剃髪得度(ていはつとくど)をしていない少年、という意味が含まれていた。

 

・何年かたって、丹波の国の大江山に鬼どもが棲みついているといううわさが、京の都をはじめ、遠近の国々まで広まった。その鬼どもはやがて、京の都に現れては人々の財宝をかすめ取り、美しい婦女子を見つければたちまち略奪していった。その鬼どもの首領が、酒呑童子だということであった。 

 

 

 

[新生宇宙人]へのパスポート』  

640万光年の果てから届けられた

大高良哉   徳間書店    1993

 

 

 

<エレア星に行った中田くん>

日本神話・ギリシア神話はプレアデスとオリオンがモデル

・エレア星人は、色素が薄く、地球人から見て白人種のようにも感じるがよく見ると違う。青味がかっている人が多く、黄色みを帯びている人は少ない。太陽に当たっていると緑っぽくなる。

 

・男女の区別があり、ほかに肉体をもって働いている人と意識だけで働いている人がいる。

 

一番に思うことは、みなとても美しいことだ。身長は地球人より10センチほど低い。体重も10キロほど軽いだろう。髪の毛は色素が薄いため金髪や栗毛になっている。

 

・この銀河には、宇宙連合が存在している。宇宙連合の中心的存在は、プレアデス星団とオリオン星団であり、プレアデス星団には、上下(階層の区別)がない。この人たちの生活などが、日本神話のモデルになっているように思う。ただ飛び出した人(天孫降臨神話をさす?)はいない。

 

・一方、オリオン星団は支配者や階級性があり、ピラミッド型に社会が成立している。ギリシア神話のモデルのようであり、美術や音楽に優れている。

 

・このほか、小連合の存在があるが、よくない意識を持っていて、暴力的であり、人体実験などをしている宇宙人が所属している。

 

彼らの意識(科学)レベルの比較では、プレアデスとオリオンを100とすれば、小連合は5020。ちなみに地球人は、0.001であり、これ以下の存在とはコンタクトは不可能だそうだ

 

 

 

『超新論 古史古伝』 

 佐治芳彦 徳間書店   2004/8/3

 異端の歴史書群だけが知る「本物日本」史

 

 

 

 <聖徳太子17条憲法はチベット16条憲法がモデル>

・17条の憲法には太子の名を借りた後世の創作であり、それこそ、偽書の定義第1条に該当する。すなわち、書紀でいう太子とほぼ同時代のチベット(仏教先進国)にて16条の憲法が制定されたという事実があり、その第1条は「争う者は罰せられる」という内容である。まさに「和をもって貴しとなし忤(さから)うことなきを宗(むね)とせよ」ということだ。しかも、このチベットの憲法は、インド最大の仏教保護者のアショカ王まで遡る。つまり、仏教国には、王が仏説にしたがって憲法(道徳律)を制定するという例が多かった。なお、17条の憲法の聖徳太子は如意輪観音の化身とされていたが、16条の憲法を制定したチベットのソンツェンガンボ王は観音菩薩の化身とされている。

 

 

 

『日月地神示』 黄金人類と日本の天命

 白峰聖鵬   明窓出版  2005/11

 

 

 

 <白色同胞団と観音力>

・次の話は「白色同胞団と観音力」です。2008年を乗り越えて月の生命反応に呼応し、ニュータイプの遺伝子の突然変異によってスイッチがオンになった人が急に霊的な能力を得て、ものすごいことができるようになります。

 

・そんな彼らはどこからの指令で動くか?それは宇宙からではなくて、地下からなのです。仏教の仏の世界は相似形になっており、一番遠い所と、一番近い所に宇宙の中枢があるのです。

この地球の中は、曼荼羅のようにできています。地球が変わる時に、その人たちがサポートするために待機しています。

 

・地球のツボの経路は144千あるのですが、これも相似形になっているので、地球を守る人もまた、144千人必要です。時期が来たら、144千の人がサポートするようになります。

どういう人たちかと言いますと、男でもない女でもない、男であって女であり、女であって男である。すなわち「観音様」です。中性的な人なのです。そういう人たちが、エネルギーを媒介して、神と人とを統一して、ニュータイプとして生き延びるのではないでしょうか。

 

・聖徳太子の予言書には、数霊学と国体が未来記として隠されています。未来記の中には、2020年を世の中が全部ひっくり返って、ミロク(弥勒)の世になりますよと書いてあるのですが、面白いのはフリーメーソンのヨーロッパのロッジに行きますと、そこには2020という数字が看板に書いてあるのです。2020年にこの世が終わるというコードなんですね。(そして、新しい世の中のシステムが現われると)

 

・ご存じの方も多いと思いますが、聖徳太子は三人いたのです。秦河勝と大友忍(しのび)という人が中心となって聖徳太子の役割をやったのです。日本で初めての情報機関の忍者が大友忍で、忍者の発祥となる人です。(同時に10人の話を聞けたのもその為です)

 

・聖徳太子の渡来人説がありましたが、もう一人、青い目の聖徳太子がいたのです。日本人じゃなかったんですね。あるところに行きますと、イエスキリスト、イコール聖徳太子になっています。イエスは馬小屋で生まれ、聖徳太子も厩戸の皇子と呼ばれていますね。

 

・問題は聖徳太子の残したものですが、実はユダヤの「カバラ」が基になっているんですね。だから重要なのです。

じゃあ、なぜ、カバラは日本にあるのか?日本とユダヤは実は同祖という話もありますが、本当は同祖どころか、まるで同じ民族なんですね。

 

・面白いのはイスラエルで祀っている神様は国常立大神なのです。伊勢神宮の神様は、もしかするとあちらの神様じゃないか、という議論もありますが、あちらで神様と言われている方が、国常立大神であるとはどういうことか?つまり、日本の神様をあちらでも祀っているということだと私は、思っています。(ヤーウェ神)

 

 

 

『預言者』  

(高平鳴海と第666部隊)

(新紀元社)  1998/10

 

 

 

・ 聖徳太子は、生まれてから4ヶ月に早くも言葉を操り、人の挙動を察したといわれています。普通の赤ん坊のように泣き騒ぐこともなく、その容貌には、はっきりと貴人の様が表れていました。また、その体からは、絶えず芳香が放たれていて、太子を抱く者の衣服に染み込んだ香りは、数ヶ月も消えることがありませんでした。聖徳太子の死から400年も経った後、太子廟に入った法隆寺の僧もこの芳香を嗅いだと伝えられています。

 

・ 太子は、2歳になった年の春(2月15日)、曙の東の方に向かって手を合わせ、「南無仏」と唱しました。誰に教わったわけでもなく、彼はこの行為を7歳になるまで、ずっと続けたとのことです。

 

 

 

 

『古代ユダヤ人と聖徳太子の秘密』

 (月海千峰)(げっかいちほう) (日本文芸社)1994/6

 (先代旧事本記)が明かす“真の日本建国者”の実像

 

 

 

<「先代旧事本記(せんだいくじほんぎ)」に見られる聖徳太子と神人の関係>

・ 聖徳太子は、法隆寺夢殿で神のお告げを受けていた。

・ 古代ペルシャのミトラ(バール)信仰。ペルシャと日本の交流はユダヤ人によって行なわれていた。

・ 弥勒菩薩は、バール神だった。

・ カバラによっても証明される「弥勒菩薩=メシア」

 

・ 聖徳太子には、「うまやどの皇子」のほかに「豊聡耳皇子(とよとみみのおうじ)」といったメシアを感じさせる別名がある。

 

・ 太子の逸話には「一度に何人もの話を聞けた」というものがあるが、この話は「先代旧事本記」によると、「太子は、当時日本にあった七つの主要言語をすべて話せた」とされている。

 

・ 太子千年の預言書「未然本記」(みぜんほんぎ)の謎

・ その「未然本記」にまつわる経緯は、「先代旧事本記(せんだいくじほんぎ)」に以下のように記されている。

 

・ 「未然本記」は、推古(すいこ)天皇に山背王子(やましろのおうじ)が献上した。

 

・ しかし、この書には、題もなく、いつ書かれたのか、何が目的で書かれたのか全く分からない。

 

・ 天皇は、聖徳太子が亡くなって四年目に、この書に接して、大変喜び、部屋に戻って何度か読んでみるが、やはりよく分からない。

 

・ そこで、秦河勝(はたのかわかつ)を召して、何が書かれてあるのかを質問するが、河勝は分からないと答える、次に当時12歳だった、鎌足(かまたり)を呼んで、「貴方は、少年であるが、日夜、太子の給仕をし、太子も大変、賢いものだと言っていました。何か、この書に心当たりはありませんか」と尋ねた。

 

・ 鎌足は、「夢殿で、給仕をしておりますと、常に殿下の所に神人が侍って、さまざまなお話をしておられましたが、この書を見ますと、そのことが書いているようでございます」と答えた。

 

・ 天皇は、鎌足に書を渡し、解説するようにと命令する。

 

・ 鎌足は、神頼みしかないと思い、身を清め好物を断って、部屋に籠もり一心に祈っていた。すると一人の神人が現れ、鎌足の心眼が開ける。そしてこの書は、千年の予言書だと悟るのである・・・・

 

 ・「未然本記」は、聖徳太子の千年期の予言の書とされ、ノストラダムスの予言と同じように、その予言がよく当たったという研究書も出版されているようだ。

 

 

 

『古代ユダヤ人と聖徳太子の秘密』

 (月海千峰)(げっかいちほう) (日本文芸社)1994/6

 (先代旧事本記)が明かす“真の日本建国者”の実像

 

 

 

<丹後には、昔から鬼族が多く住んでいたという>

・ 「かぐや姫」とは、太子の祖母で、その舞台は丹後だった。丹後には、昔から鬼族が多く住んでいたという。

 

・ 浦島太郎伝説の玉手箱には、三種の神器が入っていた?

・ 聖徳太子の母、穴穂部間人は、混血だった?

・ 聖徳太子は「ユダヤ丹後王朝」の皇子だった?

・ 丹後王朝は、ユダヤの神を信奉していた。

ユダヤの神、バール神とスサノオノミコトは同一か。

 

スサノオノミコトとは、三貴神の一人で、出雲王国の開祖である。また、バール神は、頭に牛の角を生やした雷雨の神(天候神)なのだが、スサノオノミコトも別名、牛頭(ごず)天王と呼ばれ、牛の角を生やした鬼神であり、嵐の神でもあった。

 

・ モーセは、バール神を信仰していた。

・ モーゼの像には、頭に角が見える。

・ 伊勢の海人に伝わる蘇民(そみん)はユダヤ人だった。

・ マレー経由で日本に辿り着いたユダヤ。

・ 聖徳太子の側近、秦氏の謎。秦氏はシルクロードを経て渡来したユダヤ人か?

・ 聖徳太子とユダヤを結ぶものとは?

 

 

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