2014年6月12日木曜日

松下は、ほとんど学校教育を受けていない。小学校4年中退、しかも話によると2年生のとき体調がすぐれず、ほとんど学校に行っていないと言っていたから実質2年半しか学校で勉強していないことになる。


 

 

『生涯現役の知的生活術』

 渡辺昇一      育鵬社   2012/10/11

 

 

 

<松下幸之助の知的生活術―人に尋ねて、成長を続ける   江口克彦>

 

<「わしはなぁ、百六歳まで生きるつもりや」>

・私は、松下幸之助のもとで23年間仕事をしたが、その間の15年間ほどは、ほとんど休みはなかった。土日はもちろんのこと夏休みも年末休みもなかった。

 

<前を向き、明日を考え続ける>

・人間、7080歳になると、もう、あと何年ぐらいということを考えるようになる。あと数年、あと23年ぐらいかという考えに陥るのが、普通であろう。そうなると、勢い、日々を過ごす過ごし方も、あるいは暮らし方も、いや、それだけではない、考え方も取り組み方も、どうしても消極的になってしまう。

 

・実際、松下は85歳で政治家を養成するための松下政経塾を開塾し、84歳、85

に中国に、86歳にはアメリカに出かけている。まさに次から次へとやりたいことに取り組んだ。いつも明日を見ていた。いつも後ろを見ることはなかった。明日何をやろう。明後日は何に取り組もうかと考える。それが松下幸之助を最後まで、そう、94歳と5ヵ月の人生を最期まで呆けることなく、息を引き取るその一瞬まで「自分」を堅持し続けさせた。

 

<知的生活の極意、「人の話を素直に聞く」>

・ところで、人に話をするより人の話をよく聞け、といわれる。それが証拠に、口はひとつだけれど、耳は二つある、などという言葉はたびたび聞かされる。

 

・どうしても自分の話をし、時には相手に押し付けるなどということもある。しかし、松下幸之助という人は、それがなかった。つねに人の話に熱心に耳を傾けた。それどころか、積極的にものを尋ね、好んで人の話を聞く人であった。

 

<まず人に聞く、人に尋ねる。それが松下幸之助であった>

・興味深いことは、どんな答えをしても否定されることはなかった。松下への批判も、「なるほど」と聞くほどであった。だから、誰もが競うように松下に話を持ってきた。

 

・松下は、ほとんど学校教育を受けていない。小学校4年中退、しかも話によると、2年生のとき、体調がすぐれず、ほとんど学校に行っていないと言っていたから、実質2年半しか学校で勉強していないことになる。だから、ほとんど知識らしい知識は得ていない。

 にも拘らず、十万人を超える社員の中で、もっとも多くの情報を得て、もっとも適確な判断ができたのは、こうした「人の話を聞く」「人にものを尋ねる」「話すより聞く」というその姿にあるのではないかと思う。

 

・松下幸之助の知的生活術は、この「人の話を聞く」こと、それだけではなく、「身を乗り出して聞く」「人の話を素直に聞く」、そういうことによって、知識のない松下が、誰にも劣らない知識の豊富さ、そして知的に充実度を高めていったと言えよう。

 

<部下に尋ね、部下を育てる>

・松下の知的生活術を思い起こしてみると、なにも書籍を読み、講演を聴き、研修に出掛けることだけではないことが分かる。「わざわざ」ではなく、日ごろの、普通の日常のなかで、身近な人に「尋ねる」ことによって、知的な生活を送ることができるし、「わざわざ」以上の知的向上を図ることもできるということになる。

 

・およそ松下電器は、始めから「大企業」ではなかった。大正71918)年、まさに町工場からの出発である。その後、多少は大きくなったとはいえ、財閥企業とは異なる。そういう会社に優秀な人材が雲霞の如く集まってくることはなかっただろう。それどころか戦前・戦後の松下電器には、一流の人材は集まってこなかった。まあ、三流四流の人材であったろう。しかし、それにも拘らず、松下電器は世界的大企業に成長していく。

 

<「あんた、どない思うねん」>

・どうするかというと、その自分で出した結論をもとに、周囲に問い掛ける。「あんたは、この問題をどう思うか」「これはどう解決したらいいと思うか」「あんたの意見を聞かせてくれ」「あんたは、どない思うねん」と尋ね続ける。少なくとも五人、六人、多い時には数十人に及ぶ、私の記憶では、百人近い人に意見を求めるということがあった。

 

・そういうことだから、松下幸之助の行動、計画、経営は、必ずと言っていいほど成功した。松下電器が、松下幸之助の経営の下、70年間で7兆円の企業に、言い換えれば、単純計算して1年で1千億円の会社を70年間作り続けたことになるが、その要因のひとつは、こうした松下の思考プロセスによることが大きいと思う。

 

・「まず自分で結論を出す」「多くの人の意見を聞く」「自分の結論と多くの人の意見との比較検討をする」「最終結論を出す」「決断する」「指示する」「実行する」「継続する」。この思考プロセスで重要なのが、「素直」ということだろう。

 



私が思うこと、聞いたこと、考えること

・大学出の経営コンサルタントでも会社の経営に失敗することもあるのですから、「松下電器」の創業者としての松下幸之助の実績には驚かされます。「経営の神様」は、ほとんど学校の教育を受けていないということですから、創業者神話が少なくないようです。「学歴は必要ないが、学力は必要だ」ということですが、「耳学門」だけではなさそうです。Amazonに「松下幸之助」と打ち込むと1380件の書籍が分かりますが、松下幸之助の研究者も少なくないようです。私たち一般人は、松下幸之助を詳しく知りませんが、松下幸之助の本人の実力努力だけはなさそうです。「群盲像を評す」といいますが、松下幸之助の全貌は分かりません。

 

・町工場から大企業に一代で成功したという人物は松下幸之助のほかにも存在しますが、「思想家」として知られる人物はいないそうです。松下幸之助の知的生活術は、この「人の話を聞く」ことだったそうですが、多くの有識者から知識を得たそうです。松下幸之助の晩年の仕事として松下政経塾の設立がありますが、当初は多くの人が「松下政経塾は失敗するだろう」と批判的な見方をしていたそうです。ところが、多くの国会議員を輩出しだしますと世間の評価は一変したそうです。

 

・松下政経塾の出身者の躍進の陰には多くの国民の「政治を何とか変えたい」という気持ちがあったのかもしれません。「どんな分野でも後継者の育成が最も重要だ」そうですが、松下政経塾の設立により、松下幸之助は自分の意志を受け継ぐ後継者作りに成功したようです。連綿と続く松下政経塾の卒塾者の活動が、日本の政治を大きく変えていくことでしょうか。政治を志す若者は多いそうですが、他の職業を経験することなく、直接に政治・政界に向かうことが、是非の議論もありますが、選挙の面で有利になり、それが特色のようです。

 

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