2015年3月18日水曜日

山男は背が高くて目が鋭いという定型化されたイメージで語られる。また山女のイメージは長い黒髪に顔の色が極めて白いという特徴を持っている。他の妖怪の場合もほとんど決まったイメージで語られている。


 

 

『国際化時代と『遠野物語』』

石井正己     三弥井書店     2014/9

 

 

 

 

「『遠野物語』における人間と妖怪のエコロジー   金容儀」

 

<人間と妖怪のエコロジー>

・私は20092月に柳田国男の『遠野物語』を韓国語で翻訳して紹介した。

 

・『遠野物語』で語られる人間と自然の共生において、特に私が興味を持ったのは、人間と妖怪の共生である。『遠野物語』には多様な妖怪が登場している。私の調査によると、『遠野物語』に収録されている119話の話の中で、妖怪が登場する話は合わせて73話にのぼる。『遠野物語』は、「妖怪物語」と言っても過言ではないだろう。

 

<『遠野物語』における妖怪伝承の類型>

・山の怪には、山人、山男、山女、山神、山姥などが登場する。動物の怪には狐、鹿、猿などがある。家の怪にはオクナイサマ、オシラサマ、ザシキワラシ、カクラサマなどがある。水の怪の典型的なものが河童(川童)である。雪の怪としては雪女があげられる。

 

<山に棲む妖怪>

・「山の怪」の中でも、特に山男や山女が頻繁に登場している。山男と山女は、それぞれ一人で現れる場合もあり、山男と山女がいっしょに登場する事例を取り上げてみたい。

 

(事例1;第3話)

・山々の奥には山人住めり。栃内村和野の佐々木嘉兵衛という人は今も七十余にて生存せり。この翁若かりしころ猟をして山奥に入りしに、遥かなる岩の上に美しき女一人ありて、長き黒髪を梳りていたり。顔の色きわめて白し。不敵の男なれば直に銃を差し向けて打ち放せし弾に応じて倒れたり。そこに駆けつけて見れば、身のたけ高き女にて、解きたる黒髪はまたそのたけよりも長かりき。のちの験にせばやと思いてその髪をいささか切り取り、これを綰ねて懐に入れ、やがて家路に向いしに、道の程にて耐えがたく睡眠を催しければ、しばらく物蔭に立寄りてまどろみたり。その間夢と現との境のようなる時に、これも丈の高き男一人近よりて懐中に手を差し入れ、かの綰ねたる黒髪を取り返し立ち去ると見ればたちまち睡は覚めたり、山男なるべしといえり。

 

・(事例1)には、山男の姿形について具体的に語られていないが、『遠野物語』の他の事例と合わせて考察すると、山男は背が高くて目がきらきらしているのがふつうである。

 

・即ち『遠野物語』の第7話、第28話、第29話。第30話、第92話に登場する山男は、例外なく背が高くて目が鋭いという特徴を持っている。そして山女の姿形は、長い黒髪に顔の色が極めて白いという特徴を持っている。

 

・また『遠野物語』には、山男に近い存在として山の神が語られている。『遠野物語』の第89話、第91話、第102話、第107話、第108話などに山の神が登場するが、ここに登場する山の神の姿形は背が高くて顔が赤く、目が鋭いという定型化されたイメージで語られている。即ち山の神のイメージは山男のイメージと重なっていることがわかる。これは遠野の人々の間で、山男と山の神が同類の存在として認識されていたことを意味する。

 

<この世とあの世を往来する亡霊>

・妖怪の類型から言うと、亡霊は山の怪に次いで第二位を占めている。それらの中でも、第22話、第23話、第54話、第77話、第78話、第79話、第81話、第82話、第86話、第87話、第88話、第99話などは、現実世界(この世)に現れた亡霊をその親戚にあたる人や知り合いの人が目撃したという筋になっている。つまり目撃者(あるいは話者)が出会った亡霊の話がかなり具体的に述べられている。

 これも一種の人間と妖怪の「共生」と受け止めることができるであろう。即ち少なくとも『遠野物語』の世界では、この世とあの世は完全に断絶されておらず、何かのきっかけがあれば、亡霊(死霊)がこの世に現れ、人間との共生をはかっていたと言える。

 

・逆に人間のほうがあの世に出向いた後、この世に戻ってくる場合もある。例えば『遠野物語』の第97話はいわゆる臨死体験に関する話である。死んだと思われた菊池松之丞という人があの世を体験してから、この世に戻ってくる。

 

・(事例2:第54話)は、川井という村の長者の奉公人が山に木を伐りに行って、水中に斧を取り落したことがきっかけになって、水中という異郷を訪問し、23年前になくなった主人の娘に出会った話である。

 

・長者の奉公人が水中を訪問したことによって、「その方身上良くなり、奉公をせずともすむように」なったところは興味深い。なぜならば説話の世界では、主人公が異郷を訪問したことによって、異郷のもの(援助者)の助けによって金持ちになるというモチーフが多いからである。つまり人々の間で、異郷とは現世に富をもたらす世界として認識されていたのである。

 

<人間の家に棲む妖怪>

・『遠野物語』には、家の怪として、オクナイサマ、オシラサマ、ザシキワラシなどが伝えられる。これらの妖怪はどれも家の興亡を左右する家の神としての属性をも持っている。

 

<河童のエコロジー>

・河童は日本の水の怪の代表的な存在である。河童を素材にしたキャラクター商品が出回り、漫画やアニメーションなどにも頻繁に取り上げられていることを考えると、日本人の間にかなり親しまれている妖怪であることがわかる。

 

・一般に河童の属性としては、駒をひく、肝を抜く、相撲を好む、富を授ける、キュウリを好むなどが取り上げられるが、それら河童の属性は、人間と河童の間に行われてきた交渉ないしは共生を意味すると言える。つまり人間側から見て、河童とは駒をひく厄介な存在、子どもの胆を抜く恐ろしい存在であるが、交渉がうまくいった時には、富を授けてくれるありがたき存在でもあったのである。

 

<事例7:第55話>

・川には川童多く住めり。猿ヶ石川ことに多し。松崎村の川端の家にて、二代まで続けて川童の子を孕みたる者あり。生まれし子は斬り刻みて一升樽に入れ、土中に埋めたり。その形くわめて醜怪なるものなりき、女の婿の里は新張村の何某とて、これも川端の家なり。その主人人にその始終を語れり。かの家の者一同ある日畠に行きて夕方に帰らんとするに、女川の汀に踞りてにこにこと笑いてあり。次の日は昼の休みにまたこの事あり。かくすること日を重ねたりしに、次第にその女のところへ村の何某という者夜々通うという噂立ちたり。始めには婿が浜の方へ駄賃附に行きたる留守をのみ窺いたりしが、のちには婿と寝たる夜さえくるようになれり。川童なるべしという評判だんだん高くなりたれば、一族の者集まりてこれを守れどもなんの甲斐もなく、婿の母も行きて娘の側に寝たりしに、深夜のその娘の笑う声を聞きて、さては来てありと知りながら、身動きもかなわず、人々いかにともすべきようなかりき。その産はきわめて難産なりしが、或の者のいうには、馬槽に水をたたえその中にて産まば安く産まるべしとのことにて、これを試みたれば果たしてその通りなりき。その子は手に水搔あり。この娘の母もまたかつて川童の子を産みししことありという。二代や三代の因縁にはあらずという者もあり。この家も如法の豪家にて何の某という士族なり。村会議員をしたることもあり。

 

・(事例7)は、人間と妖怪の間に行われた様々な交渉の中でも、婚姻を媒介とした交渉を物語っている。いわゆる「異類婚姻譚」に属する話で、松崎村に住む川端家の女が河童の子をみごもった話である。類話でも、ほとんど河童のほうが男性、人間のほうが女性として語られているが、(事例7)でも、河童のほうが男性、人間のほうが女性になっている。

 

<『遠野物語』における妖怪伝承の特徴>

・以上『遠野物語』の妖怪伝承について概観した。『遠野物語』に伝わる妖怪の特徴として、おおよそ以下の三つをあげることができるであろう。

 第一に、妖怪が現れる場所として、山の中が圧倒的に多いことである。

 

・遠野の人々の間でも、山は妖怪などが棲んでいる非日常的な空間として認識されていた。多くの場合、妖怪に出会った人たちは、山の中に仕事場を持っていた人たちである。即ち岩焼きや狩りを生業としていた人たちによって、妖怪に出会った体験が語られている。

 

・第二に、話に登場する妖怪の姿形がかなり具体的に述べられていることである。これは『遠野物語』に限らず、日本の妖怪伝承の一つの特徴であると言えるであろう。例えば山男は、背が高くて目が鋭いという定型化されたイメージで語られる。また山女のイメージは、長い黒髪に顔の色が極めて白いという特徴を持っている。他の妖怪の場合も、ほとんど決まったイメージで語られている。

 

・第三に、人間と妖怪の共生である。もともと妖怪とは非常に恐ろしい存在であるが、前近代の共同体に欠かせないダイナミックな共同体を作ってきたといえる。

 

<●●インターネット情報から●●>

「青空文庫」『遠野物語』

 

「五四」 閉伊川(へいがわ)の流ながれには淵(ふち)多く恐ろしき伝説少なからず。小国川との落合に近きところに、川井(かわい)という村あり。その村の長者の奉公人、ある淵の上なる山にて樹を伐るとて、斧(おの)を水中に取(と)り落(おと)したり。主人の物なれば淵に入りてこれを探(さぐ)りしに、水の底に入るままに物音聞ゆ。これを求めて行くに岩の陰に家あり。奥の方に美しき娘機(はた)を織りていたり。そのハタシに彼の斧は立てかけてありたり。これを返したまわらんという時、振り返りたる女の顔を見れば、二三年前に身まかりたる我が主人の娘なり。斧は返すべければ我がこの所(ところ)にあることを人にいうな。その礼としてはその方身上(しんしょう)良(よ)くなり、奉公をせずともすむようにして遣(や)らんといいたり。そのためなるか否かは知らず、その後胴引(どうびき)などいう博奕(ばくち)に不思議に勝ち続(つづ)けて金溜(かねたま)り、ほどなく奉公をやめ家に引き込みて中(ちゅう)ぐらいの農民になりたれど、この男は疾とくに物忘れして、この娘のいいしことも心づかずしてありしに、或る日同じ淵の辺(ほとり)を過(す)ぎて町へ行くとて、ふと前の事を思い出し、伴ともなえる者に以前かかることありきと語りしかば、やがてその噂(うわさ)は近郷に伝わりぬ。その頃より男は家産再び傾(かたむ)き、また昔の主人に奉公して年を経たり。家の主人は何と思いしにや、その淵に何荷(なんが)ともなく熱湯を注そそぎ入れなどしたりしが、何の効もなかりしとのことなり。

 

○下閉伊郡川井村大字川井、川井はもちろん川合の義なるべし。

 

 

「九七」 飯豊(いいで)の菊池松之丞(まつのじょう)という人傷寒(しょうかん)を病み、たびたび息を引きつめし時、自分は田圃に出でて菩提寺(ぼだいじ)なるキセイ院へ急ぎ行かんとす。足に少し力を入れたるに、図らず空中に飛び上り、およそ人の頭ほどのところを次第に前下(まえさが)りに行き、また少し力を入るれば昇ること始めのごとし。何とも言われず快(こころ)よし。寺の門に近づくに人群集せり。何故(なにゆえ)ならんと訝(いぶか)りつつ門を入れば、紅(くれない)の芥子(けし)の花咲き満ち、見渡すかぎりも知らず。いよいよ心持よし。この花の間に亡(な)くなりし父立てり。お前もきたのかという。これに何か返事をしながらなお行くに、以前失いたる男の子おりて、トッチャお前もきたかという。お前はここにいたのかと言いつつ近よらんとすれば、今きてはいけないという。この時門の辺にて騒しくわが名を喚(よ)ぶ者ありて、うるさきこと限りなけれど、よんどころなければ心も重くいやいやながら引き返したりと思えば正気づきたり。親族の者寄り集(つど)い水など打ちそそぎて喚(よ)び生(い)かしたるなり。

 

 



■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

・『遠野物語』は「青空文庫」のインターネットで、無料で読めるので便利です。「あの世」と「この世」の人々との交錯の伝承は、幻覚やイリュージョンでしょうか。そのような現象には幻覚、幻想、共同幻想、幻影、錯覚と様々な形容ができるようです。単純に農民たちの「作り話」として片づけることができないほど、不思議な現象で反復して起こったようです。変性意識状態の場合が多いようです。柳田国男は「『遠野物語』は事実の話だ」とも述べています。

 

・「はっと気づいたら明晰夢であった」という話も多いようです。異次元の現象は「夢の中」で頻繁に毎日、個人的に起こっているようです。夜ごとに「あの世」に入って、夢の世界を知覚して、朝に目が覚めるパターンのようです。異次元の宇宙人現象は夢の中で起きるようです。「宇宙人は“幽体”や“霊体”で目に見えない異次元に存在している」とか「宇宙人と普通の人間が区別できなくなっている」とか言われます。

 

・河童との異類混血の話も少なくなかったようです。グレイと人間の交雑種が「エササニ人」といわれます。「日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいる」とマオリッツオ・カヴァーロというクラリオン星人のイタリアのコンタクティが述べています。グレイはまたゼータ・レチクル星人の一種ともいわれます。「エササニ人は、地球人とゼータ・レチクル人の融合によって生まれる混血種属の一つだ」そうです。「あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」そうです。異次元の科学については、地球人の科学者は理解不能だそうです。人間の死後世界の幽界や霊界に似た、目に見えない非常に細かい粒子の世界、アストラル界やエーテル界に宇宙人は棲んでいるそうです。「宇宙人はあの世とこの世を幽霊のように往来している」そうです。

 

・グレイには、「ビーガン。シリウスA人の遺伝子から作られたグレイ」、「ゼータ・レティクリ1。地球人監視のためリゲル人が作ったグレイ」、「ゼータ・レティクリ2。遺伝子操作で作られたグレイ。爬虫類人に奉仕」などが存在します。グレイと人間の交雑種が「エササニ人」といわれます。グレイはバイオロボットだという説もあり、その超能力は想像を絶するそうです。「人さらい」や「神隠し」で(世界中の?)多くの子供が消えたようですが、詳細は不明です。

 

・「遠野郷の民家の子女にして、“異人”にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」という伝承がありますが、“異人”はオリオン星人だったようです。

 

********************************
・ブログ名称 UFOアガルタのシャンバラ


・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド

「神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・

「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」

「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
「日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」
「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」

「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」

UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか!?」

「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」

「イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」

「国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」

「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」

「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」

「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

 

 

0 件のコメント:

コメントを投稿