2014年11月30日日曜日

二人は結ばれて近江の高丸という鬼を退治するように命じられるんです。二人が攻めていくと高丸は常陸の鹿島の浦に逃げてしまったので立烏帽子は利仁を光りん車というUFOみたいな乗り物に乗せて飛んでいくんです


 

 

『鬼がつくった国・日本』  歴史を動かしてきた「闇」の力とは

小松和彦・内藤正敏   光文社文庫    1991/11

 

 

 

<「東北」の怨念を語りつぐ「田村三代記」>

・それで、こういう中央とまつろわぬ者の関係、日本の過去における京都を中心とする光の領域と、東北に代表される闇の領域との関係を象徴的に表している『田村の草子』という坂上田村麻呂の一族をモデルにした説話があるので、ここで紹介してみたいと思います。

 まず、田村利仁という人物が出て来て、妻嫌いをする。つまり、かたっぱしから縁談を断るんですが、ある日、大蛇が変身した美女を見初め、妻にする。女は妊娠し、自分の姿を見ちゃいけないといって産屋にこもる・・・。

 

・そう、タブーを破って見ちゃうわけ。それで、まさに「見たな」というわけで、「おまえは数年を経ずして死ぬが、子どもは英雄になる、覚えとけ」と預言して姿を消してしまうんです。

 

・それでね、いまの『田村の草子』には中央から見た鬼=まつろわぬ者のイメージがよく出ていると思うんですが、東北にも東北版『田村の草子』みたいなのがあるんですよ。『田村三代記』といわれているもので、話を簡単に紹介しますと、平安時代前期に都でまりのような光る物体が夜となく昼となく飛び回り、米俵、金銀、はては天皇への貢ぎ物まで持ち去ってしまうという騒ぎが起こるんです。

 

・未知との遭遇だね。第三種接近遭遇(笑)。

 

・そこで、陰陽師の博士に占わせると、伊勢国・鈴鹿山に天竺から来た魔王の娘である、巫女のいでたちをした立烏帽子というものがいて、日本転覆を計画しているという。しかも、日本にも立烏帽子におとらぬ鬼神である蝦夷の大嶽丸がいて、ほっておくといっしょになって攻めてくるというんです。で、そりゃたいへんだというので、田村利仁に追討を命じて、鈴鹿山に向かわせるんです。ところが、二万余騎の軍勢で探しても、立烏帽子は見つからない。そこで、魔の者に会うときは大勢で行くなという父利光の教えを思い出して、利仁一人を残して軍勢を返すと、三年以上たったある日、やっと立烏帽子を見つけるんです。すると、これがなんと紅の袴を着た歳のころは十六、七のピチピチのギャルちゃん。

 

・なんせ相手がかわいい女の子でしょ、さしもの田村丸も迷うんです。原文に「かようなる美麗なる女を討つとは何事ぞや。このうえはなかなか彼女にしたしむべきかと思召し賜えしが、いやまてしばし我心」とありますもの。

 

・ちょっと待て、だいたいそれで男は損しちゃうんだよね(笑)。そういえば、この『田村三代記』ってちょっとまえまで東北の座頭が奥浄瑠璃でやってたんでしょ。

 

・それでね、二人の戦いはなかなか勝負がつかないわけ。すると、立烏帽子が利仁の出自について語り始めるんです。それによると、利仁の祖父は星の子どもで、彼が龍と交わってできたのが父親の利光で、その利光が奥州の悪玉姫、これも鬼ですよ。それと契ってできたのが利仁だというんです。そして、田村三代は日本の悪魔を鎮めるための観音の再来だというんです。それで、自分は日本を転覆させにきて、蝦夷の大嶽丸にいっしょになってくれと何度も手紙を出したんだけれど、返事もくれない。でも、自分は女の身だからやっぱり男がいないとだめなの、あなたといっしょになって、二人で力をあわせて日本の悪魔をやっけようといいよるんです。

 

・それで、二人は結ばれて近江の高丸という鬼を退治するように命じられるんです。二人が攻めていくと、高丸は常陸の鹿島の浦(茨城県)に逃げてしまったので、立烏帽子は利仁を光りん車というUFOみたいな乗り物に乗せて飛んでいくんです。で、高丸を攻撃するときの戦法っていうのがまたSF的で、呪文をかけて十二の星を降らせて星の舞いをさせたり、一本のかぶら矢を打つと、それがビーム砲か散弾銃みたいに千本の矢先となって鬼神に降り注いだり…。結局、高丸は二人に退治されてしまう。

 

<連綿と続く東北独立国家への試み>

・『田村三代記』の主人公である田村利仁は、征夷大将軍の坂上田村麻呂と鎮守府将軍、つまり蝦夷に置かれた軍政府の長官であった藤原利仁とを合体させた人物なんだけど、彼は星の子どもと龍が交わってできた父親が、さらに悪玉姫という鬼と契って生まれたといわれるわけでしょう。龍と鬼という二重の異類婚によって生まれるわけですよね。その利仁が、立烏帽子という外来の魔性の女と交わって呪力を得て、蝦夷の鬼神の大嶽丸を倒す。これはまさに、まえに話した「異には異を」、「夷をもって夷を制する」という古代東北侵略のパターンそのものだと思うんです。

 ただ、東北の『田村三代記』がものすごく伝奇ロマンっぽくなっているのは、京都でつくられた『田村の草子』が東北でもう一度再生産され、京都を他界として描いているからでしょうね。

 

<日本史のすぐ裏側に、闇の文化史――鬼の日本史のようなものがあるのではないか>

・『田村の草子』『田村三代記』については、すでに西村寿行氏が、それをネタにして傑作を書いておられます。これらとはり合うつもりの方、おられますか。おられませんか。

 

                                                                                                                                             


『鬼』 

(高平鳴海/糸井賢一/大本穣司)(エーアイスクエア)1999/8


<鬼女の伝承>
・長野県戸穏の女盗賊(紅葉)(くれは)
各地の伝承でも能舞で語られる場合でも、絶世の美女であったと伝えられる。しかし、罪を問われて戸穏に逃れ、その後悪事を重ねるごとに醜い姿になっていった。一説には、その身長は3メートルほどもあったという。

・英雄を助けた鬼女(鈴鹿御前)(すずかごぜん)
どの伝承を見ても、絶世の美女だったと記録されている。鈴鹿山の鬼女も「女」で「盗賊」だったことから、立烏帽子と呼ばれるようになったと考えられる。


・御前は田村丸を「光輪車」という神通力で飛行する乗り物に乗せたかと思うと、瞬く間に内裏に降り立った。そして、光輪車で去っていった。

<熱き情念の化身>(清姫・(異名)白拍子、白拍子花子)
・和歌山県熊野地方の伝承。容姿については、伝承のパターンによって、ふたつ存在する。ひとつには夫に先立たれた寡婦(やもめ)で、イメージとしては妖艶な中年女性だろう。もうひとつは白拍子の少女の姿である。清姫といった場合、特にこちらの少女を指す。
 さらに彼女は、全長10メートルもの大蛇に変身することができ、これが第三の姿と呼ぶこともできる。
 清姫の物語は、熊野権現と関係が深く、その舞台は道成寺という寺である。主な登場人物は、清姫と彼女が恋焦がれる安珍という僧だ。



<●●インターネット情報から●●>

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)より、

 

「鈴鹿御前の物語」

・現在一般に流布する鈴鹿御前の伝説は、その多くを室町時代後期に成立した『鈴鹿の草子』『田村の草子』や、江戸時代に東北地方で盛んであった奥浄瑠璃『田村三代記』の諸本に負っている。鈴鹿御前は都への年貢・御物を奪い取る盗賊として登場し、田村の将軍俊宗が討伐を命じられる。ところが2人は夫婦仲になってしまい、娘まで儲ける。紆余曲折を経るが、俊宗の武勇と鈴鹿御前の神通力 によって悪事の高丸や大嶽丸といった鬼神は退治され、鈴鹿は天命により25歳で死ぬものの、俊宗が冥土へ乗り込んで奪い返し、2人は幸せに暮らす、というのが大筋である。ただし、写本や刊本はそれぞれに本文に異同が見られ、鈴鹿御前の位置づけも異なる。

 

 



『異星人遭遇事件百科』

 (郡純)(太田出版)(1991年)



<星座の名前は知的生物の姿?>
・星座の名称はこれまで単純に「星の形」とのみ関連付けて語られてきたが、近年その常識に見直しの気運が高まっているのは周知の事実である。

・星座の名称の由来は星の配列を似た動物にあてはめたとされるが、はたしてスバル(牡牛座)やシリウス(狼犬座)の配列が牛や狼の形に見えましょうか?これは他の星座すべてにいえることだが、(中略)星座の名称とは、その星座における代表的な知的生物を表現しているのではあるまいか?そして牡牛座と狼犬座の知的生物は、その名称通り「牛」と「狼」のような風貌をし、しかも、古くから交流があり、互いに月を前哨基地にして地球にも頻繁に訪れていた、と考えれば聖書を含めた多くの古代文献の記述も矛盾なく納得できるのである。

・ただ、異星人は単一の種族ではなく、様々な母星からきていたという立場に立つと話が違ってくる。人間をはじめ生き物はすべて異星人による被造物、と考えることが可能になるのだ。


・人間、牛、馬、鳥すべての動物は異星人がみずからの姿に似せて創造した。太古の書においては相互の「交配実験」も行われたのかもしれない。





■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

・鈴鹿御前は「天女」だったのですが、「鬼」の集団の中にいたそうです。「天女」はどこから来たのでしょうか。天国からか、異星か、分かりませんが、昔の伝説には「天女」がでてきます。シリウス星人のようにかなり進化した異星人のようです。「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だ」ともいわれます。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」といわれます。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。オリオン星人もいろいろと種類があり、異類異形の宇宙人も多かったようです。「鬼」もオリオン星人系列の異星人だったのかもしれません。


・河童がグレイの一種なら、人間タイプのエイリアンは、異人・鬼・童子として民間伝承が残っているのかもしれません。河童も「ゼータ・レチクル星人」の系列かもしれません。オリオン星人のグループは、「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球のレプトイド(恐竜人)などがいるといわれています。

・鈴鹿御前の「光輪車」とは、宇宙船UFOのことかもしれません。日本の昔話や記紀にもでてくる「天磐船」のように「空飛ぶ円盤」の記録があるようです。天女のような異星人が関与しており、「空飛ぶ円盤」としか思えないような「乗り物」も登場します。異人伝承は、異星人を窺わせるものも多いようです。日本の場合は、魔女といわず鬼女というようですが、《鬼道をよくした邪馬台国の卑弥呼》もエイリアンではなかったのでしょうか。“鬼女”たちは、歴史の闇に隠れたようです。

 

・天竺(インドの旧名)との異界も昔から繋がっていたようなのです。インド神界もシリウス星人とか、オリオン星人系列の神々もいたのかもしれません。映画『男はつらいよ』シリーズの場所となった「柴又帝釈天」がありますが、帝釈天(インドラ)のマハーバーラタ(紀元前10世紀頃に起きた大戦争を語り伝えた“バラタ族の戦争を物語る大叙事詩”)の神々とも繋がりがあったのでしょうか。

 

・当初、小人のグレイ・タイプの異星人の映像がハリウッド映画などで全面的に出され、世界中の人々にエイリアンの印象を強烈に与えました。しかしながら、人間タイプのエイリアンもさまざまな映画になったようです。動物タイプも3割存在するといわれますし、多肢のバイオロボットも宇宙母船にいるそうです。

・NASAや米軍は地球に飛来しているエイリアンの種族として、133種族を確認しているそうです。当然ながら、米軍は異星に向っており、膨大な情報が蓄積されているようです。

 

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「神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・

「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」

「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
「日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」
「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」

「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」

UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか!?」

「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」

「イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」

「国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」

「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」

「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」

「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

 

 

2014年11月29日土曜日

なんらかの生命体がいるにせよ、それは私たちの想像をまったく超越した次元で存在するのではないか。そんなのが円盤に乗ってやって来るなんて想像しにくい。乗り物がないとだめというのも地球人の考えることだろう。


 

『妖怪たちのラビリンス』    西洋異界案内

菊池章太   角川学芸出版   2013/2/23

 

 

 

 

<怪奇現象を求める心>

・心霊写真を撮影する方法はたくさんある。

明治時代に圓了が見抜いたとおり、故意ではなく偶然にできてしまう場合もある。両面に白いフワフワしたものが写っているのを心霊写真だといってよく見かけるが、たいていはレンズに逆光が入ったときに起きる光の乱反射である。フレアと呼ばれる現象である。写真屋さんならば見てすぐにわかるしろものだという。

 

・というわけで、昔も今も心霊写真になんらかのからくりがあることはどうやらまちがいなさそうだ。百パーセントからくりがある、と言い切ってしまう人もいるが、どうも筆者はそこまで断定する勇気がない。断定したくない気も、じつを言えば少しだけある。

 

・心霊写真の話を大学でしたときの学生の感想には、「おかげですっきりしました」というのがいつもある。「家族で写真をとると、いつも手とか足とかが余分に写っています。SDカードごとお祓いをしてもらったほどです、これで安心です」などというのもあった。かと思うと、「夢がこわれた」というのもあった。

 

<宇宙人はとっくに来ている>

・最後に突然だが、宇宙人はいるだろうか?

 

・こんなにでかい宇宙のなかで、地球にしか生命体がいないなんてよほどへんな気がする。ただ、いるとしても地球人が考えるような形態ではない気もする。形があって目に見えるということ自体、すでに人間の発想ではないか。電波みたいな生命体、といってもすでに私たちの理解の範囲に入ってしまっている。

 なんらかの生命体がいるにせよ、それは私たちの想像をまったく超越した次元で存在するのではないか。そんなのが円盤に乗ってやって来るなんて想像しにくい。乗り物がないとだめというのも地球人の考えることだろう。

 

・目にも見えず、耳にも聞こえずに侵入してくるかもしれない。もうとっくに来ているかも。

 私たちは心霊写真をこわがっている人や宇宙人を信じている人を笑うことはできる。でも、きちんとした情報収集も検証しないで「そんなバカなものありっこない」と頭ごなしに決めつけるとしたら、それは目クソ鼻クソを笑うというやつだ。無批判に頭から決めてかかるというのは、信じやすい心を持っているのとどっちもどっちだと思う。

 でも、どちらかといえばすぐに信じてしまう方に、筆者は近い。

というわけで、宇宙人の到来に胸をときめかせながら、今日も妖怪学の研究にいそしむのであった。

 

<大学の講義で妖怪>

・大学の講義で妖怪?本気で?

誰もみなそう言う。筆者の勤務する大学では120年前に妖怪学の講義が行われていた。それが3年前に本気で復活したのである。毎年千人を超える受講希望者がおり、関東一円にある大学の5つのキャンパスを結ぶテレビ中継で行われている

 

・新しい時代の妖怪学は何をめざすべきか、試行錯誤の連続である。最初は妖怪学の創始者である井上圓了の時代を出発点として、歴史をさかのぼりながら日本の妖怪現象をたどってみた。

 

・筆者は大学で妖怪学を講義している。冗談だと思うかもしれないが、正規の科目である。単位も認定するのである(もちろん単位を落とす学生もいる)。

 

・勤務する大学では明治時代にすでに妖怪学という講義が行われていた。創設者である井上圓了がみずから担当した科目であった。

 井上圓了は哲学者である。文明開化の世に哲学をひろめようとした。

いた時代である。不思議なことが妖怪のしわざと考えられていた時代である。哲学という合理的な知のいとなみをめざす圓了は、迷信を打破し、妖怪を撲滅しようとくわだてた。そのために限界を研究し、不思議な現象の解明をめざしたのである。

 

<ゾロアスター教の徹底ぶり>

・その点でもっと徹底しているのがゾロアスター教である。古代イランの宗教であるゾロアスター教では、世界は善と悪というふたつの原理から成り立っていると考える。これは世のなかを動かしていく原理だから、神ではない。けれども神殿の壁などに神さまのような姿で表され

てきた。

 

・善の原理は光をつかさどっている。アフラ・マズダーという。

悪の原理は闇をつかさどっている。アフリマンという。

 アフラ・マズダーは、この世界が百パーセント善に満ちた世界になるまで、アフリマンに対して戦いをいどみつづける。悪を完全に滅ぼし尽して、光に満ちた大地を完成させ、完全無欠な善の世界を実現させる。その時まで戦いはやむことがない。

 

・悪は悪で、この世界が百パーセント天然まじりっけなしの真っ黒な闇の世界になるまで、善に対して戦いをいどみつづける。

 

・人間として生まれたからには、この戦いに身を投じるのがあるべき姿である。戦いこそが人間の使命にほかならないのである!

 

<光と闇がきわだつところ>

・この話、何か思い出さないか?

 ゾロアスター教は今から三千年も前にイラン高原で生まれた。紀元前六世紀にはペルシア帝国の国教になり、中近東一帯にひろまった。その後、七世紀にイスラム教が成立すると、この地域はたちまちイスラム化していく。

 現在イスラム教が信仰されている地域は、もともとゾロアスター教が浸透していた地域だった。イスラム神学のなかにはゾロアスター教の思想が深く根をおろしている。

 善の実現という聖なる目的のために人は戦いつづける。聖なる戦い、すなわち聖戦の思想はここにみなもとがある。

 戦うことが人間のつとめだという西アジアの考え方は、東アジアに暮らす私たちにはおよそ理解を超えた考え方だ。

 

<あけの明星の転落>

・天使にいろいろ名前があるように、悪魔にもたくさんある。有名なのがルチフェルである。中世のラテン語で「あけの明星」を意味する。聖書にこうある。

「あけの明星よ、おまえはどうして天から堕ちたのか。おまえは心の中で言ったのだ。『おれは天に昇り、神の星より上に、いと高きもののようになろう』と」

 あけの明星である天使が身のほどもわきまえず、神さまよりも高いところに昇ろうとしたのである。もっと上へ行けるとうぬぼれた。そのあげくたたき落された。この世に恐るべきものがあることをわきまえなかつた。その思いあがった根性が転落の原因だった。悪事にもいろいろあるが、窃盗や横領ではなく、高慢が最大の罪とされたのである。

 明星が悪魔の正体である。ルチフェルを英語読みすればルシファー。

 

<悪魔祓いの代償>

・フランス中西部にルーダンという古い町がある。1632年にこの町の修道院で修道女たちに悪魔が憑いた。

 悪魔憑きはキリスト教の国では別にめずらしいことではない。21世紀の今も悪魔に憑かれたとうったえる人が大勢いる。ただ、このルーダンの悪魔憑きの場合は、修道女のほとんどがいっぺんに悪魔に憑かれてしまったのである。集団悪魔憑きであった。

 フランス中から悪魔祓い師が何人も派遣された。大がかりな儀式がくりかえされたが、修道女たちの悪魔憑きは一向におさまらなかった。

 そこで悪魔祓いの本家であるイエズス会に要請がくだる。ジャン=ジョセフ・シュラン神父が派遣されることになった。

 

・シュラン神父はそれまで行われていた仰々しい悪魔祓いの儀式をしりぞけた。修道院の小さな部屋でジャンヌの語る言葉に耳をかたむけ、ともに神に祈る。そしてともに悪魔と戦う。そういう方法を選んだ。現代のカウンセリング療法にも似た密接な方法をこころみたのである。

 

<「少女のころからずっと」>

・ルーダンの悪魔憑きも映画の題材となっている。1961年のポーランド映画『尼僧ヨアンナ』である。舞台はポーランドに変えてある。

 

<クリスマス・イブの幽霊>

・ディケンズはイギリス文学を代表する作家のひとりだが、彼の作品には幽霊がけっこう出てくる。『クリスマス・キャロル』はその典型である。原作のサブタイトルに「幽霊物語」とあるくらいだ。この作品が書かれたころ心霊主義が普及しはじめた。心霊写真の登場はそれから少しあとになるが、霊という見えないものの姿を視覚的に表現するうえで、この作品があたえた影響はたいへん大きかったと思う。

 

 

 

『UFOと地底人』 ついに明かされた異星人と空洞地球の真実
  中丸 薫    GAKKEN   2009/1




<作家とテレパシー>
・SF作家のアイザック・アシモフはニューヨークの私の家で話している時に、突然、こんなことを言い出した。「あなたみたいな神が信じられて永遠の生命が信じられるなんてうらやましいですね」

・「あら、でもディケンズさんは、夢の中で小人が出てきて、不思議な物語を話してくれたので、起きてすぐにそれを書き留めたらーそれがあの名作『クリスマス・キャロル』になったそうですよ」

・そういうと彼は驚いたような顔をしてこういった。
「そうなんですか。でも僕の場合は夢じゃなくて、現実に出てくるんですよ」「え?」その言葉に私は、思わず耳を疑った。詳しく聞いてみると、アシモフがタイプライターの前に座ると、実際に5~6人の小人が出てくるのだ。そして周囲でいろいろなことを話してくれるというのだ。

・「僕はそれをタイプライターに打っているだけ、書くだけなんです」
私は、「まさに、それこそが心の世界なんですよ」と言った。
「アシモフさん、どうやってそれをあなたのお好きな科学で説明できるんですか。説明できないからこそ、それを心の世界というのですよ。現にあなたは、そうやって366冊ものSF小説を書いたわけでしょう?」


 



■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

・「悪魔」という言葉は、さまざまな書籍に頻繁に出てきますが、一般に悪の根源で非常に悪いイメージを現すようです。また堕天使ルシファーについても天から落された天使というイメージです。しかし、現代の解釈ではリラ星人のサタン(悪魔)とか堕天使ルシファーという言葉は、「遺伝子科学者のある特定の集団の名前だ」そうです。空飛ぶ円盤に乗って来て、遺伝子科学者がグレイを部下として、アブダクション(誘拐)やキャトルミューテレーション(動物虐殺)を行い「生体実験」をしているともいわれます。人類の宇宙飛行士は、科学者が多いように、「空飛ぶ円盤」の搭乗者も宇宙人の科学者が多いようです。近未来に大学の講義で「UFO学」や「宇宙人学」が講義されることはないでしょう。ちなみにアメリカ空軍士官学校の教科書には「宇宙人の種類」が載っているそうです。


SF作家のアシモフの異次元の小人が実際に自分の前に出てくる現象は、非常に珍しい現象のようです。「あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入していくる」そうです。ディケンスの心霊体験も、精霊や天使のヒントで、小説を書いた例ですが、世界的に少なくないようです。精霊に教えてもらった話や小説は、貴重な情報であり、歴史的に評価され、現代にも語り継がれるそうです。

・異人や宇宙人、神人の異次元からの出現や消失現象(テレポート現象)は、まさに奇蹟現象です。「神があの世からこの世に出て来て、またあの世に帰る」という伝承です。その報告の数は、少なくないようですが、全く不思議な現象で、幻視、幻聴や幻想で片づけられてしまうようです。昔はチャネリングは「精神病」で片づけられたようです。幽霊や天使は、アストラル界やエーテル界という非常に細かい粒子の世界に棲んでおり、幽界や霊界と同じく、人間の目にはみえません。人間の死後の世界、幽界はパラレル・ユニバース(並行宇宙)であり、霊界も地上1メートルに存在しているそうです。ですから、割合、幽霊などに遭遇することは世界的に多いようです。

 

・昔は「金星蛇人と火星霊人の対立・戦争」といわれましたが、現代では異次元の裏金星から葉巻型宇宙船が飛来して、マスター(長老)とのコンタクティも多いそうです。アダムスキーの時代は、「金星からの美男美女」が話題になりました。しかしながら、「爬虫類的異星人(レプティリアン)は低層4次元にいる」、「爬虫類的異星人(レプティリアン)も人間タイプは知性的な顔をしている」とかの与太話もあるそうです。

 

・現在イスラム国の問題が深刻ですが、私たち一般人は、中東問題には詳しくはありません。まるで2百年前に戻ったようなイメージです。米軍も地上部隊を派遣することを躊躇しているようです。特にイスラム教については、日本人では理解できない「砂漠の宗教」であり、ゾロアスター教という善と悪の凄まじい対立が背景の宗教が根本にあるそうです。

 

・またいわゆる「悪魔憑き」や「悪魔祓い」の話は、ヨーロッパのキリスト教国では膨大な事例があるようです。異次元の堕天使や、モンスター・タイプの異星人の憑依が関係しているのかもしれません。イエス・キリストはアプ星人という話で、かなり進化した異星人のようです。「悪魔憑き」は、日本でも「狐憑き」とか、さまざまな現象伝説にあるようです。異類が憑依して、「狂人」のようになる人々もいるようです。「悪魔憑き」の科学的、医学的な研究もすすんでいるのでしょうか。日本人が年始に神社に熱心に行くのも「神頼み」からでしょうか。

 

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・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド

「神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・

「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」

「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
「日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」
「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」

「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」

UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか!?」

「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」

「イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」

「国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」

「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」

「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」

「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」